バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

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21 懲罰の悪魔 ~ 与える罰は、罪の大きさによって決まるのであって、感情で決めてはならない ~

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 魔軍によって何度も行われる薔薇城への進行を押し返したバラは、1の城門での騒ぎに気が付きました。
 既にティラノサウルスは退治されていましたが、残った3人の吸血鬼と、彼らの眷属と化した吸血植物との戦いが繰り広げられています。
 精霊達は、もともと仲間だった精霊や精達を退治しなければなりません。吸血鬼と化した精霊達はもう元に戻れないので、泣く泣く伐採していきます。しかし、吸血植物を減らせど減らせど、次々と吸血植物が増えていくので、いつまで経っても一進一退を繰り返していました。
 「あー! バラ様バラ様! 来てくれたのね、バラ様!!」
 スズが気が付いて飛んでいきます。ハルも抱っこして、と言いたげに両手を掲げて、ピョンピョン飛び跳ねてから、フワフワとバラの胸めがけて飛んでいきました。
 バラの降臨に気が付いた精霊達は、浮遊するバラの足元に集まって跪き、バラを崇めながら助けを乞いました。
 バラのもとへやってきた吸血鬼の1人が言いました。
 「お前がバラか? 何ともヒョロッとした姿だな」
 吸血鬼達は3mを超える大男でしたから、180cm程度のバラをバカにしながら取り囲みます。
 バラが右にいた吸血鬼に手の甲を向けて腕を振るうと、一瞬の内に炭かすとなってはじき飛びました。
 残った2人はビックリして逃げようとしますが、周りは結界に囲まれています。うねり動くイバラに巻かれた吸血鬼達は、一瞬の内に体液を吸い取られて、干からびてしまいました。
 バラは吸血植物ではありませんが、その身は花であり、茎であり、根であるので、根っこが水や栄養を吸うように、2匹の吸血鬼を肥料代わりにしてしまったのです。
 人間界でも、イワシが豊漁で沢山余った時代などに、それらを肥料にする事がありました。また、死んだ動物は微生物に分解されて土に帰り、栄養豊富な土壌へと姿を変えるのです。それが自然の摂理です。 
 魔界に住む寄生植物以外は、生きた者から、彼らが干からびるほど栄養を取ることは出来ませんが、バラと2人の吸血鬼との間には圧倒的な力差がありましたから、造作もない事でした。
 「お待ちくださいませ、バラ様!!」誰かが声をあげます。
 バラが戦線に復帰しようとした時、精霊達が足元に集まってきて懇願し始めました。
 「私達は、あそこにいる葡萄の精によって、大変ひどい目に遭ってしまいました。
  多くの精霊が戦死し、無辜の精達も犠牲になりました。
  あの葡萄が、自分だけでも助かりたいがために、魂を悪魔に売ったのです!! 自分の命のために、私達を悪魔に売り渡したのです!!」
 悪魔側についてバラを貶めようとした葡萄の精を、バラに保護されていた精霊達がなじりました。
 「バラ様、あの者を滅ぼしてください」
 「あの者は罪を犯したのだから、死罪にすべきです。
 「仕方なかったなんて弁明しても、許されるものではありません」
 バラは、この様な事態を引き起こし、多くの民を死に追いやった葡萄を睨みつけます。葡萄の精は、死刑確実だと恐れおののきました。しかしバラは、歯を食いしばって宙を何度も殴り下ろし、更には地団太を踏んでこらえます。
 バラは、撞木で頭を打ち鳴らされている様でした。実際、バラの頭蓋骨の内側には、大きな鐘の音が鳴り響いていました。
 それを耐える様を見ていた精達は何も言えなくなって、固唾を飲んで見守りました。
 争いが嫌いな、愛する姫だったらどうするでしょう。姫だったら、罪人の話もしっかり聞いて、それに相応する適切な量の罰を、法に則って与えたでしょう。姫にそのような権限はありませんから、宮殿の然るべき大臣にしてもらったはずです。
 罪人のせいで、戦士を含む多くの避難民が死んでしまいましたから、兵力が下がってしまいました。
 バラのイバラにもダメージがあったのは事実ですが、精霊達を戦死させたのは魔軍の兵であって、彼が直接の原因ではありません。
 嘘をついて結界を開けさせ破壊しましたが、彼もそうしなければ、悪魔に殺されていたでしょう。訴える者達の言分も分かりますが、感情に任せて、私情で鉄槌を下してはいけません。
 必要以上の罰は罰ではなく、ただの暴力です。バラと罪を犯した精霊の力差は歴然ですから、ただの殺戮者になってしまします。
 悪で悪を滅ぼすことは出来ません。悪に対して行う悪の報復は、悪を重ねるだけで、より大きな悪を生み出すだけなのです。それが魔界の皇子の狙いでした。バラに悪を働かせ、堕天させようとしたのでした。
 憎いという感情に押し流されて、それを解消するために与える過剰な罰は、与えた者の心を腐らせるのです。皇子の呪われた囁きに耳を貸さなかったバラは、彼を許しました。皇子の謀略は見事に失敗したのでした。
 しかし、別の問題が発生してしまいました。バラが前線に復帰してからしばらくして、裏切り者の葡萄の精が腐り始めたのです。一度堕天した上、長いこと瘴気に当てられていましたから、腐食し始めたのです。
 葡萄の精は、枝を組んで作られた牢に入っていました。ですから、足元のノシバの精にも腐食がうつっていました。このままでは、病気が蔓延して、みんなは死んでしまいます。
 みんなが動揺し始めます。
 「どうしようか、このままでは我々は全滅してしまうぞ」
 死に怯えた精霊達は2の門に殺到して、「開けてくれ」と叫んで門を激しく叩きだしました。しかし、2の門の中に避難していた者達には、門を開けることは出来ません。なんせ、バラは花の里で1,2を争う戦闘力を誇っていましたから、下位の者達では結界を破るなんて出来やしません。
 ついこの間まで、散々裏切り者の葡萄の精をなじっていたのに、それも忘れて同じ事をしています。葡萄の一家と違って悪魔は引き連れていませんでしたが、腐食に至る穢れを連れていました。
 怯える人々の間に、ハルの声が響きます。
 「そうだ!! 麹の神様がいるよ!!」
 ハルは何かを思い出して、城の裏へ飛んでいきます。
 「どうしたの? なんとかなるの!?」スズが訊きました。
 訳が分からずついてくるスズに、ハルは教えてあげました。
 「うん、この間、八岐大蛇に食べられた時ね、へべれけだったの。
  なんか半分溶けちゃった」
 「意味不明ー!」
 すごい思い付きでしたから、ハルは興奮していました。
 「麹の神様ー」
 「おう、ハルちゃんか、どうかしたのかのー?」
 「うんとね、葡萄がブチュっとしてね、シワシワー」
 麹の神様は、すぐに理解してくれました。
 「なるほど、葡萄の精霊が腐りかけているから、腐る前にワインにしてほしいんじゃな」
 「うん、そうなの神様、出来ますか?」
 「ああ、出来るとも」
 いろんな意味で、スズはビックリです。
 麹の神様は、発酵菌の神々を集めて城門の所にやってきました。
 「おお、ちょうど良く萎れておるな、この水気の無さが、甘く濃厚なワインになるんじゃよ」
 一緒にやってきた米の神と麦の神が作った焼酎とウォッカで、牢の周りを清めた発酵菌の神々は、木に生ったままの葡萄を発酵させていきました。
 発酵の過程で発生したガスで、シオシオの葡萄はパンパンに膨れています。これ以上ははち切れちゃうというところで、葡萄の精が実を摘み取って、スズのポッケに入っていた小瓶を貰って、お酒を絞りました。
 2、3口分ですが、高価な貴腐酒の完成です。花の里では、貴醸酒と並んで甘味な貴族のお酒です。
 葡萄の精は、このお酒造りに、命が尽きるギリギリの神気を込めました。そして、お詫びとしてバラの神に献上したのです。
 貴腐酒や純米大吟醸は並の神では作れません。葡萄の精の罪を償いたいと言う気持ちと、それを汲んだ沢山の神々の協力があったおかげで、作る事が出来た奇跡のお酒です。
 スズは言いました。
 「悪い事をしたからって、いじけていちゃ駄目なのね。そこからどう立ち直ろうとするかが大切なのよ。
  ハルちゃんはすごいわ、わたしが食べられちゃった時に学んだ事を活かせたんですもの。
  でも、2度も食べられちゃうなんて、あなたバカねー」



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