バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

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16 縁切りの悪魔 ~みんなが言うからって、その通りになるとは限らない、私がどうなるかは私次第 ~

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 <それとも、お友達じゃないっていうの?>
 ハルには聞き覚えのある声でした。
 「あっちゃん? あっちゃんなの?」
 <そうよ、ハルちゃん、わたし、幼馴染のあっちゃんよ>
 ちょうど同じころに生まれたお隣に住む青ヘビのあっちゃんです。
 ハルは、部屋の中を見渡しながら呼び掛けました。
 「あッちゃん、無事だったのね、蟒蛇の里は大丈夫なの?」
 <大丈夫よ、でも、他の里はもう無いの。
  ここだって、もうすぐ無くなってしまうわ。
  急ぎましょう、みんなが救われるかは、ハルちゃんにかかっているのよ。
  1人救われると、10人救われるの。そして、10人が救われれば、100人が救われるのよ。
  それをハルちゃんで止めちゃだめよ>
 突然、ハルの肩に重責がのしかかってきました。そこに、蛇の少女がハルを急かせて言います。
 <グアンウ様の神気が、もうすぐここまで届かなくなるわ。
  早くしてちょうだい、そうしないとみんな倒れてしまうわ>
 あっちゃんが続けます。
 <そうよ、貴方達だけじゃない、助けに来たわたし達も、ここに取り残されてしまうのよ>
 びっくりしたハルは、慌ててお家から出て行って1の城壁の上に登りました。ハルは、イバラの間にある見えない壁に手をあてて、ゆっくりと結界を中和していきます。
 本来、か弱き精のハルに、バラの神の結界を破る力は無いのですが、バラがまだ妖精の時から一緒に生活していましたから、バラにとってハルは特別な存在です。そのため、ハルの力でも時間さえかければ結界を弱める事が出来ました。
 結界はとても厚いので、ハルには外が見えません。外は魔物ばかりで、とても恐ろしい景色でしたが、ハルは怖がる事無く結界を開ける事が出来ました。
 結界のトンネルから外を見やると、お堀の向こうに9人の少女が立っています。辺りはとてものどかな草原の風景です。とても天魔戦争が繰り広げられているように思えません。ハルは、みんなに叫びました。
 「さあ、入って! みんなを助けてあげて!」
 <ありがとう、遠慮なく入らせてもらうわ>
 ヘビの少女がそう言った時です。突然、湖の水が溢れて、丘を登ってくるのが見えました。ハルがみんなに教えようと下を見た時には、既に少女達の姿はありません。そこにいたのは、九つの頭と九つの尻尾を持つ大蛇でした。
 「きゃー!助けてー!!」ハルが叫びます。
 押し寄せる波に乗って襲いかかってきた八岐大蛇はハルを飲み込み、結界のトンネルを通って、1の城壁の内側に入ってきました。
 「わぁ~!! 助けて!!」
 「大蛇だ!! 八岐大蛇だ!!」
 2の城壁に続く丘に避難していた精霊達は逃げまどいますが、どんどんと飲みこまれていきます。
 「ああ…どうしよう、わたし食べられちゃったわ」
 ハルは、偽物のあっちゃん達を信じてしまったことを後悔しましたが、後の祭りです。昔、母親のお腹の中に入った事がありますが、ここの大きさは母親の比ではありません。洞窟の様な広さです。
 飲み込まれた精霊が嘆きます。
 「なんて事だ、まさかバラ様の結界が破られるなんて。
  確かに八岐大蛇は強敵だが、バラ様の結界を敗れるほど強くは無いはずだ」
 城の中に裏切り者がいるのではないか、と疑る声が聞こえてきます。ハルは怖くて堪えられません。黙って俯いていました。
 1の城壁内への侵入に成功した八岐大蛇が唸ります。
 「しまった、あの子蛇め、全ての結界を開けたんじゃないのね」
 胃袋附近の精霊達が溶け始めたちょうどその頃、八岐大蛇は城壁の丘で困っていました。ハルは、2の城壁から出てきて1の城壁の上に立ち、結界に穴を開けたのですが、開けたのはここだけでした。ですから、スズ達がいる2の城壁の内側には入れなかったのです。
 そもそも、そこを突破できたとしても、薔薇城はイバラに覆われていますから、バラ本人と闘わなければなりません。
 八岐大蛇は焦っていました。城壁の丘には沢山の兵士がいて、迎撃してきたからです。九つ頭の彼女はとても驚いています。聞いた話では、この城にはつくしの兵隊しかいないはずでした。ですがどうでしょう。四方八方から襲ってくるのは、オークの神や沙羅の神など、高位の兵士達だったのです。
 それでもなお、花の里の兵隊達は苦戦しました。人の里ばかりでなく、全ての里の神と比べても、10本の指に入るほど強い須佐ノ男の命と戦えるほど強い魔王の子孫ですから、簡単に倒せるはずがありません。
 牡丹の神や松の神など、兵士でない神々や精霊も頑張りますが、段々とその数を減らしていきました。
 「そうだわ」ハルがある事を思いついて、ぱちりと手を叩きます。稲の神様、ここでお酒を造ったらどうかしら? 沢山のお酒を造るの。そうしたら、この大蛇はとても酔ってしまうわ。
  眠ってくれさえすれば、わたし達ここから出られるはずよ、だって横にごろりんこしてくれるはずだもの」
 「それは良い考えだ」
 ハルの話を聞いて、みんなが「そうしよう」と口々にいますが、稲の神は困り顔で言いました。
 「私もそれを考えたんだけどね、コイツはちょっと大きすぎるよ。
  私が一度に作れるお米の量では、八岐大蛇を酔い潰すほどのお酒は造れないよ」
 すると、方々から我も我もとお酒造りに志願する神々が現れました。
 「ワインなら私に任せてくださいな」
 「我々なら、ビールやウイスキーを作れますよ」
 ハルは喜びました。
 「これなら沢山のお酒が造れそうね」
 みんなは早速お酒造りに励みます。造っては胃に流し込み、作っては胃に流し込み、バケツリレーで頑張りました。
 そこに、どこからともなく突然メロディが流れ始めます

 ♬チャーチャ♪ チャチャチャチャ♪
  チャーチャ♪ チャチャチャチャ♪
  チャッチャチャッ♪ チャッチャッチャチャチャッ♪
  チャラッチャン♪ チャラッチャ♪
  チャラッチャン♪ チャラッチャ♪♬

 腕の前で肘を曲げて交互にクネクネ、ハルの即席音頭でみんなが歌います。

 ♬やーなっちゃうよね、やんなっちゃうよね♪
  こんなご時世、やになっちゃうよね♪♪ これが飲まずにいられるかっ♪
  お口が九つあるんだーもの♪ 飲まないなーんてもったいないぞっ♡
  底なし、蓋なし、門限なーしよ♪
  帰るなーんて、ダメダメダメダメ♪
  半杯、随意、ダーメダメダメ♪ 可愛いわたしが許しませんよ♡♬(作詞作曲ハル)

 外では激戦が繰り広げられていました。だいぶ長い事戦っていますが、精霊達は一向に勝てそうにありません。微かにニョロヨロニョロヨロとおかしな動きをする八岐大蛇ですが、その攻撃力は健在です。
 ある精霊が言いました。
 「どうだろう? まだ酔いつぶれないのか?」
 バケツリレーは止まっていました。稲の神、葡萄の女神、麦の神々は神気を使い果たして、もうお酒のもとを作り出す事が出来ません。麹の神々もグッタリしています。
 胃袋の主は、へべれけになって騒いでいます。
 「きゃはははは、もうお終いかしら? あとは数えるオークらけなのら!」
 「あら、まだたくしゃんよ、ほらあしょこのイちょーの精霊なんて100人みょいりゅみょにょ」
 「縦にもたくさしゃんいるもにょなのね」
 もう少しで酔いつぶれそうです。ですが、お腹の中では、皆が呆然自失としています。
 「なんとかなるわ!」ハルが言いました。「わたし達沢山いるんですもの。
  みんなで協力すれば、助かる方法が見つかるはずよ」
 ハルはみんなを励ましましたが、もうだめです。溶けて無くなる精霊達が増えてきました。神々ですら、諦めています。
 ですがハルは諦めません。
 「諦めないで! あと少しで酔い潰せるわ。
  ハルちゃんオンステージ! もっかい! もっかい!!」
 自分の責任なので、ハルは必死です。うな垂れる精霊達を力強く揺すって訴えました。
 「あら、何かしら、わたしから良い香りがしてきたわ」
 桃の精霊が言いました。横にいたお友達が、ふと気がついて答えます。
 「これ、お酒じゃない? 貴女の桃がお酒になっているのよ」
 たまたま生っていた桃の実が、高温多湿なお腹の中でどんどんと熟していき、遂には発酵を始めていたのです。
 ハルのアンコールに乗って、まだ溶けずに動ける精霊達は、必死に実を実らせました。実の生らない木々はそれらを胃壁の浜辺の凹んだ所に集めて、力の弱い女神達が足で潰していきます。
 とても恐ろしい局面だというのに、みんな楽しそうでした。どんな大変な状況でも、希望があるという事は、幸せを感じられるのでしょう。
 色々な果実が混ざった甘い香りのする果実酒が醸されていきます。遂に9つ頭の女悪魔は、酔いつぶれてしまいました。
 何事があったのか分からず見ていた神々でしたが、目を覚まされたら大変だと、八岐大蛇を退治する事にしました。
 満身創痍の勇者が歩み出て、自らの幹で作った楢の斬馬刀を振り上げて、9つの頭をちょんぱちょんぱしていきます。
 すると、どうでしょう。食道から大勢の精霊達が、ぞろぞろと出てきました。
 ハルはナハハ、と笑います。
 「まさか、人生で2度もこんな目に遭うなんて・・・」
 ハルは半分溶けかかっていましたが、無事にお家に帰る事が出来ました。

 
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