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14 壟断の悪魔 ~姫をやると言われたバラ~
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バラの神は、繰り返し代わる代わるやって来る悪魔の囁きに、思考も精神も魂も蝕まれて、悶え苦しんでいました。
遠くで聞こえる噂話によると、どこそこの高位神が皇子に寝返ったとか、バラの騎士団を率いる団長が内通している、と言っています。早いとこ寝返らなければ、取り返しがつかない事態になりかねません。
自らに付き従った元敵に対して、どれだけ皇子が寛容か、最後まで頑なに拒んだ敵に対して、どれだけ皇子が残虐であるかを、これ見よがしに話す悪魔が、周りを漂っています。
恐怖して動揺を隠せない様子のバラに、魔界の皇子が言いました。
「バラの神よ、如何なる誘惑にも惑わされない、その忠誠、騎士道精神に則った、その紳士的な態度、揺るぎのない圧倒的なその精心力には、誠に恐れ入るばかりだ。
だが、バラの神よ、姫が纏う純白のドレスの胸元に飾られるべき真紅の神よ、良く考えてみたまえ。
この戦は、お前の負けだ。それは分かっているだろう。
そこまで頑なにして、何が手に入ると言うのだ。
私は、騎士の中の騎士にして、勇者の中の勇者としてのバラの神を見て、とても感動しているのだよ。だから、汝には死してほしくない。
私は汝に敬意を表し、ある一つの提案をしたいのだが、聞いてもらえるだろうか」
「ハエの皇子よ、甘く微睡むようなこの香気は、麗しの姫に捧げた我が全て。
お優しき姫は、我が香気を分け隔てなく無辜の民にお与えになられた。
だがハエの皇子よ、汝は我が香気をかおるに相応しくない。
今すぐ去れ。実り豊かなこの大地を踏み荒らすお前には、穢れた吹き溜まりの汚泥が相応しかろう」
「愚かな…。私はただ、お前と取引がしたいだけなのだ。
小さな誇りにまみれて全てを失うなど愚の骨頂。私にとって間違いなく勝てる戦とはいえ、お前ほどの実力者と対峙するのだから、多くの王子や悪魔が滅びるだろう。
私は、その様な損害を避けたいのだ」
バラは静かに聞いています。ですが、それは平静を装っているだけでした。その様子をなめるように窺いながら、魔界の皇子は黙す事なく続けました。しかも、瞬時にバラの懐に入って、耳元で囁いたのです。
「バラよ、お前が欲しているのは、ただただ花の姫の愛だけではないのか? 本当は、姫の愛情以外はいらぬのではあるまいか?
お前は、ただ姫に愛されるために、民を分け隔てなく慈しむ騎士を演じているだけではないのか?
そうでなければ、全てを排して城に閉じこもった説明がつかぬ。
お前は、姫がお前の力を分け隔てなく、無辜の民に注いだと言ったな。
では、お前は注がなかったのか? 自らの意思で、お前は注がなかったのか?」
バラは答えられませんでした。
「お前が欲しているのは…、世界で唯一欲しているのは、ただただ姫の寵愛を一身に受ける事のみ。
万人に向かっていた姫の愛情を、独り占めにしたいだけなのだ。
お前自身、気が付いているだろう? 他の者に彼女の愛が注がれるのを見る度に、嫉妬と妬みが、心の奥底に沸き起こるのを」
自らの深層心理を否定するかのように、皇子から離れたバラは、眼光を使って皇子を弾き飛ばそうとしました。ですが、皇子は鼻先でそれを弾いて、笑みを浮かべます。
人間界では、愛の象徴として、愛に関する多くの花言葉を有するバラですが、万能の神ではありません。確かに、一途な愛を全うすることは尊敬される事ですが、逆に言えば、それ以外を愛さない排他的で不寛容な感情でもあるのです。
バラは大きく動揺しました。バラにとって、姫は絶対の存在です。姫の為ならば、全ての神々も魔王達をも敵に回しても構わない、と思っていました。
その一途な思いが、まさか悪い方向に作用しようとは、思ってもみない事でした。侵略されて絶望と苦痛の底に突き落とされた民を全て見捨てでも、姫を我がものにしたいと言う欲望が、沸々と湧いてきたのです。
バラは、愛に対して思い違いをしていました。本当に愛するという事は、1人を一途に愛するという事ではありません。
バラが姫を愛しているのは事実ですが、『花の姫のユイ』であるという1つの条件が満たされた者のみを愛するというのは、本当の愛ではないのです。
花の姫はバラを愛していましたが、バラのみを愛していたわけではありません。万民を愛していたのです。万民を愛しているからこそバラを愛し、バラを愛しているからこそ万人を愛していたのです。
花の主神もそうでした。万民を愛し、自らの花弁の美しさと芳香を、老いも若きも富める者にも、貧しき者にも分け隔てなく与える愛があったからこそ、主神に選ばれるほどの神気を宿す事が出来たのです。
ですがバラは違いました。バラは姫のみを愛していたのです。バラは姫を本気で愛していました。しかしそれは、誰のための愛だったのでしょうか。
もしかしたら、僕は背徳者だったのかもしれない、とバラは愕然としました。自分の姫への愛は、姫に向けられたものでは無かったのでは、と自分を疑いました。
バラにとって、花の姫は、母であり姉であり友であり恋人であり妻でありました。幼少時代、生とは死と同義語だったバラにとって、姫は自分に生きる理由を与えてくれた、初めて愛してくれた方なのです。
姫のためにと頑張ってきたバラでしたが、もしかしたら、自らを救うために、姫を欲したのではないか、姫の愛を利用したのではないか、と苦しみ悶えました。
魔界の皇子が、奈落の淵へと誘うようなねっとりとした笑みを湛えて、バラの耳元に唇を近づけます。そして囁きました。
「・・・別に・・花の精霊達が全て滅ぼされるわけではないのだよ・・・。
主神が魔王に代わるだけではないか、バラという名の魔王に・・・…」
魔界の皇子は、両手でバラの肩を撫でて、そう囁きました。
持っていた金細工のある両刃の剣を振り抜いて皇子を遠ざけると、バラは言いました。
「僕は、この里の主神になる気など毛頭ない。
僕は死しても、姫をお守りするのみだ」
「その姫のために言っているのだ。
お前は、自身が死した後の事を考えているのか? お前は死んでお終いだが、姫はどうなる? この里の民はどうなる?
何の条件も交わすこと無く、この地は降伏するのだ。そこに蹂躙以外の何があると言うのだ?」
バラの頬に、一筋の汗が伝います。
魔界の皇子の話は続いていました。
「お前が主神になりたくないのであれば、それも良いだろう。今まで通り、薔薇城をくれてやる。
そうすれば、何事も今まで通り変わらぬ日々を過ごせるであろう? 私は知っているのだぞ、お前が天魔戦争の事を姫に行ってはいない事を。
姫には何も知らせなければ良い。そうして今まで通り、2人だけで愛し合って過ごせば良い」
そう言って、魔界の皇子は霧のように消えました。
後に残されたバラは、歯を食いしばって俯いています。その形相は、とても恐ろし様子でした。ただそこに浮いているだけでしたが、必死に何かと闘っている様に見受けられます。
見上げる騎士達には分かっていました。心に沸き起こった不信な思惑と、バラが理想として掲げる信義とがぶつかって、凄まじい主導権争いを繰り広げていたのです。
魔界の皇子は、バラが自らの足元に跪くのを望んでいました。ですが、バラに伝えた約束事を守る気など毛頭ありませんでした。
表面的には守るのですが、その約束は、悪魔や王子達の命を慮ったからではありません。目的は、その先にあったのです。
バラが服従したとしたら、バラと姫は今まで通りの生活ができるのでしょうか。いいえ、今まで通りとはいかないでしょう。
バラは、姫に対して隠し事をして一生を過ごさなければなりません。今までの様な曇りのない心ではいられないのです。
それに、いつかは姫も、それに気が付くでしょう。自ら気が付けないとしても、既に皇子の魔気は、人知れず薔薇城の中に滲み入っていましたから、それとなく姫に察しさせる事など、造作もありません。
不和が生じた2人の仲は、急速に悪化していくでしょう。差し込んだ一筋の魔は、紙を切り裂くかの如く、2人を切り離してしまうのです。
もともと、バラは姫の騎士になる事だけを夢見て頑張ってきました。地方領主になろうとか、島の主になろうとか、全く考えたことはありません。ましてや里の主神になりたいとか、ベローナを排して、この里を乗っ取ろうなどとは、思いもよらない事でした。
しかし、ある意味それが問題でした。バラが幼い頃に夢見た未来の自分は、すでに実現していたのです。ですが、これからどうするかなどは、全く考えていませんでした。姫と2人で過ごす日々が、最高の幸せだったからです。
足るを知るという精神は、とても大事な事でしたが、悪く考えれば、向上心が無いという事と同義語ではないのでしょうか。
足るを知らなければ、空腹を満たされない餓鬼のように、常に何かを求め続けて幸せにはなれません。
ですが、この期に及んでは、付和雷同の原因でしかありませんでした。第二次決戦に続いて、第四次決戦においても、バラは皇子が示した二者択一に悩まされたのです。
4回の決戦が行われましたが、蠱惑の悪魔との戦いで引き分けた以外、3戦目の敗退となりました。
バラと姫は、本当に愛し合っていました。ですが、バラの姫への愛は幼すぎて、皇子に付け入るすきを与えてしまったのです。
遠くで聞こえる噂話によると、どこそこの高位神が皇子に寝返ったとか、バラの騎士団を率いる団長が内通している、と言っています。早いとこ寝返らなければ、取り返しがつかない事態になりかねません。
自らに付き従った元敵に対して、どれだけ皇子が寛容か、最後まで頑なに拒んだ敵に対して、どれだけ皇子が残虐であるかを、これ見よがしに話す悪魔が、周りを漂っています。
恐怖して動揺を隠せない様子のバラに、魔界の皇子が言いました。
「バラの神よ、如何なる誘惑にも惑わされない、その忠誠、騎士道精神に則った、その紳士的な態度、揺るぎのない圧倒的なその精心力には、誠に恐れ入るばかりだ。
だが、バラの神よ、姫が纏う純白のドレスの胸元に飾られるべき真紅の神よ、良く考えてみたまえ。
この戦は、お前の負けだ。それは分かっているだろう。
そこまで頑なにして、何が手に入ると言うのだ。
私は、騎士の中の騎士にして、勇者の中の勇者としてのバラの神を見て、とても感動しているのだよ。だから、汝には死してほしくない。
私は汝に敬意を表し、ある一つの提案をしたいのだが、聞いてもらえるだろうか」
「ハエの皇子よ、甘く微睡むようなこの香気は、麗しの姫に捧げた我が全て。
お優しき姫は、我が香気を分け隔てなく無辜の民にお与えになられた。
だがハエの皇子よ、汝は我が香気をかおるに相応しくない。
今すぐ去れ。実り豊かなこの大地を踏み荒らすお前には、穢れた吹き溜まりの汚泥が相応しかろう」
「愚かな…。私はただ、お前と取引がしたいだけなのだ。
小さな誇りにまみれて全てを失うなど愚の骨頂。私にとって間違いなく勝てる戦とはいえ、お前ほどの実力者と対峙するのだから、多くの王子や悪魔が滅びるだろう。
私は、その様な損害を避けたいのだ」
バラは静かに聞いています。ですが、それは平静を装っているだけでした。その様子をなめるように窺いながら、魔界の皇子は黙す事なく続けました。しかも、瞬時にバラの懐に入って、耳元で囁いたのです。
「バラよ、お前が欲しているのは、ただただ花の姫の愛だけではないのか? 本当は、姫の愛情以外はいらぬのではあるまいか?
お前は、ただ姫に愛されるために、民を分け隔てなく慈しむ騎士を演じているだけではないのか?
そうでなければ、全てを排して城に閉じこもった説明がつかぬ。
お前は、姫がお前の力を分け隔てなく、無辜の民に注いだと言ったな。
では、お前は注がなかったのか? 自らの意思で、お前は注がなかったのか?」
バラは答えられませんでした。
「お前が欲しているのは…、世界で唯一欲しているのは、ただただ姫の寵愛を一身に受ける事のみ。
万人に向かっていた姫の愛情を、独り占めにしたいだけなのだ。
お前自身、気が付いているだろう? 他の者に彼女の愛が注がれるのを見る度に、嫉妬と妬みが、心の奥底に沸き起こるのを」
自らの深層心理を否定するかのように、皇子から離れたバラは、眼光を使って皇子を弾き飛ばそうとしました。ですが、皇子は鼻先でそれを弾いて、笑みを浮かべます。
人間界では、愛の象徴として、愛に関する多くの花言葉を有するバラですが、万能の神ではありません。確かに、一途な愛を全うすることは尊敬される事ですが、逆に言えば、それ以外を愛さない排他的で不寛容な感情でもあるのです。
バラは大きく動揺しました。バラにとって、姫は絶対の存在です。姫の為ならば、全ての神々も魔王達をも敵に回しても構わない、と思っていました。
その一途な思いが、まさか悪い方向に作用しようとは、思ってもみない事でした。侵略されて絶望と苦痛の底に突き落とされた民を全て見捨てでも、姫を我がものにしたいと言う欲望が、沸々と湧いてきたのです。
バラは、愛に対して思い違いをしていました。本当に愛するという事は、1人を一途に愛するという事ではありません。
バラが姫を愛しているのは事実ですが、『花の姫のユイ』であるという1つの条件が満たされた者のみを愛するというのは、本当の愛ではないのです。
花の姫はバラを愛していましたが、バラのみを愛していたわけではありません。万民を愛していたのです。万民を愛しているからこそバラを愛し、バラを愛しているからこそ万人を愛していたのです。
花の主神もそうでした。万民を愛し、自らの花弁の美しさと芳香を、老いも若きも富める者にも、貧しき者にも分け隔てなく与える愛があったからこそ、主神に選ばれるほどの神気を宿す事が出来たのです。
ですがバラは違いました。バラは姫のみを愛していたのです。バラは姫を本気で愛していました。しかしそれは、誰のための愛だったのでしょうか。
もしかしたら、僕は背徳者だったのかもしれない、とバラは愕然としました。自分の姫への愛は、姫に向けられたものでは無かったのでは、と自分を疑いました。
バラにとって、花の姫は、母であり姉であり友であり恋人であり妻でありました。幼少時代、生とは死と同義語だったバラにとって、姫は自分に生きる理由を与えてくれた、初めて愛してくれた方なのです。
姫のためにと頑張ってきたバラでしたが、もしかしたら、自らを救うために、姫を欲したのではないか、姫の愛を利用したのではないか、と苦しみ悶えました。
魔界の皇子が、奈落の淵へと誘うようなねっとりとした笑みを湛えて、バラの耳元に唇を近づけます。そして囁きました。
「・・・別に・・花の精霊達が全て滅ぼされるわけではないのだよ・・・。
主神が魔王に代わるだけではないか、バラという名の魔王に・・・…」
魔界の皇子は、両手でバラの肩を撫でて、そう囁きました。
持っていた金細工のある両刃の剣を振り抜いて皇子を遠ざけると、バラは言いました。
「僕は、この里の主神になる気など毛頭ない。
僕は死しても、姫をお守りするのみだ」
「その姫のために言っているのだ。
お前は、自身が死した後の事を考えているのか? お前は死んでお終いだが、姫はどうなる? この里の民はどうなる?
何の条件も交わすこと無く、この地は降伏するのだ。そこに蹂躙以外の何があると言うのだ?」
バラの頬に、一筋の汗が伝います。
魔界の皇子の話は続いていました。
「お前が主神になりたくないのであれば、それも良いだろう。今まで通り、薔薇城をくれてやる。
そうすれば、何事も今まで通り変わらぬ日々を過ごせるであろう? 私は知っているのだぞ、お前が天魔戦争の事を姫に行ってはいない事を。
姫には何も知らせなければ良い。そうして今まで通り、2人だけで愛し合って過ごせば良い」
そう言って、魔界の皇子は霧のように消えました。
後に残されたバラは、歯を食いしばって俯いています。その形相は、とても恐ろし様子でした。ただそこに浮いているだけでしたが、必死に何かと闘っている様に見受けられます。
見上げる騎士達には分かっていました。心に沸き起こった不信な思惑と、バラが理想として掲げる信義とがぶつかって、凄まじい主導権争いを繰り広げていたのです。
魔界の皇子は、バラが自らの足元に跪くのを望んでいました。ですが、バラに伝えた約束事を守る気など毛頭ありませんでした。
表面的には守るのですが、その約束は、悪魔や王子達の命を慮ったからではありません。目的は、その先にあったのです。
バラが服従したとしたら、バラと姫は今まで通りの生活ができるのでしょうか。いいえ、今まで通りとはいかないでしょう。
バラは、姫に対して隠し事をして一生を過ごさなければなりません。今までの様な曇りのない心ではいられないのです。
それに、いつかは姫も、それに気が付くでしょう。自ら気が付けないとしても、既に皇子の魔気は、人知れず薔薇城の中に滲み入っていましたから、それとなく姫に察しさせる事など、造作もありません。
不和が生じた2人の仲は、急速に悪化していくでしょう。差し込んだ一筋の魔は、紙を切り裂くかの如く、2人を切り離してしまうのです。
もともと、バラは姫の騎士になる事だけを夢見て頑張ってきました。地方領主になろうとか、島の主になろうとか、全く考えたことはありません。ましてや里の主神になりたいとか、ベローナを排して、この里を乗っ取ろうなどとは、思いもよらない事でした。
しかし、ある意味それが問題でした。バラが幼い頃に夢見た未来の自分は、すでに実現していたのです。ですが、これからどうするかなどは、全く考えていませんでした。姫と2人で過ごす日々が、最高の幸せだったからです。
足るを知るという精神は、とても大事な事でしたが、悪く考えれば、向上心が無いという事と同義語ではないのでしょうか。
足るを知らなければ、空腹を満たされない餓鬼のように、常に何かを求め続けて幸せにはなれません。
ですが、この期に及んでは、付和雷同の原因でしかありませんでした。第二次決戦に続いて、第四次決戦においても、バラは皇子が示した二者択一に悩まされたのです。
4回の決戦が行われましたが、蠱惑の悪魔との戦いで引き分けた以外、3戦目の敗退となりました。
バラと姫は、本当に愛し合っていました。ですが、バラの姫への愛は幼すぎて、皇子に付け入るすきを与えてしまったのです。
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