バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

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13 破局の悪魔 ~望む者に望む物を与えることで、望まなざる物も与える~

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 姫への愛を貫くなど、欺瞞なのでしょうか。自分の欲望を満たすためだけの、独りよがりな発露なのでしょうか。
 生命体は、本来子孫を残す事を目的としています。花の里の住民は一夫一妻を好むのですが、他の里には一夫多妻や、多夫一妻の精霊達もいます。どれが正しいかなんて分かりません。
 そもそも花の里の植物は、本能的には多夫多妻です。風や虫を使って花粉を運んでもらって、心だけを通わせて繁殖することも出来ます。そればかりか、1人でも子供を生めるのです。柿や梅は、1本でも実をつける事が出来ました。
 ですから、表面的には一夫一妻でも、里のみんなで介護をしたり子育てをする緩やかな多夫多妻の大家族なのです。
 神気の大きさにもよりますが、バラのように沢山の騎士を生み出す事すら出来るのです。ですから、性別の差も曖昧なくらいでした。男女の差は個性であって、それほど重要ではありません。
 バラの理想は一夫一妻、バラの野望は子孫繁栄、バラの本能は多夫多妻でした。ですから、強力な子孫を残す機会を前にして、バラは悩みました。
 どこかに行ってイチャイチャしている騎士達を使えば、さらなる兵力を手にすることも出来ます。ですがバラは認めません。理性を保って、秩序の維持に努めたのでした。最高の愛は、姫との間にしか存在しないのです。
 バラの耳目に、何やら不穏当な言動が見聞されました。
 「ちょっと、あの女誰なのよ!!」
 「違うんだよ、誤解だよ、誤解!」
 「何が誤解よ! あんな若い女とイチャイチャしてたくせに!!」
 どこかで騒ぎが発生していました。痴話げんかの様です。見ると、踊り子の悪魔とどこかでイチャイチャして帰ってきた兵士が、奥さんに責め立てられていました。
 見渡すと、方々で痴話げんかが勃発しているようです。隊列の後方や避難所、町の中、あちこちから怒鳴り合う声が聞こえます。
 女性達は、みんなショックを受けていました。日夜、自分達のために働いてくれている。命を懸けて戦ってくれている、と信じていたのに、実は他の女の事イチャイチャしていたのですから、怒って当然です。しかも敵の女と。妻や恋人は裏切られた気持ちでいっぱいでした。
 バラの騎士達は生まれたばかりなので一人身ですが、町の兵士や住民、外からやって来た兵達には、恋人がいたり、奥さん子供がいたりします。
 シャリンバイの妻が、夫を問い詰めて言いました。
 「向こうの旦那さんは、向こうの林でイチャイチャしていたらしいわよ!
  貴方も向こうから戻って来たわね? 貴方の隊列はあっちなのに、どういうことですか!?」
 「いや、偵察に行っていたんだよ、僕は何もやましい事なんてしていないさ。
  僕が、君一筋なのは知っているだろう? 今まで僕が浮気なんてしたことがあったかい? ただの1度もなかっただろう?」
 全部ウソでした。この兵士は、今までも奥さん一筋ではなかったし、浮気をした事が無いというのも事実ではありません。
 妻が落胆のため息を吐きます。
 「ああ、どうしてわたしは貴方みたいな男に引っ掛かってしまったのかしら? こんなダメ男と一緒になるなんて」
 妻は嘆きましたが、夫はあながちダメ男ではありませんでした。確かに妻としては、夫に自分だけを大切にしてほしい、自分にだけは誠実であってほしい、愛するのは自分だけであってほしい、と願うものです。
 ですが、1人に対してのみ誠実であるという事は、その1人を失うと、永延に自分1人になってしまいます。どんな天変地異に遭遇しても、子孫を残せる力があることも、1つの能力です。
 気持ち的には自分だけを見てほしいと思いながら、本能的には子孫繁栄の力を手に入れたいと思っていました。自分だけを愛する能力と強力な繁殖能力、という相反する力を望んでいたのです。結果として、この奥さんの様な葛藤が生まれたてしまったのです。
 踊り子達は、その様な葛藤をうまく利用して、奥さんや恋人達を痛めつけました。
 初めの内は、内緒でイチャイチャしていただけの女悪魔達でしたが、痴話げんかが大きくなるのを見届けると、みんなで顔をあわせて頷きました。
 そして突然、恋人や妻のもとに現れて、秘密の関係を洗いざらい告白しまったのです。
 「ひどいわ、わたし達楽しくおしゃべりしていたのに、遊びだったのね」
 皆、堰を切った様に、ヨヨヨヨヨと泣きはじめます。
 「奥さんとは別れるって言ってくれたのに、ウソでしたのね」
 泣きつかれた兵士が狼狽えます。
 「ま、待て待て、何を言っているんだ? こんなところで」
 「いつもわたしに、妻は意地の悪い嫌な女なんだって、悪口を言っていたじゃありませんか」
 「なっ、何を言うんだ! そんなこと言っていないだろう」
 嘘か誠か分かりません。ですが、妻や恋人達は、女悪魔の言うことを信じました。
 「奥さんと別れて、わたしと一緒に新しい家庭を作るって言ったのは嘘だったのですか?」
 「一緒に魔界に来て下さるって、おっしゃったではありませんか」
 隠れてイチャイチャしていた男達は、戸惑ってオロオロするばかりです。本気と言っても嘘と言っても立場がありません。
 遂には、その体から、ガストロディア・アグニセルスが沢山生えてきて、叫び始めます。
 「パパ、パパ、お腹が空いたよ、僕のパパ」
 「わたしパパが大好きよ、たっぷり栄養を分けてくださいね」
 息子と娘達による「パパ❤️ パパ❤️」の大合唱です。
 「ウソだ! ウソだよ、こんなの」
 男達はそう言いますが、女たちは信じません。
 「なんて事? こんな女と、もうこんなに子供を作っていたなんて!!
  もう勝手にしなさい! どこへでも出て行けばいいわ」
 ガストロディア・アグニセルスは、魔界に住む植物で、人生の大半を地中で過ごします。人気のいない所に連れて行かれた兵達の服に付着して、そこから兵の神気を吸って成長して開花したのです。
 ですから兵士達の言う通り、自分の子供ではありません。ですが、誰にも信用してもらえず、みんな破局してしまいました。
 色々な所で、女性達が三行半を突き付けます。
 「もう、貴方の事は信用できませんから、別れましょう。
 こんなにひどい裏切りをわたしにしたのだから、慰謝料はたんまりいただきますからね!!」
町に住んでいた兵士は、持っていた家や肥料を取られ、外から撤退して来た兵士達は、身ぐるみはがされて追い出されてしまいました。
 何もかも失った兵達は、自分のせいとはいえ、傷ついた心を癒してほしくて、優しくしてくれる悪魔のもとへ引き寄せられるように、フラフラと去っていきます。
 そして、列をなして森に行ったきり、帰ってきませんでした。彼らの消息を知る者は、誰もいません。堕天した様子もないので、食べられてしまったのでしょう。
 一部には戻ってきた兵士もいましたが、敵の女の色香に迷ったなんてバツが悪すぎて、もはや立場はありません。
 この戦いで、多くのバラの騎士も誘惑に負けて、帰らぬ命となりました。


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