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11 狭窄の悪魔 ~鳥と蛇を道ずれにして良いのかと言われたバラ~
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スズとハルは、戦争が始まっていることは知っていましたが、まだ戦争が何かを知りません。なぜかお城から外に出られませんが、敷地は広いので楽しげに遊んでいます。
毎日2人は、おままごとをしていました。
「スズちゃん、戦争が始まってるから、わたし達も贅沢は出来ませんねー」
「そうですわ、ハルちゃん、あなたも寝てばかりいないで、兵隊さんを応援しなきゃいけませんよ」
「おねぼーさんは銃後の守りですから、止められませんわ、おほほほほ」
まだ、2人の生活に籠城の陰は落ちていませんが、長引けば長引くほど、苦しい生活を強いる事になるでしょう。既に今の段階で、遊びの中に“ほしがりません勝つまでは”の精神が浸透し始めていました。
それを見やって、魔界の皇子がバラに言いました。
「なんてかわいそうな遊びなのかね。あの幼さで、銃後の守りなんて言葉を知っているとは。
空っぽのお茶碗に想像で盛り付けたご飯ですら半分だなんて、あまりにも悲しすぎるだろう」
「貴様を地獄に叩き落とした後、2人にはとても幸せな生活を送らせてあげるから、心配は無用だ」
「みんな、想像した事を現実にする。想像した自分になる。君はそれを標榜してきたのではないかね?
だから、君はこれほどまでに強く立派になり、同時に孤独でいるんだ。
たとえ短い期間とはいえ、個を抑えた様な遊びをさせていたら、心が萎れてしまうよ。
そもそも君は、この俺に勝てる気でいるのか? これほどまでに圧倒的な力の差を見せつけられているのに」
魔界の皇子の黒い魔気は、溢れても溢れても、なお尽きる事を知りません。
バラの心に不安がよぎります。自分が敗れれば、2人はいったいどうなってしまうのでしょうか。そうでなくても、刻一刻とバラの力は削がれています。その内、バラが施す福祉の機能も弱まって、2人にも影響が出てくるでしょう。
いつかは食べる物も事欠くようになって、お腹を空かせてうな垂れる2人の姿が脳裏に浮かびます。
2人はとても悲しく嘆いていましたが、もう疲れ果てて声も出ません。涙も枯れ果ててしまいました。
静かに横たわった2人は、ゆっくり、ゆっくりと呼吸をして、最後に大きく息を吐くと、もう二度と目を覚ましませんでした。
まだ、そんな悲しい事態は発生していないにもかかわらず、既に発生してしまっているかのような恐ろしさを感じてしまいます。
2人の事を考えれば、己の信念を曲げてでも、2人の幸せを守ってあげるべきなのでしょうか。バラは悩みました。魔界の皇子に従うか、あくまで抗うか。
家臣の騎士達の間では、意見が真っ二つに割れていました。悪魔などに屈せず徹底抗戦だと主張する派閥と、交渉を重ねて落としどころを見つけよう、と主張する派閥です。
バラは決めかねていました。魔界の皇子は、明らかに自分より強いのです。戦えば、初めから総力戦となり、長引けば長引くほど消耗戦の様相を呈し、不利になるでしょう。
ヒュー・ディクションという半剣弁で大輪花の赤バラが言いました。
「閣下、既に花の里の殆どの地域は降伏しております。
他の2つの巨城も陥落したとのうわさも届いておりますから、これ以上座しておるわけにはまいりません。
すぐさま正義の鉄槌をあの大悪魔に下すべきでございます」
しかし、アルフレッド・コロンブという波状の多重弁で大輪の赤バラが、ヒュー・ディクションの精霊の話を遮って、言います。
「いや、待て、双方の戦力差は歴然なのだ。戦って必ず勝てるという保証はどこにもない。
そもそも不利なのだから、交渉を重ねて、出来るだけ良い条件を引き出すべきだ」
ヒュー・ディクションが拳で机を叩きます。
「そんな流暢なことを言っていては、一矢報いる事すら出来なくなるぞ。既に外からの物資の補給は立たれているのだから、いつかは食べ物が枯渇してしまう。
今でさえたくさんの避難民を抱え込んでいるのだから、100年と持たないぞ」
バラは決断しました。おもだった家臣達は、息を飲んでバラを見つめます。
「交渉は続ける、ただ50年だ。それ以上は、座して滅びを待つしかなくなるから、50年をもって交渉決裂とする。
先制攻撃で魔界の皇子に大打撃を与え、向こうの体制が整う前に、主だった王子達を滅し、講和に持ち込む。
その頃には天魔戦争自体も終わっているかもしれないし、そうすれば、痛み分けに持ち込める」
バラは、何とか魔界の皇子との決戦を避けたい、と思っていました。薔薇城と呼ばれているとはいえ、城の正当な主は花の姫です。そして、花の姫は何より争いがお嫌いなのです。
魔界の皇子の誘いは、とても甘い蜜の味でした。しかし、大切なスズとハルを失う恐怖から解放されるために皇子の甘言に乗せられても、本当に2人が恐ろしい目に遭わない保証は、どこにもありません。
そもそも、そのような誠意のある態度で約束を守る者が、この様な卑劣な脅しをかけてくるはずがありません。
そう思った瞬間、バラは気が付きました。皇子が提示した二者択一にまんまと乗せられていた、と。それ以外の選択肢を全て排除させられていたのだと。だから、バラは2派閥の主張を折衷し、徹底抗戦の回避を模索しました。
しかし、やはりバラは気が付いていませんでした。
バラがした事は、折衷でも何でもありません、ただ、問題を先送りしただけでした。新しい案も何も出さずに、ただ交渉している現状を維持し、最後は決戦に挑むだけです。
城下の住民や避難民の祈る声が、毎日聞こえてきます。そして、毎日多くの精霊が陳情に訪れます。
「バラ様、なぜいつまでも悪魔達に良いようにさせ続けているのですか。
私達は、家を奪われて、もう長いこと避難生活を送っております。
早く悪魔達を追い払って、私達の土地を取り返してください」
城下町にも悪魔が飛来し始めていましたし、各地から逃げてきた精達が町やお城にやって来て、秩序が乱れ始めていました。みな、ストレスからかキリキリし始めています。撤退してきた地方の兵士達が避難民を管理していましたが、抑えきれません。
騒ぎ立てる民衆を前に、バラはどうして良いか分かりませんでした。主戦派の後ろ盾を得たヒュー・ディクションと、講和派の後ろ盾を得たアルフレッド・コロンブ、2人の高位精霊が率いる両派閥の顔を立てて、どちらも採用したおかしな結論を導き出しただけでした。
しかしみんな気が付いていませんでした。100年で食糧庫は空になってしまうから、50年目で決戦しなければならないと考えてはいるものの、101年目からどう戦うのかという算段はありません。
結局バラは、魔界の皇子が仕立てた二者択一から逃れられていませんでした。こうして、皇子の思惑通り、バラはズルズルと泥沼の戦いに飲みこまれていったのです。
毎日2人は、おままごとをしていました。
「スズちゃん、戦争が始まってるから、わたし達も贅沢は出来ませんねー」
「そうですわ、ハルちゃん、あなたも寝てばかりいないで、兵隊さんを応援しなきゃいけませんよ」
「おねぼーさんは銃後の守りですから、止められませんわ、おほほほほ」
まだ、2人の生活に籠城の陰は落ちていませんが、長引けば長引くほど、苦しい生活を強いる事になるでしょう。既に今の段階で、遊びの中に“ほしがりません勝つまでは”の精神が浸透し始めていました。
それを見やって、魔界の皇子がバラに言いました。
「なんてかわいそうな遊びなのかね。あの幼さで、銃後の守りなんて言葉を知っているとは。
空っぽのお茶碗に想像で盛り付けたご飯ですら半分だなんて、あまりにも悲しすぎるだろう」
「貴様を地獄に叩き落とした後、2人にはとても幸せな生活を送らせてあげるから、心配は無用だ」
「みんな、想像した事を現実にする。想像した自分になる。君はそれを標榜してきたのではないかね?
だから、君はこれほどまでに強く立派になり、同時に孤独でいるんだ。
たとえ短い期間とはいえ、個を抑えた様な遊びをさせていたら、心が萎れてしまうよ。
そもそも君は、この俺に勝てる気でいるのか? これほどまでに圧倒的な力の差を見せつけられているのに」
魔界の皇子の黒い魔気は、溢れても溢れても、なお尽きる事を知りません。
バラの心に不安がよぎります。自分が敗れれば、2人はいったいどうなってしまうのでしょうか。そうでなくても、刻一刻とバラの力は削がれています。その内、バラが施す福祉の機能も弱まって、2人にも影響が出てくるでしょう。
いつかは食べる物も事欠くようになって、お腹を空かせてうな垂れる2人の姿が脳裏に浮かびます。
2人はとても悲しく嘆いていましたが、もう疲れ果てて声も出ません。涙も枯れ果ててしまいました。
静かに横たわった2人は、ゆっくり、ゆっくりと呼吸をして、最後に大きく息を吐くと、もう二度と目を覚ましませんでした。
まだ、そんな悲しい事態は発生していないにもかかわらず、既に発生してしまっているかのような恐ろしさを感じてしまいます。
2人の事を考えれば、己の信念を曲げてでも、2人の幸せを守ってあげるべきなのでしょうか。バラは悩みました。魔界の皇子に従うか、あくまで抗うか。
家臣の騎士達の間では、意見が真っ二つに割れていました。悪魔などに屈せず徹底抗戦だと主張する派閥と、交渉を重ねて落としどころを見つけよう、と主張する派閥です。
バラは決めかねていました。魔界の皇子は、明らかに自分より強いのです。戦えば、初めから総力戦となり、長引けば長引くほど消耗戦の様相を呈し、不利になるでしょう。
ヒュー・ディクションという半剣弁で大輪花の赤バラが言いました。
「閣下、既に花の里の殆どの地域は降伏しております。
他の2つの巨城も陥落したとのうわさも届いておりますから、これ以上座しておるわけにはまいりません。
すぐさま正義の鉄槌をあの大悪魔に下すべきでございます」
しかし、アルフレッド・コロンブという波状の多重弁で大輪の赤バラが、ヒュー・ディクションの精霊の話を遮って、言います。
「いや、待て、双方の戦力差は歴然なのだ。戦って必ず勝てるという保証はどこにもない。
そもそも不利なのだから、交渉を重ねて、出来るだけ良い条件を引き出すべきだ」
ヒュー・ディクションが拳で机を叩きます。
「そんな流暢なことを言っていては、一矢報いる事すら出来なくなるぞ。既に外からの物資の補給は立たれているのだから、いつかは食べ物が枯渇してしまう。
今でさえたくさんの避難民を抱え込んでいるのだから、100年と持たないぞ」
バラは決断しました。おもだった家臣達は、息を飲んでバラを見つめます。
「交渉は続ける、ただ50年だ。それ以上は、座して滅びを待つしかなくなるから、50年をもって交渉決裂とする。
先制攻撃で魔界の皇子に大打撃を与え、向こうの体制が整う前に、主だった王子達を滅し、講和に持ち込む。
その頃には天魔戦争自体も終わっているかもしれないし、そうすれば、痛み分けに持ち込める」
バラは、何とか魔界の皇子との決戦を避けたい、と思っていました。薔薇城と呼ばれているとはいえ、城の正当な主は花の姫です。そして、花の姫は何より争いがお嫌いなのです。
魔界の皇子の誘いは、とても甘い蜜の味でした。しかし、大切なスズとハルを失う恐怖から解放されるために皇子の甘言に乗せられても、本当に2人が恐ろしい目に遭わない保証は、どこにもありません。
そもそも、そのような誠意のある態度で約束を守る者が、この様な卑劣な脅しをかけてくるはずがありません。
そう思った瞬間、バラは気が付きました。皇子が提示した二者択一にまんまと乗せられていた、と。それ以外の選択肢を全て排除させられていたのだと。だから、バラは2派閥の主張を折衷し、徹底抗戦の回避を模索しました。
しかし、やはりバラは気が付いていませんでした。
バラがした事は、折衷でも何でもありません、ただ、問題を先送りしただけでした。新しい案も何も出さずに、ただ交渉している現状を維持し、最後は決戦に挑むだけです。
城下の住民や避難民の祈る声が、毎日聞こえてきます。そして、毎日多くの精霊が陳情に訪れます。
「バラ様、なぜいつまでも悪魔達に良いようにさせ続けているのですか。
私達は、家を奪われて、もう長いこと避難生活を送っております。
早く悪魔達を追い払って、私達の土地を取り返してください」
城下町にも悪魔が飛来し始めていましたし、各地から逃げてきた精達が町やお城にやって来て、秩序が乱れ始めていました。みな、ストレスからかキリキリし始めています。撤退してきた地方の兵士達が避難民を管理していましたが、抑えきれません。
騒ぎ立てる民衆を前に、バラはどうして良いか分かりませんでした。主戦派の後ろ盾を得たヒュー・ディクションと、講和派の後ろ盾を得たアルフレッド・コロンブ、2人の高位精霊が率いる両派閥の顔を立てて、どちらも採用したおかしな結論を導き出しただけでした。
しかしみんな気が付いていませんでした。100年で食糧庫は空になってしまうから、50年目で決戦しなければならないと考えてはいるものの、101年目からどう戦うのかという算段はありません。
結局バラは、魔界の皇子が仕立てた二者択一から逃れられていませんでした。こうして、皇子の思惑通り、バラはズルズルと泥沼の戦いに飲みこまれていったのです。
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