バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

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5 詭道の悪魔2 ~真実は作るもの~

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 度々小悪魔はやって来て、父悪魔に懇願し続けました。懇願する声と怒鳴りつける声が陣中に轟きます。
 あまりにひどいやり取りなので、兵達も嫌になってきていました。その内に、「なんて情けない若君なんだ」という者も現れる始末です。
 子のために、その妻の一族を攻めないなどという甘やかしをしない父悪魔への信頼は、ますます増加しましたが、妻の美しさに魅了されて豚策を具申する若君への信頼は、地に落ちていきます。
 もともと知性に富んでいて凛々しい若君でしたから、本当の姿を見て家来達は失望しました。
 もともと子悪魔と妻の女神の2人は、政略結婚の意味合いが強い間柄です。愛し合って結婚したというのではなく、家同士が決めた結婚だったのです。
 天界と魔界の間で戦があると、大抵この両家は刃を交えていました。まだカッコウもジュウシマツもその種が生まれる前の先祖から、代々戦ってきたのです。
 カッコウの父悪魔は、この状況を快く思っていませんでした。自分の一族をもっと増やして繁栄し、領土を拡張したいと思っていました。
 ですが、戦いの度に目の前に立ち塞がるジュウシマツが邪魔で、切り取れそうなほかの地域に攻め入る事が出来ずにいたのです。
 かといって、ジュウシマツの町を攻め落とすことも出来ません。なんせ、後方にはシジュウカラの小砦があって、この地域を守っていたからです。
 そこで、カッコウの父悪魔は一計を案じました。ちょうど自分には年頃の息子がいて、ジュウシマツには年頃の娘がいたので、2人の婚姻を持ちかけたのです。
 カッコウの父悪魔は言いました。
 「私達は度重なる戦の中で、いつも敵対してきました。
  ですが、私は貴方がたと争いたくはないのです。
  確かに敵同士ではありますが、神話となったご先祖様の戦の中で、クラウゼ家の騎士達の勇猛果敢さに、我が将兵も尊敬の念を抱くのを禁じ得ません。
  どうでしょうか、私達の子らを結婚させて友好を計ってみては。
  そうすれば戦いがあっても、我らが争うのを回避できるかもしれませんし、最悪戦わざるを得なくとも、大勢の犠牲が出る様な大戦にはなりますまい」
 ジュウシマツの神は思いました。
 (なんて良い案だろうか、こんなことは願ってもいなかった事だ。もし本当にそうできれば、町の住民の犠牲が出なくて済むかもしれない)と。
 婚儀の話は、トントン拍子で進みました。
 最初は渋っていた娘神でしたが、最後は渋々ながら嫁入りする事に同意しました。なぜなら、父親から妻の地位を使ってカッコウの若君を懐柔するように、密命を受けたからです。
 ジュウシマツの娘は、たいそう美しい女神でした。羽毛は白くて、黒い模様は1つもなく、鳴き声も透き通っていて、魅了されない者なんていません。
 事実、カッコウの若君も、その美貌に溺れて、腑抜けにされていました。ですから、カッコウの兵士達も愛想を尽かしてしまったのです。
 あまりに噂になってしまったので、夫の醜態は本領にいる妻の元まで届きました。しかし妻は逆に、夫がわたしのために頑張っているのだと感謝しました。
 疲労困憊して意気消沈する夫を、その身と心をもって慰めたのです。すがれるのは夫だけでしたから、夫の望むことは何でもしました。
 妻の介抱のおかげで見る見るうちに癒された夫悪魔は、妻に感謝と愛の言葉を囁いて、また当主である父親のもとに出かけていきます。
 妻は、夫が自分のために必死になってくれている事と、自分が夫の支えになれている事が嬉しくて、深く愛するようになっていきました。
 我慢の限界に達していた父悪魔の堪忍袋の緒は、遂に弾け切れました。子悪魔を何度も蹴飛ばして兵舎の外に蹴落とし、転がる息子に向かって、こう言い放ったのです。
 「なんて情けない跡取りか! もうわし自らの手で、お前を八つ裂きにして、殺してしまいたい!!
  去れ!! もう2度とわしの目の前には現れるな!!」
 驚いた子悪魔は、泣き叫びました。
 「お許しを! お許しを!!」
 「許してほしければお前が先陣を切って、町を攻め滅ぼしてまいれ!! ジュウシマツの領主を殺して、その首を捕ってまいれ!!」
 子悪魔は答える事が出来ず、とっぷして泣き崩れました。
 明くる日、カッコウの館は大忙しです。若君の兵隊が出兵の準備をしていました。何事か訊ねる妻神に、答える者は1人もいません。50の兵からなる部隊は、すぐに隊列を組んで飛んでいきました。
 子悪魔直属の兵隊が到着すると、父悪魔は更に50の兵を与えて、小悪魔を先鋒に布陣させました。
 鳥の里の大地は、鉛筆の様な高い岩山が幾万も聳えて成り立っています。オパール色のその岩肌に、赤やオレンジのカラフルでメルヘンなお家が沢山ついていて、横穴式の洞窟がお部屋になっていました。
 里の中心から少し東にそれたところにある岩山を頂点としてそこから離れると、無数の岩山は段々低くなっていきます。
 住むお家の高さは、神気によって異なり、神や精霊は上の方、妖精や精は下の方に住んでいます。岩山と岩山の間の平地には飛べない鳥が住んでいて、住む場所の高さではなくお家の大きさが、力の象徴でした。
 凶暴な軍鶏の神率いる歩兵部隊の前に、烏骨鶏の悪魔率いる歩兵部隊が大苦戦しているという報が、父悪魔のもとに舞い込んできます。四方八方から攻め来る神出鬼没の電撃作戦によって、3倍の魔軍・金鵄の里方面軍が苦しめられているというのです。
子悪魔は思いました。
 (さすがに、無敗の軍神である金鵄の女神を前にしては、いくらハゲワシの悪魔が強かろうが勝てはしまい。
  今は宿敵のジュウシマツを滅ぼして、俺の血を引くジュウシマツの男子を使って、お家を復興するのが得策だ。
  地位や財産が保障されれば、ジュウシマツの親戚どもに文句はあるまい)
 子悪魔は、他の部隊を使って町を包囲すると、自分は直属部隊を率いて、防御の手薄な所に回り込みます。
 ここは里の西の辺境です。援軍が来るまでには、まだ時間がありました。厄介なのは、それほど遠くない距離に始祖鳥の町がある事ですが、彼らは自分たちほどうまく飛べません。
 遊牧民の羽毛恐竜が西の地域を放浪していますが、すぐに援軍に来られる距離にいないことは、事前の偵察で確認しています。憂いはありません。
 包囲が完成するとすぐさま突撃を命令し、情け容赦なく町の兵士を皆殺しにしていきました。 
 岩山というよりも丘程度の町を取り囲む包囲網は徐々に狭まり、残るはジュウシマツのお屋敷だけです。
 屋敷は長方形で、3階建ての立派なお屋敷でした。濃い卵色の外壁を、深いベージュに彩られた柱が格子状の模様となった外観です。前面の殆どはガラスの窓になっていました。その窓から引っ切り無しにジュウシマツの精霊達が飛び立って、攻撃を加えてきます。
 高位の神々の城やシジュウカラの城塞と比べれば、小さなお城でした。木造で壁は漆喰でしたから、それほど防御力が高いわけではありません。ですが、高い塀に囲まれていたので、簡単には攻め落とせません。
 しかし、それも長くは続きませんでした。兵士の士気も高く善戦していましたが、次第に兵糧も尽きはじめて、徐々に気力が削がれていきます。
 娘のエルナが送った密書によって寝返った側近達に説得されたジュウシマツの神は、ついに降伏する事を決め、使者を出しました。
 その使者に向かって子悪魔は言いました。
 「もし、御身の首を差し出すのであれば、一族は助けてやろう。
  もし出さなければ、一族を滅ぼした挙句、町の住民も皆殺しにしてやろう」
 文書にはしませんでした。子悪魔は、接収したパン屋から召し上げたディンケルカステンを食べながら、従者のカッコウの精に一字一句違わず伝えさせたのです。
 ジュウシマツの神は、受け入れざるを得ません。1人屋敷を出た主は捕縛されて子悪魔の陣に引き出され、すぐさま首を刎ねられました。自刃する事も許されず、敬意を払われた場所でも無く、敷物も敷かれていない冷たい路上での最後となったのです。
 この時子悪魔は、塩漬けにした豚のすね肉を野菜と共に煮込んだ鳥族の伝統料理ヘムヒェを片手にワインを飲みながら、打ち首を見物していました。陣幕の内側でしたから、町の住民は誰一人、領主様がこの様な最後を遂げたなど知る由もありません。
 約束では主人の首だけでしたが、領主であるハンスの長男を含む本家の直系卑属の男子は、全員首を刎ねられました。
 
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