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4 詭道の悪魔 ~敵を騙すには、まず味方から~
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天界がまだ平穏な空気に包まれていた頃のお話です。
カッコウの悪魔が治める小領地が魔界の隅にありました。大岩小岩が散らばる中に家々が点在する様な荒れた領地です。その小領地にあるお屋敷に、すがるような女性の声が響きました。
「旦那様、我が里の町は、攻めないでくださいまし。あそこには、我が一族が住んでいて、わたしの父上も母上もも住んでおりますゆえ」
ジュウシマツの女神が、夫のカッコウの悪魔に言いました。
夫のヨーナスが、半分土下座する様な姿勢で自分の足にすがる妻エルナの前に膝をつき、両肩に手を添えて言いました。
「ああ、攻めさせないとも。
父上は攻める気でおいでだが、必ず私が説得してお前の一族を守ってみせよう。
しかし、全くの無傷というわけにはいくまい。なんせ、天魔戦争が起こってしまったのだ。
天界の宿敵の里において、しかも切り取らなければならない林において、まったく犠牲を出さずに済ませるわけにはいかぬであろう。
もしそんな事をすれば、カッコウの悪魔たるわが父上は、皇子に顔向けできない。最悪滅ぼされてしまうだろう」
夫のカッコウの悪魔は、泣いて懇願するジュウシマツの妻神を慰めるように諭しました。家族に降りかかる厄災を受け入れさせる糸口をこねくり回すようにニンマリしながら。
主である怪鳥は、眷属でもありヨーナスの父でもあるカッコウの悪魔ベンに命じて、花の里に侵攻する魔界の皇子に従って出兵させていました。
ジュウシマツの妻神は、主の留守を任された夫に頼んで一族の助命を嘆願したのです。遠い鳥の里に向かって久しいとはいえ、カッコウの父悪魔の本隊はまだ天との境を越えておらず、1週間も飛べば、会いに行ける距離にいました。
そこで、カッコウの子悪魔は父のもとへ全力で飛んで行く事にしました。妻の願いを伝える事にしたのです。
子悪魔の話を聞き終わった父悪魔は、開口一番に言いました。
「何をバカなことを言うのかヨーナス!! ジュウシマツに唆されおって!! あれ程あの女に溺れるなと口を酸っぱくして言っていたのに、何たる様か!!」
「父上、お願いでございます。
あそこはあれの生まれ故郷、さすがに親まで殺されてしまっては、絶望の極みでございます。
どうか、ジュウシマツ達の命ばかりはお目こぼしを!!」
父たる悪魔は聞き入れません。激怒した老悪魔は子を退けて、自らの兵舎に戻ろうと背を向けて歩き始めました。必死に追いすがる子悪魔が前に回って跪き、なんとか赦免してもらおう、と必死に訴えます。
足にしがみついて泣き出しそうな声で頼む息子を足蹴にして、兵舎に入ってしまいました。
それを追いかけて兵舎に入った子悪魔は、より一層大きな声で懇願します。その声は、兵舎の外に響くほどの大きさでした。
跡取りの狼狽えて這いつくばるその様に、とても情けなくなった父悪魔は、血が煮えたぎるような思いがこみ上げてきて、息子を怒鳴り殺してしまおうかと思いました。
ですがその時、急に子悪魔は黙りこくって、無表情になりました。何事か理解できない父悪魔に向かって、子悪魔は小声でいます。
「父上、このまま外に聞こえるほど大きな声で、私を怒鳴り散らして罵ってください。
私は、妻のために懇願し続けますから」
子悪魔はニヤリとして、父の目を見上げました。父悪魔は、声を張り上げて怒鳴り続けます。そして、子悪魔は懇願し続けました。
結局、この押し問答は決着がつかずに平行線を辿り、子悪魔は諦めて帰っていきます。「また来ます」と言い残して。
魔界に戻ったカッコウの子悪魔は、事の次第を妻のエルナに伝えました。妻神は泣き崩れて地に伏します。女神の身の回りの世話をするカッコウの精達も、彼女が哀れでなりません。
夫の悪魔は、妻の肩に手を添えて優しく言いました。
「必ず父上を説得見せるさ。
私も義父様や義母様がお亡くなりになるなんて、耐えられないからね。
ただこの戦は、鳥神鳥魔の内輪もめではないんだ、大魔王が出るほどの大戦なんだ。
それなのに、末端の我らが出陣したにも関わらず戦いもせず傍観しているなんて、許される事では無かろう? それは理解してくれるだろうね。
私も辛いんだ、少しでも君の一族を救ってやりたいがね」
カッコウの悪魔は、ため息をついてそう言いました。
「分かっております、旦那様、ですが、何とか…何とかお願いいたします。
お父様とお母様、兄と弟達と妹達を救ってくださいましっ!!」
自分の腹に顔を埋める妻神に、夫神は言いました。
「ああ、必ずだとも。その代り、お前も協力しておくれ。
向こうの家族や親せきに、我らに従う様に手紙を書いてほしいのだ。
うまく義父上を説得してくれるかもしれないからね。
書いたら、侍女のカトリンに渡しておくれ。彼女が上手く向こうに送ってくれるはずだから」
何カ月経っても、父悪魔の本隊は天界魔界の境を越境することなく、留まり続けています。
上空で、その様子を鼻頭がイボに覆われた大きな黒い鳥が見ていました。一緒に出陣した悪魔です。
魔鳥の軍団で隣に配されていたガガモの悪魔は訝しく思い、カッコウの悪魔のもとを訪れて言いました。
「貴殿は何をしているのか。
既に金鵄の里への侵攻は始まっているというのに、貴殿の軍勢の半分近くが、まだ魔界に留まっているとは!!
早く本体を押し出して、シジュウカラの守る小砦を落としてしまおうではないか」
「ああ、すぐに行くとも。だが、貴殿も知っての通り、鳥の神々は強者揃い、慎重に慎重をきしても足るものではない。
我が軍勢の半分以上は、既に持ち場の町を目の前にして布陣しておる。
抜かり無く予定の期間内に、町を攻め滅ぼしてみせるさ」
その言葉を聞いたガガモの悪魔は、自分の陣に帰っていきました。
カッコウの悪魔が治める小領地が魔界の隅にありました。大岩小岩が散らばる中に家々が点在する様な荒れた領地です。その小領地にあるお屋敷に、すがるような女性の声が響きました。
「旦那様、我が里の町は、攻めないでくださいまし。あそこには、我が一族が住んでいて、わたしの父上も母上もも住んでおりますゆえ」
ジュウシマツの女神が、夫のカッコウの悪魔に言いました。
夫のヨーナスが、半分土下座する様な姿勢で自分の足にすがる妻エルナの前に膝をつき、両肩に手を添えて言いました。
「ああ、攻めさせないとも。
父上は攻める気でおいでだが、必ず私が説得してお前の一族を守ってみせよう。
しかし、全くの無傷というわけにはいくまい。なんせ、天魔戦争が起こってしまったのだ。
天界の宿敵の里において、しかも切り取らなければならない林において、まったく犠牲を出さずに済ませるわけにはいかぬであろう。
もしそんな事をすれば、カッコウの悪魔たるわが父上は、皇子に顔向けできない。最悪滅ぼされてしまうだろう」
夫のカッコウの悪魔は、泣いて懇願するジュウシマツの妻神を慰めるように諭しました。家族に降りかかる厄災を受け入れさせる糸口をこねくり回すようにニンマリしながら。
主である怪鳥は、眷属でもありヨーナスの父でもあるカッコウの悪魔ベンに命じて、花の里に侵攻する魔界の皇子に従って出兵させていました。
ジュウシマツの妻神は、主の留守を任された夫に頼んで一族の助命を嘆願したのです。遠い鳥の里に向かって久しいとはいえ、カッコウの父悪魔の本隊はまだ天との境を越えておらず、1週間も飛べば、会いに行ける距離にいました。
そこで、カッコウの子悪魔は父のもとへ全力で飛んで行く事にしました。妻の願いを伝える事にしたのです。
子悪魔の話を聞き終わった父悪魔は、開口一番に言いました。
「何をバカなことを言うのかヨーナス!! ジュウシマツに唆されおって!! あれ程あの女に溺れるなと口を酸っぱくして言っていたのに、何たる様か!!」
「父上、お願いでございます。
あそこはあれの生まれ故郷、さすがに親まで殺されてしまっては、絶望の極みでございます。
どうか、ジュウシマツ達の命ばかりはお目こぼしを!!」
父たる悪魔は聞き入れません。激怒した老悪魔は子を退けて、自らの兵舎に戻ろうと背を向けて歩き始めました。必死に追いすがる子悪魔が前に回って跪き、なんとか赦免してもらおう、と必死に訴えます。
足にしがみついて泣き出しそうな声で頼む息子を足蹴にして、兵舎に入ってしまいました。
それを追いかけて兵舎に入った子悪魔は、より一層大きな声で懇願します。その声は、兵舎の外に響くほどの大きさでした。
跡取りの狼狽えて這いつくばるその様に、とても情けなくなった父悪魔は、血が煮えたぎるような思いがこみ上げてきて、息子を怒鳴り殺してしまおうかと思いました。
ですがその時、急に子悪魔は黙りこくって、無表情になりました。何事か理解できない父悪魔に向かって、子悪魔は小声でいます。
「父上、このまま外に聞こえるほど大きな声で、私を怒鳴り散らして罵ってください。
私は、妻のために懇願し続けますから」
子悪魔はニヤリとして、父の目を見上げました。父悪魔は、声を張り上げて怒鳴り続けます。そして、子悪魔は懇願し続けました。
結局、この押し問答は決着がつかずに平行線を辿り、子悪魔は諦めて帰っていきます。「また来ます」と言い残して。
魔界に戻ったカッコウの子悪魔は、事の次第を妻のエルナに伝えました。妻神は泣き崩れて地に伏します。女神の身の回りの世話をするカッコウの精達も、彼女が哀れでなりません。
夫の悪魔は、妻の肩に手を添えて優しく言いました。
「必ず父上を説得見せるさ。
私も義父様や義母様がお亡くなりになるなんて、耐えられないからね。
ただこの戦は、鳥神鳥魔の内輪もめではないんだ、大魔王が出るほどの大戦なんだ。
それなのに、末端の我らが出陣したにも関わらず戦いもせず傍観しているなんて、許される事では無かろう? それは理解してくれるだろうね。
私も辛いんだ、少しでも君の一族を救ってやりたいがね」
カッコウの悪魔は、ため息をついてそう言いました。
「分かっております、旦那様、ですが、何とか…何とかお願いいたします。
お父様とお母様、兄と弟達と妹達を救ってくださいましっ!!」
自分の腹に顔を埋める妻神に、夫神は言いました。
「ああ、必ずだとも。その代り、お前も協力しておくれ。
向こうの家族や親せきに、我らに従う様に手紙を書いてほしいのだ。
うまく義父上を説得してくれるかもしれないからね。
書いたら、侍女のカトリンに渡しておくれ。彼女が上手く向こうに送ってくれるはずだから」
何カ月経っても、父悪魔の本隊は天界魔界の境を越境することなく、留まり続けています。
上空で、その様子を鼻頭がイボに覆われた大きな黒い鳥が見ていました。一緒に出陣した悪魔です。
魔鳥の軍団で隣に配されていたガガモの悪魔は訝しく思い、カッコウの悪魔のもとを訪れて言いました。
「貴殿は何をしているのか。
既に金鵄の里への侵攻は始まっているというのに、貴殿の軍勢の半分近くが、まだ魔界に留まっているとは!!
早く本体を押し出して、シジュウカラの守る小砦を落としてしまおうではないか」
「ああ、すぐに行くとも。だが、貴殿も知っての通り、鳥の神々は強者揃い、慎重に慎重をきしても足るものではない。
我が軍勢の半分以上は、既に持ち場の町を目の前にして布陣しておる。
抜かり無く予定の期間内に、町を攻め滅ぼしてみせるさ」
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