生んでくれてありがとう

緒方宗谷

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バラの思い出

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 飲み会から間を置かず、取引先の鈴木が千里にコンタクトをとってきた。
 「こないだの子も誘ってほしいって、みんなが言うんだけど」
 「佳代ですか?」
 「そう、佳代ちゃん」
 取引先が商品を受け渡す予定の顧客住所が渋谷区の神山町で、千里の会社からそれほど遠くなかった。個人宅で大口顧客ではなかったが、安くはないインポート家具をまとめて購入してくれたため、担当の千里が粗品を持ってお礼に伺うことになっていた。
 この機会を利用して、千里は鈴木と次の飲み会の打ち合わせをすることにした。
 最寄りの渋谷駅から副都心線か山手線に乗る。そして、神宮前か原宿駅で千代田線に乗り換え1駅行けば、あとは徒歩10分といったところ。
 配送書類上では受け渡しは13時、都内にある千里の会社の倉庫から配送業者が直接顧客宅へ届けることになっている。午前中はデスクで書類系の仕事をこなして、お昼ご飯ついでにそのまま神山町入りする予定だ。
 春の昼下がり、この時期なら気持ちよく代々木公園を散歩できるだろう。千里は乗り換えずに原宿駅で下車し、明治神宮に隣接する公園を散歩することにした。
 まだ花々が咲き誇るといった風ではなかったが、既に木々は青々と茂り、風が気持ちよかった。
 傍のコンビニでサンドウィッチとミルクティ-を購入、そのついでにレジ前に置いてあった月餅も買った。
 イアフォンからは、リズムカルで軽快な夏らしい歌声が響いている。二人組の歌手で、1,2年おきに新曲を発表しては、ダウンロードで上位にランキングされる人気歌手だ。
 お気に入りはエビカツサンドか照り焼きチキンサンド、サンドウィッチを選ぶときはいつも悩むが、今日はエビカツにした。
 彼氏とのデートなら、こういうところは趣味ではないが、佳代と来るなら良いかもしれない。佳代なら、手作りサンドウィッチかおにぎりのお弁当を用意してくれるはずだ。芝生の向こうの木陰では、恋人同士がシートを敷いておしゃべりをしている。あのあたりなら、涼しそうだ。
 佳代とは、大抵レストランで食事というのが定番なのだが、たまにはこういうのも良いだろう。
 (バラ?)
 ふと見ると、まだ花は咲いていないものの、結構広い範囲で茨が茂っている。アーチ状の柵もある。色々な種類が植わっているらしく、種類を記した看板がいくつも立っていた。
 バラは色々な種類を植えれば、冬以外は次々と咲く花を楽しむことができるが、千里にとっては10月の花というイメージがあった。実際は5月6月が一番美しく花を咲かせ、秋の物は初夏の物と比べて小ぶりだと言われている。
 昔の話だが、今の彼氏とデート中に、千里が大輪のバラを花屋で千里が見つけた。初めて見た大きなバラの花に興奮気味で、彼氏と花屋の前でキャッキャと大騒ぎしたことがある。店員からイングリットバーグマンという品種だと説明を受けた。
 引き込まれるような真紅にベルベットを思わせる花弁、デンマークの女優の名を冠する四季咲きのバラだ。
 千里がその時のことを思い出したのは、彼が花束でプレゼントしてくれたのがとても感動的だったからだ。だが同時に、またいつかプレゼントするよ、という言葉が、まだ実行されていないことに悲しさも覚えていた。
 (バラの花ことばって、美と愛なのに・・・)
 代々木公園を一駅分横切るだけと思って歩いてきたが、結構距離があるように思える。公道との出入口を見つけて出てみたが、千代田線の代々木公園駅の場所が分からない。車内で見た地図アプリからすると、ここから左斜め前に進めば顧客宅のはずだと、千里は左に向かって歩道を歩んでいく。
 意外に静かなところだ。公園の向こう側は原宿、少し行けば青山があるおしゃれな聖地だが、この辺りは住宅街だろうか。家賃が安ければここに住んでもいいかもしれない。
 だんだんと風景が民家中心に変化していく。地図アプリを見て住所を突き止めると、新築2階建ての1軒家だ。配送時間まで20分近くあるが、取引先の社員は、コンビニの挽きたて珈琲を飲みながら既に待機していた。
 「あっ、お疲れ様です、高遠さん」
 「お疲れ様です。鈴木さん」
 先月のコンパで佳代の正面に坐っていた男だ。175cm位で、髪は耳が隠れる程度の長さ、少し癖がある。太っているわけではないが、痩せているわけでもない。ワイシャツの上からでも、少し下腹の膨らみ具合が滲み出ている。他に2人いたが、面識はあるものの社外での付き合いはない。
 鈴木は話し上手で、コンパの席では終始全体をリードしていて、男性陣のムードメーカー的存在だ。千里は、笑顔と裏腹な事を考えていた。
 (あまり好きじゃないんだよな、こいつ)
 作り笑顔でお辞儀をすると、顧客情報の確認をする。ここの奥様は、人形町のカステラが好きらしい。鈴木が商品の紹介やら打ち合わせやらで頻繁に引っ越し前の自宅を訪れていた際、奥様本人が話していたというから、間違いない。
 持ってきた粗品の包みを鈴木に見せて店が同じか確認し終わると、彼の方からすぐに話題を変え、次のコンパの話を始めてきた。
 とても軽い感じで、2次会ではとにかくお酒を勧めてくる男だったから、千里は警戒している。1次会の席で、この男が一番佳代に興味を持っていた、と千里は気づいていた。だから、次のコンパで佳代を一番誘ってほしいのは、鈴木だと見抜いていた。
 暫く鈴木の話が続いていたが、家具一式を積んだトラックが到着したところで、お開きとなった。
 次々と高価な家具が、まだ生活感のない木の良い香りがする室内へと運ばれていく。その間、とにかく家の素晴らしさを褒めちぎる千里に、お世辞だと言いながらも嬉しそうに照れる女性は、夫の自慢話やら、子供が有名大学に通っていることやらを次から次へと自慢げに語った。
 その話に、女性の内助の功あってのことだと羨みながら、自分もそうなりたいと感嘆して見せる千里。終始、自分のペースで会話を進められたと満足げだ。すべての引き渡しが終わって帰るときなどには、家具を買いそうな友達に千里の会社を薦めるとまで言わせることができた。
 「ふぅ、いいお客さんに出会えたわ」
 満面の営業スマイルが和らぎ、自然なにっこり程度の表情への変化を見逃さなかった鈴木ら取引先の社員は、3人とも千里の手腕に口をあんぐりしてばかりだった。
 会社に戻って、上司に軽く状況報告をした千里は、デスクのパソコンでメールチェックをしながら、島崎と沼崎に鈴木の話を伝えた。
 前回、私用で参加できなかった島村も、興味を持って話に参加してきた。2次会が盛り上がったことを聞いていた彼女は、参加できなくて残念そうだったし、参加した2人も男性陣と馬が合ったようだったから、すぐに承諾された。
 (あとは佳代だけか・・・)
 佳代に興味を持つ鈴木は気に入らないが、彼氏のいない佳代のことも心配で、複雑な気分の千里であった。しかし、まあどうせ1次会で帰るだろう、と湧きあがった心配をかき消し、帰社後にまわした仕事を進めていった。




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