生んでくれてありがとう

緒方宗谷

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見た目も食べる内

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 三社目のお弁当も、元気な高齢者向けで、お弁当箱も中身も2社目に近い。ただ、全てのお弁当にご飯はついていなかった。
 「これがいいよ、これが一番おいしい」
 佳代の家で1食目を口にして、間髪入れずに千里が叫んだ。口に含んだカキフライを嚙む度に、濃厚な汁が口いっぱいに広がる。
 カキフライの他には人参、ブロッコリーの温野菜と、ポテトサラダの3品だけだったが、味付けは大分若者向けに近く、コンビニで売っていてもよいほどだ。最近よく見る2段重ねで、下にご飯が入っているお弁当の上の段だと言われても違和感がない。
 佳代も一口食べて、お弁当を誉める。
 「カレイの南蛮漬け風も美味しいよ」
 「風って何よ」
 おすそ分けされたカレイを口にしながら、千里が質問を投げかける。味は普通の南蛮漬けだ。あえて風とつけるのだから、南蛮漬けそのものとは違うのだが、佳代にもその違いが分からない。
 2日目の夕食、3日目朝食と食べ進めていっても、1食目からの評価は変わらなかった。他2社と比べて量は少なかったが、お弁当の内容に合わせて、佳代がみそ汁、中華スープ、コンソメスープ、ご飯と簡単なおかずを作っていたので、2人とも不満はなかった。
 4日目、千里の家での夕食は、佳代がオムバーグ、千里がスズキのパイ包みだった。
 「・・・・・、これ本当に、600円台?」
 千里が恐る恐る聞いた。
 「うん、680円」
 どこの国の料理か2人には見当もつかない。たぶんフランス料理だろうと勝手に決めつけることにした。
 「ふふん、佳代のは庶民的ね」
 千里は、たまにこういうところがある。自分の方が分がいいと優越感を感じて、少し悦に浸るのだ。
 オムバーグの下には、ナポリタンが敷いてある。コンビニ弁当のハンバーグの下にも、大抵はナポリタンが敷いてある。かさ上げしているようではないので、どういう意味かは分からない。
 「人参とブロッコリーの温野菜とポテトサラダ、この間千里が食べたのに入っていなかった?」
 「うん、入ってた」
 互いのお弁当を見やると、副菜が全く一緒だ。主菜にお金がかかっているのか、副菜に質素さが感じられる。
 「スズキのパイ包みって、こんな味なのね」
 実際にスズキのパイ包みを食べたことがない2人にとって、これをスズキのパイ包みとして美味しいと言ってよいのか分からないが、千里は料理名だけで、ご満足の様子だ。
 千里が用意したインスタントのコーンポタージュとレタスのサラダ、期限が切れていないバターロールで、何とかボリュームを出してはいたが、もう少しお腹に入りそうだ。
 「メインディッシュがありますよ」
 そういいながら、千里が冷蔵庫からビールを取り出し、鯖の缶詰を開けた。もちろんビールがメインディッシュだ。
 翌朝のお弁当も洋風であった。1社目2社目もそうだったが、千里の家に1泊した佳代は、翌朝5時には起きていた。目黒から北池袋は結構遠いし、千里の家から目黒駅までも大分歩くので、これくらいに起きなければ仕事に間に合わないのだ。
 千里は爆睡中で起こしても起きず、佳代は1人で朝食をとることにした。
 2社目の時は、2人でおしゃべりしながら食べていたから、家を出たのは7時半近くであった。だが、1人でご飯を食べると6時前には終わってしまう。起きたばかりで頭がさえていた佳代は、気持ちよく部屋の掃除をすることができた。
 どういうわけか、朝起きて朝食を終えたくらいが、1日で一番作業がはかどる。洗濯機にかけられるシャツなどをまとめて洗濯し、散らかったレシートや、ビール缶とワインの瓶を洗ってゴミ袋に入れると、フローリングが顔を出した。
 かたしてもかたしても、かたし切れなかったが、とりあえずテレビとソファ周辺の体裁だけは整えた。散らかったキッチン附近とのコントラストが、ソファ周辺を輝く聖域のように錯覚させた。
 少し早かったが何とか千里を起こし、内側からカギをかけてもらって、出発することにした。
 まだ6時半、あたりに人通りは無く、空気もどことなくすがすがしい。OL時代は良く感じた朝の雰囲気であったが、転職してからは家を出る時間が8時半位なので、最近はあまり感じることがない。
 この時間ならバスに乗らずに目黒駅に行っても、十分間に合うだろう。佳代は散歩がてら神社をお参りしてから、権の助坂を登って行った。
 千里が引っ越してきたころは、この坂はラーメン屋さんばかりの印象があったが、ちらほらとカフェなどもある。夏場は歩きたくない心臓殺しの上り坂のように感じるが、まだ春先の涼しい朝、たまに散歩する程度なら楽しく思える。
 駅に着くと既にラッシュが始まっていたが、女性専用車両があるので、それほど気にならない。痴漢のこともあるが、女性には男臭で吐き気がすることもあるのだ。
 スマホの時計を見ると、まだ十分余裕がある。ホームに出るとすごい人だかりだ。千里は毎日この中を通勤するのかと思うと、とても可愛そうに思えてくる。ただ、OL時代の自分が、これを理由に電車通勤をやめようとか、引っ越しや転職を考えなかったのと同様、彼女もこの通勤環境が当たり前だと思っているのだろう、と一人納得した。
 池袋も構内は人が溢れていたが、東武東上線の改札をくぐってホームに上がると、人1人いない。基本的に、板橋方面は住宅街なので、電車を利用する人は、ほとんどが池袋方面へ出社し、板橋方面に帰宅していく。
 到着した電車はすし詰め状態だったが、降車側の扉が開くとドッと乗客が降りていく。乗車側のドアが開いて残りの乗客が降りて佳代が乗り込むと、その車両には自分以外誰もいない。完全に貸切状態だ。
 目黒をのんびり散歩していたせいか、北池袋についたころには、8時40分を過ぎていた。それでも一度自宅に戻って、ミネラルウォーターのペットボトルを冷蔵庫から取って、施設に行っても十分に間に合った。
 3社のお弁当を経験した佳代は、施設の食事に対する印象が変わっていた。以前は、定食風の内容に不満があったが、これを食べている入所者の大半は、まだ十分元気なおじいちゃんおばあちゃんなのだ。
 佳代は、目の前の体が弱った高齢者を基準にしてものを考えていたが、元気な高齢者にケア弁当のような内容では、逆に弱ってしまうのではと考えるようになった。
 盛り付けもとても重要だ。ケアお弁当の量では貧相に見えてしまい、食事の楽しみが減ってしまう。
 1社目のを高齢者に食べてもらっているうちに、自分は2社目や3社目のを食べると言った千里の発言は、元気な高齢者にも十分当てはまるのだ。
 高齢者を一概に弱い存在と位置づけて対人していた自分が恥ずかしいと、佳代は思っていた。自分よがりの介護で、自己満足していただけなのだ。
 機能性のある食事にしても、単価が高くなりすぎるのではないかと千里に指摘されるし、実際に食べた3社のお弁当に、そのような機能性のあるお弁当はなかった。
 デパ地下に行けば、1日分の野菜が取れるお弁当とか、何十品目の野菜が取れると書かれたお弁当が売っているが、もし仮に冷凍の宅配弁当でそういうのがあったとしても、千数百円もして、毎日食べるには少し高くなりすぎる。
 最近はコンビニにもそういうお弁当が置かれていることもあるから、将来はもっと選択肢が増えているだろうと佳代は思ったが、現状においては、3社のお弁当と比べて、施設の食事のほうが良いという結論に至った。

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