生んでくれてありがとう

緒方宗谷

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健康弁当2

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 「なんか、写真で見た時ほどの感動はないね。
  佳代はどう思う」
 「同感、おいしそうだとは思うけど、どうしてだろう」
 佳代は筑前煮、千里は洋風の白身魚のバジルソースを選んだ。冷凍であったため4分以上レンジにかけなければならず、少し面倒に感じる。
 最初にレンジアップしたバジルソースを覗き込む2人は、今感じている心の隙間をどう表現すればよいか、考えあぐねていた。
 筑前煮を温めている間、白身魚のバジルソースを味見させてもらいながら、佳代は注文時に感じだお弁当箱の形の悪さを思い出した。
 平べったくて、お弁当箱と食材との間に隙間が多い。コンビニ弁当ならぎっしり詰まっていて、あふれ出るかのように盛られている。このお弁当箱も幕の内弁当と大差ない形だが、内容量に比べて大きすぎるように思える。
 白身魚以外にもいくつかの副菜がついていて、どれも美味しかったが、千里にとっては少し味が薄く感じるようだ。
 高齢者用のお弁当だから、味は薄めなのだろう。タンパク質、脂質、炭水化物のバランスは良いように思えるが、施設の食事の方が栄養価は高いように見える。
 筑前煮の方も、心に隙間ができるような印象だ。主菜の筑前煮に小さな鶏肉が入っているのみで、他に肉類はない。代わりに揚げ豆腐のようなものが副菜にあった。
 佳代が持って筑前煮を覗き込んで、千里が叫ぶ。
 「えぇ~?こんなもんなの!?期待外れ!!」
 「でも、おじいちゃん、おばあちゃんだったら、どう?」
 「ん~、物足りない」
 佳代の問いに納得のいかない千里だったが、静かに佳代の説明を聞いて、しぶじぶ納得した。
 食の細くなった高齢者にとって、佳代が勤める施設の定食のような食事では多すぎるし、残せば栄養バランスが崩れてしまう。このくらいの量なら食べきれないようなことはないし、最低限の栄養をこれで補ったうえで、足りなければ何か食べればいい。
 このお弁当を頼んでいるということは、まだ自立しているか、家族が介護しているはずだ。この量なら食事介助する人の負担も軽減されるし、食べきってもらえるだけでも心配の種が一つ減って、家族にとって良いことだ。
 千里は、一つ一つの料理の量が少なすぎる、と苦言を呈していた。よく見ると、一つの料理に使われている食材自体も小さく、それが見た目の物足りなさを助長しているのが分かる。
 発売元に確認したわけではないが、飲み込みが弱くなった高齢者が誤嚥してしまうのを避ける狙いがある、と佳代は解釈した。
 経験上、食材の塊が大きすぎて、のどに詰まらせるのではないかと心配したり、口が小さかったり、大きくあけてくれなかったりして、塊が口に入らないことがあった。
 「まあ、その通りだろうね」、と千里が言った。
 そのような佳代の説明を、箸でつまみ上げた小豆程度の大きさの副菜と睨めっこしながら千里は聞いていたが、どうもしぶしぶ感がぬぐえない。
 千里のガッカリを慰めてやろう、と佳代が言った。
 「もし、真っ白で、少ない一品料理をいくつも飾れるようなくぼみのある四角いお皿があって、そこにこれが盛られていたら、どう?それをフォークで食べるの」
 以前、2人でスペイン料理をテラス席で食べたことがあった。
 春先で日差しもまだ柔らかく、そよ風が気持ちいい季節。路地裏にあって、細い歩道を挟んだ目の前は電車の車庫。景観がすこぶる良いわけではなかったが、人通りはなく、観葉植物に囲まれた静かで隠れ家的な雰囲気に、2人は大満足だった。
 「確かに」
 何かひらめいたのか、千里はキッチンにかけて行って、白いプレートを持ってきて、残った白身魚と副菜を移してみる。
 「えぇ?ひどい」
 「こういうのは、盛りつける技術がないと」
 悲鳴を上げる千里に、佳代が慰めるように言った。
 食べかけの小さな料理の塊が、ペチャっと丸皿に並んで乗っかっているだけ。お弁当箱の時よりも大きな隙間が、2人の心に空いた。
 炊いておいたご飯を持ってきて、お味噌汁を準備すると、それなりに良い食卓に見える。主食と汁物がなかった事も、お弁当が貧相に見えた原因のようだ。
 常に文句を言っていた千里であったが、筑前煮もバシルソースも多少薄味に感じながらも、味に不満はない様子だった。介護施設で働く佳代にとっては、味も量も申し分ないものの、もう少し機能を高めたお弁当があってほしかった。
 次の日に佳代が食べたのはオムレツ、千里が食べたのはミートソーススパゲッティだったが、2人の評価は月曜日と変わらなかった。 冷凍なのにオムレツがふわふわしているのは意外に思えたものの、ミートソースに関しては、味の濃淡と添加物の差は別にして、コンビニで売っている冷凍スパゲッティでも大差ないように思える。
 千里が泊まった3日目の朝ご飯は、佳代が焼鮭、千里がから揚げだった。
 「朝からから揚げ?重くないの?」
 「これくらいがちょうどいいの!!」
 焼鮭の副菜は、思ったよりボリュームがある。ヒジキの煮物、里芋の煮転がし、切り干し大根、ねり梅干し、栗きんとん風の栗、ブロッコリーで構成されている。決して手の込んだものではないものの、前2回と比べて、1品1品の量が多い。
 「私のから揚げは・・・、不満ね」
 お年寄りが食べるのだから、あまり脂っこいものは入れないのだろう。から揚げに脂が少ないのはしょうがないし、嚙んだり飲み込んだりしやすいように、小さいのもしょうがない。
 「不思議な食感」だと佳代が呟いた。
 千里に勧められて食べると、少しぼそぼそ感があって肉の弾力を感じることなく、ほぼ無抵抗にかみ切れる。高齢者のために肉が加工されているのか、冷凍した結果なのかは分からない。
 「ビールがあれば、食べれるわ」
 夜に食べればよかったと後悔する千里をあしらいながら、佳代はお茶を淹れにキッチンに向かった。
 焼鮭と比べて、から揚げ弁当の副菜のボリュームはそれほどではない。千里はおかずを半分こしてもらい、不満を流した。
 お茶をすすって朝食よ余韻に浸る佳代が言った。
 「今まで食べたものは、朝ご飯としては、私たちでも十分だったんじゃない?」
 この意見に、千里は不同意だった。器に盛られた状態なら同意したのだろうが、お弁当箱に入った状態の見た目を受け入れられないようだ。
 佳代が千里の食事風景に関する思い出を振り返ると、大抵はピザ、ウインナ-、フライ、生ハム、チーズ、パエリアを大テーブルに並べたバルで大騒ぎしているか、自分と2人でイタリアンを食べているかのどちらかしかない。
 本人の話によると、1人の食事はハンバーガーか親子丼のはずだから、2人での食事を除くと、合コンと飲み会と丼もの。どう考えても、高齢者向けケア弁当で満足するはずがないのだ。
 (しょうがないよね)、と佳代は微笑んだ。
 暢気に文句をつける千里を見ながらお茶をすする佳代は、ちょっと変な雰囲気の平和を感じた。



 
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