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愛を進化させるには、努力が必要
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最近ハルは、蜜が入った小さな壺を前にして、毎日にらめっこをしています。
ハルは、スズが時折持ってきてくれる卵を食べていましたが、いつかはスズと一緒に、蜂蜜入りのバラ水を楽しみたい、と思っていました。ですから、内緒で蜜食の練習をしていたのです。
初めは花弁を食べようとしていたのですが消化できなかったので、バラの実を試してみました。しかし実自体も消化しづらくて、体調を崩してしまいます。
ただ、すり鉢ですりつぶして水と一緒に濾せば、飲むことが出来ました。ちゃんと栄養も取れるようです。しいて言えば、飲みなれない味だったので、酸っぱくて口に合いません。
普通はバラの実水に蜜を入れて飲むのでしょうが、ハルはその逆。蜂蜜にバラの実水を混ぜて飲みました。それでも口にする方法が分かれば、後はアイディア1つで何とでもなります。
蜜壺の中を繁々と見ていたハルは、ある時手を突っ込んで、底で固まっている蜜を掬い取りました。バラの花弁や葉っぱを敷き詰めた上にその塊をぼてっと落とし、バラの実のしぼり汁を加えます。コネコネ練ってまあるくすると、敷いてあった花弁と葉で包みました。
「出来たぁ!バラ蜜団子の完成よ」
食べてみると、なかなかの上出来です。すっぱ甘いのが清々しさを口いっぱいに広げてくれました。さっそくスズにおすそ分けに行きました。
ちょうどその頃、スズはもっと高く、もっと遠くに飛べるように練習していました。今のままでは、近くの林にしかいけません。しかも半分位の道のりは歩いていたからです。
以前行なわれたイバラの大工事で、城を覆っていたイバラは剥がされて、お庭のアーチになったり、迷路になったりしていました。ですが、バラは長い時間をかけて徐々に徐々にツルを伸ばしていき、再び城を覆い始めています。
バラ庭園が出来る前は、城の下半分しかイバラは無く、1本のツルが姫の部屋の窓に届いていただけですが、イバラは既に姫の寝室の高さを超えて、城を覆っていました。
イバラの上の方は、バラの神気が濃くなっていくので、スズの力では、3階以上には、よじ登っていくことが出来ません。息苦しくなってしまうのです。
それに、不思議と3階より低くても、姫の居館の外壁には近づけません。バラが張っている結界の一種が、とても濃い神気を発していたからです。
2人は知りませんでしたが、バラは姫をお城に閉じ込めてしまうのではないかという噂が、まことしやかに語られるようになっています。そのためか、訪問者は徐々に少なくなっていました。
「あら、そこそこイケるじゃない」スズは、あまりの美味しさに笑みをこぼしました。「バラの実のジュースが飲めるなら、たくさん集めてあげるわよ」
バラ蜜団子を気に入ってくれたスズがそう言ってくれたのですが、ハルは断りました。
「ジュースはまだ飲めないの、だって酸っぱいんだもの。
でも色々考えたわ、ワカサギ南蛮、鳥南蛮、鯖南蛮、アジ南蛮・・・それとね、それとね」
よだれを垂らすハルに、スズは言います。
「南蛮南蛮て何よ、全部お肉じゃない!! しかも鳥南蛮て何!? 鳥南蛮て!!」
「甘酸っぱくて美味しいよ。
お酢の代わりに使えば、大抵代用が利くと思うの
昆布の里の海藻が手に入ったら、酢の物も出来ると思うわ」
「うーん、どれもわたしは食べないわね。
2人で楽しむなら、やっぱりお飲物が良いわ」
そう言いながら、スズはある妙案を思いつきました。
「そうだ! ねえハルちゃん、このお団子、バラ様に持っていきましょうよ」
「えぇー、貰ってくれるかなぁ?」
「貰ってくれるわよ、絶対。だって美味しいもの」
ハルはテレテレしながら迷っている様子ですが、スズがあまりに言うので、さっそく2人で献上しに行くことにしました。
「バラ様、ごめーんください♪ くださいな♪」
扉の無い入り口から2人で呼んでみますが、バラは一向に出てきません。
「どうしたんだろう?神気は感じるのにおかしいね」
ハルが言いました。
スズは中をキョロキョロ、奥をキョロキョロ、興味津々です。バラのお家は2人の1Rよりだいぶ広そう。
「はいっちゃおうか?」スズは頬をほころばせて、いたずらっぽく喜びながら言いました。
「入っちゃいましょうよ」ハルもいたずらっぽく笑います。
スズはハルの同意を得ると、シズリシズリとバラ宅探検を始めます。
「うわぁ、結構広いのね」
おトイレとお風呂のある廊下を抜けると、道が2つに分かれています。左の1つはキッチン、前のもう1つはリビングダイニングに繋がっていました。2つの部屋はカウンターで仕切られているだけで、1つの大きな空間です。三方に四角い大きな窓がありました。
ダイニングにある大きな1人がけの揺り椅子の横に、ベッドが置いてあります。
「あっ、バラ様寝てるよ」
そう言いながらスズがふわぁと飛んで行き、ハルも続きました。
「すごい汗ね、お風邪じゃないかしら」
ハルが言うので、スズがおでこを触ってみます。
「うわ熱い、ホットハニーができそうね。
そうだ、バラ様の為に、お食事を作ってあげましょうよ」
「さんせーい!!」
スズの閃きにハルは大喜びです。さっそく2人はキッチンに行って捜索開始。
「うわぁ色々あるわね、さすがバラ様だわ」
スズは感心しながら、調理台の上にちょこんと座って、手に取って香りを嗅いでいます。火や包丁はまだ使えないので、もっぱら食べ物の捜索でした。
色々な雑穀パンが、竹を編んだ網目状の丸いカゴに入っています。その中で幾つかのレーズンパンを見つけました。千切ってみると、びっしりレーズンが詰まっています。スズは思わずパクリ。なんて美味しいんでしょう。
ハルは大きな杉の箱を見つけて、開けてみました。中には冷気が漂っています。バラの神気が冷気として充填されている冷蔵庫でした。中を覗くと、卵や牛乳の瓶が入っています。
ハルも思わず卵をゴックン。初めて食べる鶏の卵に、人生最大のニンマリです。なんて美味しいんでしょう。牛乳もゴクゴクゴク、初めて飲む味にほろ酔い気分。冷たくて甘みがありました。
棚の上にはお茶や紅茶の葉の入った壺が並んでいます。その下には、色々な花の蜜の瓶が並んでいて、その下にはジャムの瓶が並んでいました。
スズは、ジャムの瓶を2つ抱えて舞い降りてきて、ぺろりぺろり。また棚に飛んで行って2つの瓶を持ってくると、ペロリペロリ。とても甘酸っぱくて美味しかったので、たちまち瓶の中身は減っていきます。手ですくってペロペロしていたので、お行儀が悪いのですが、とても美味しそうです。
ハルは、バターとチーズを見つけてパクパクしています。
「バターとジャムを混ぜるとマッタリして美味しいわ」
それを聞いたスズが試してみると、確かにイケます。
真っ白なフカフカのピタにバターを塗り、蜜をたっぷりとかけて、口をあんぐり沢山食べました。
「バターってミルクから作るんでしょ? 結構美味しいのね。
肉食の気持ちが垣間見れて面白いわ」
そう言って、自分が口にできる動物性食品を探してみます。
「これは何かしら」
ふわふわの雲のようなキメの細かい白い塊が入ったボールを、冷蔵箱の中で見つけました。なめてみるととても甘くて、ほっぺが落ちてしまいそうです。生クリームというやつでした。
2人で一生懸命ナメナメしています。バラの介抱をする事など、すっかり忘れていました。整理整頓されていたはずの台の上や棚は大惨事。小麦粉やお米が床にもこぼれて、更に牛乳やオリーブ油に浸かっています。2人共、自分達がケーキになったような有様でした。
「そうだわ、わたし達、バラ様の看病しなきゃいけないんだわ」
笑顔で言うスズに、ハルが提案します。
「このお団子をあげれば良いと思うの。
バラ様自身の蜜でできているし、花弁や葉っぱの苦みがまろやかになって美味しいわ」
「そうね、でも一工夫加えましょうよ。
ほら、ここに炊いてあるご飯が残ってるわ。これで、こーして、こーして、こーするのよ」
ごはんをコネコネお餅状にして、蜜団子を包んでいきます。まん丸のお饅頭の様になりました。綺麗な形とはとても言えません。ご飯粒の形も大分残っていましたし、中の蜜が見えています。
一生懸命に作りましたが、幼い2人が出来る料理とは、この程度でした。2人してコネコネコネコネ、餅団子をいくつも作って、お皿に並べていきます。頑張って10個も作りました。
「バラ様バラ様、バーラ様♪ これを食べて、元気になって下さいな♪」
2人はフワフワ飛んで行ってバラの枕元に坐り、餅蜜団子を差し出しました。しかし、バラは眠っているので、口を開きません。突然ハルが、バラのホッペに嚙みつきました。
「何してんの! ハル!?」スズがギョギョッとしました。
ホッペを甘噛みして、チューチュー吸うハルに驚いて、スズが叫びます。
「バラ様の汗、蜜の味がして美味しいわよ」
「本当? どれわたしも」
当然の事です。人の姿をしているとはいえ、本性はバラの花。汗はツルを流れる養分たっぷりの水であり、蜜でもあります。
バラの力は大した事ありませんが、人間界において、霊気の強い聖獣などは不老長寿の薬などと言われ、大軍勢を率いる王様に追われる事もありました。神話の中には、実際に薬に変えられてしまった悲しいお話も残っています。
スズが頬を赤らめ、モジモジしながら言いました。
「ハルちゃん、こんなにバラ様の傍にいられるのは初めてね。
パジャマ姿のバラ様はとってもきゅーとだわ」
「こういう時に、色々やっておかないともったいないわ」
そう言ってハルは、紐でバラの髪を縛ってみたり、お布団の中に潜ってみたりして遊び始めました。スズも同じ事をして遊びましたが、ハンガーにかかっていたローブを見つけると、袖の袋に入って、ニコニコ部屋の景色を楽しんでいます。
はたから見ていると変な光景ですが、特別おかしな光景ではありません。3人を本当の姿で見てみましょう。
バラはツル性の植物です。小鳥のハルは、巣(袖の袋)の入り口にとまって、景色を楽しんでいます。子蛇のハルは、ニョロニョロとイバラの下を這って、遊んでいるのです。
人の姿だと、お兄ちゃんに悪戯をする幼い姉妹の様に見えますが、2人にとって、バラの精霊は、守ってくれる住処であり、食べ物を与えてくれる親であり、遊んでくれるお兄ちゃんでもあり、優しいご主人様でもあるのです。
したい放題のスズとハルは、ようやくバラにお団子を食べさせる事にしました。ハルが両手で口をこじ開けて、スズが押しこんでいきます。
いくつか押し込んだスズは、額の汗をぬぐいながら満足気に言いました。
「この調子よ、6つ目をいくわ」
良い子はマネしちゃいけません。人間でやったら大変危険ですから。
「う~ん、う~ん」
バラは苦しそうです。スズは慌てました。
「大変、バラ様が魘されているわ。お風邪がこじれたのね」
「かわいそうね。
でも全部食べさせれば、じきに良くなるわ」
全部食べさせた2人は、少しお休みする事にしました。
次の日、バラが目を覚ますと、昨日までとはうって変わって、とても良い気分です。熱もひいていましたし、鼻の詰まりもありません。頭も痛くないし、クラクラしません。というのは事実ではありませんでした。寝相の悪い2人が体の上に乗っかっていて、とても息苦しい状況です。
顔面に覆いかぶさって、お腹で鼻と口を塞いでいたハルをひっべがして起き上がると、部屋中が大惨事です。この世の終わりか、という有様でした。
「おわっ! いったい何が!?」
まあ、原因は分からなくはないのですが、怒る気は湧きません。バラは2人を見やって、お礼を言いました。記憶はありませんが、体内には2人の神気が満ちていました。お団子を作る際に、自然と2人の神気が注がれていたのです。隠し味は愛情というやつです。
2人を起こさないように、そっとベッドを下りたバラは、哀れなキッチンに行きました。お礼に、朝ご飯の具沢山野菜スープと、美味しいフルーツミックスジュースを作ってあげました。
香ばしい雑穀の焼きたてパンで栄養満点。玉ねぎ、キャベツ、コーン、ニンニク1片とベーコンを野菜ブイヨンで煮込んで、塩コショウで味を調えたスープ。1日寝かせて温めなおしたので、味が小なれて優しいお味。パイナップルやバナナとミックスベリーの濃厚な甘酸っぱいジュース。特別なお料理ではありませんが、手作りなので、みんな格別です。
良い香りに誘われて目を覚ました2人が、ダイニングテーブルに駆けてきました。
「おはよう、2人共」バラが優しい笑顔を振りまきます。「さあ、沢山召し上がれ」
お夕食を食べずに寝てしまったスズとハルは、もうお腹ペコペコで堪りません。
「わあ美味しいわ、ハルちゃんもいっぱい食べれる美味しさね」
「うん、サイコ―!!」
スズは、初めて肉類を口にしました。
「ベーコンて、美味しいのね。ハルちゃんが、お肉好きなの良く分かるわ」
バラは、スズとハルが、手足の口が萎んだ一つ繋ぎ古いベビー服を着ているのに気が付きました。わけを聞いたバラは面白がってケラケラ笑って、新しいお洋服をプレゼントしてくれました。赤、白、橙色のお揃チェック、可愛い子供の日常ドレスです。
ハルは、スズが時折持ってきてくれる卵を食べていましたが、いつかはスズと一緒に、蜂蜜入りのバラ水を楽しみたい、と思っていました。ですから、内緒で蜜食の練習をしていたのです。
初めは花弁を食べようとしていたのですが消化できなかったので、バラの実を試してみました。しかし実自体も消化しづらくて、体調を崩してしまいます。
ただ、すり鉢ですりつぶして水と一緒に濾せば、飲むことが出来ました。ちゃんと栄養も取れるようです。しいて言えば、飲みなれない味だったので、酸っぱくて口に合いません。
普通はバラの実水に蜜を入れて飲むのでしょうが、ハルはその逆。蜂蜜にバラの実水を混ぜて飲みました。それでも口にする方法が分かれば、後はアイディア1つで何とでもなります。
蜜壺の中を繁々と見ていたハルは、ある時手を突っ込んで、底で固まっている蜜を掬い取りました。バラの花弁や葉っぱを敷き詰めた上にその塊をぼてっと落とし、バラの実のしぼり汁を加えます。コネコネ練ってまあるくすると、敷いてあった花弁と葉で包みました。
「出来たぁ!バラ蜜団子の完成よ」
食べてみると、なかなかの上出来です。すっぱ甘いのが清々しさを口いっぱいに広げてくれました。さっそくスズにおすそ分けに行きました。
ちょうどその頃、スズはもっと高く、もっと遠くに飛べるように練習していました。今のままでは、近くの林にしかいけません。しかも半分位の道のりは歩いていたからです。
以前行なわれたイバラの大工事で、城を覆っていたイバラは剥がされて、お庭のアーチになったり、迷路になったりしていました。ですが、バラは長い時間をかけて徐々に徐々にツルを伸ばしていき、再び城を覆い始めています。
バラ庭園が出来る前は、城の下半分しかイバラは無く、1本のツルが姫の部屋の窓に届いていただけですが、イバラは既に姫の寝室の高さを超えて、城を覆っていました。
イバラの上の方は、バラの神気が濃くなっていくので、スズの力では、3階以上には、よじ登っていくことが出来ません。息苦しくなってしまうのです。
それに、不思議と3階より低くても、姫の居館の外壁には近づけません。バラが張っている結界の一種が、とても濃い神気を発していたからです。
2人は知りませんでしたが、バラは姫をお城に閉じ込めてしまうのではないかという噂が、まことしやかに語られるようになっています。そのためか、訪問者は徐々に少なくなっていました。
「あら、そこそこイケるじゃない」スズは、あまりの美味しさに笑みをこぼしました。「バラの実のジュースが飲めるなら、たくさん集めてあげるわよ」
バラ蜜団子を気に入ってくれたスズがそう言ってくれたのですが、ハルは断りました。
「ジュースはまだ飲めないの、だって酸っぱいんだもの。
でも色々考えたわ、ワカサギ南蛮、鳥南蛮、鯖南蛮、アジ南蛮・・・それとね、それとね」
よだれを垂らすハルに、スズは言います。
「南蛮南蛮て何よ、全部お肉じゃない!! しかも鳥南蛮て何!? 鳥南蛮て!!」
「甘酸っぱくて美味しいよ。
お酢の代わりに使えば、大抵代用が利くと思うの
昆布の里の海藻が手に入ったら、酢の物も出来ると思うわ」
「うーん、どれもわたしは食べないわね。
2人で楽しむなら、やっぱりお飲物が良いわ」
そう言いながら、スズはある妙案を思いつきました。
「そうだ! ねえハルちゃん、このお団子、バラ様に持っていきましょうよ」
「えぇー、貰ってくれるかなぁ?」
「貰ってくれるわよ、絶対。だって美味しいもの」
ハルはテレテレしながら迷っている様子ですが、スズがあまりに言うので、さっそく2人で献上しに行くことにしました。
「バラ様、ごめーんください♪ くださいな♪」
扉の無い入り口から2人で呼んでみますが、バラは一向に出てきません。
「どうしたんだろう?神気は感じるのにおかしいね」
ハルが言いました。
スズは中をキョロキョロ、奥をキョロキョロ、興味津々です。バラのお家は2人の1Rよりだいぶ広そう。
「はいっちゃおうか?」スズは頬をほころばせて、いたずらっぽく喜びながら言いました。
「入っちゃいましょうよ」ハルもいたずらっぽく笑います。
スズはハルの同意を得ると、シズリシズリとバラ宅探検を始めます。
「うわぁ、結構広いのね」
おトイレとお風呂のある廊下を抜けると、道が2つに分かれています。左の1つはキッチン、前のもう1つはリビングダイニングに繋がっていました。2つの部屋はカウンターで仕切られているだけで、1つの大きな空間です。三方に四角い大きな窓がありました。
ダイニングにある大きな1人がけの揺り椅子の横に、ベッドが置いてあります。
「あっ、バラ様寝てるよ」
そう言いながらスズがふわぁと飛んで行き、ハルも続きました。
「すごい汗ね、お風邪じゃないかしら」
ハルが言うので、スズがおでこを触ってみます。
「うわ熱い、ホットハニーができそうね。
そうだ、バラ様の為に、お食事を作ってあげましょうよ」
「さんせーい!!」
スズの閃きにハルは大喜びです。さっそく2人はキッチンに行って捜索開始。
「うわぁ色々あるわね、さすがバラ様だわ」
スズは感心しながら、調理台の上にちょこんと座って、手に取って香りを嗅いでいます。火や包丁はまだ使えないので、もっぱら食べ物の捜索でした。
色々な雑穀パンが、竹を編んだ網目状の丸いカゴに入っています。その中で幾つかのレーズンパンを見つけました。千切ってみると、びっしりレーズンが詰まっています。スズは思わずパクリ。なんて美味しいんでしょう。
ハルは大きな杉の箱を見つけて、開けてみました。中には冷気が漂っています。バラの神気が冷気として充填されている冷蔵庫でした。中を覗くと、卵や牛乳の瓶が入っています。
ハルも思わず卵をゴックン。初めて食べる鶏の卵に、人生最大のニンマリです。なんて美味しいんでしょう。牛乳もゴクゴクゴク、初めて飲む味にほろ酔い気分。冷たくて甘みがありました。
棚の上にはお茶や紅茶の葉の入った壺が並んでいます。その下には、色々な花の蜜の瓶が並んでいて、その下にはジャムの瓶が並んでいました。
スズは、ジャムの瓶を2つ抱えて舞い降りてきて、ぺろりぺろり。また棚に飛んで行って2つの瓶を持ってくると、ペロリペロリ。とても甘酸っぱくて美味しかったので、たちまち瓶の中身は減っていきます。手ですくってペロペロしていたので、お行儀が悪いのですが、とても美味しそうです。
ハルは、バターとチーズを見つけてパクパクしています。
「バターとジャムを混ぜるとマッタリして美味しいわ」
それを聞いたスズが試してみると、確かにイケます。
真っ白なフカフカのピタにバターを塗り、蜜をたっぷりとかけて、口をあんぐり沢山食べました。
「バターってミルクから作るんでしょ? 結構美味しいのね。
肉食の気持ちが垣間見れて面白いわ」
そう言って、自分が口にできる動物性食品を探してみます。
「これは何かしら」
ふわふわの雲のようなキメの細かい白い塊が入ったボールを、冷蔵箱の中で見つけました。なめてみるととても甘くて、ほっぺが落ちてしまいそうです。生クリームというやつでした。
2人で一生懸命ナメナメしています。バラの介抱をする事など、すっかり忘れていました。整理整頓されていたはずの台の上や棚は大惨事。小麦粉やお米が床にもこぼれて、更に牛乳やオリーブ油に浸かっています。2人共、自分達がケーキになったような有様でした。
「そうだわ、わたし達、バラ様の看病しなきゃいけないんだわ」
笑顔で言うスズに、ハルが提案します。
「このお団子をあげれば良いと思うの。
バラ様自身の蜜でできているし、花弁や葉っぱの苦みがまろやかになって美味しいわ」
「そうね、でも一工夫加えましょうよ。
ほら、ここに炊いてあるご飯が残ってるわ。これで、こーして、こーして、こーするのよ」
ごはんをコネコネお餅状にして、蜜団子を包んでいきます。まん丸のお饅頭の様になりました。綺麗な形とはとても言えません。ご飯粒の形も大分残っていましたし、中の蜜が見えています。
一生懸命に作りましたが、幼い2人が出来る料理とは、この程度でした。2人してコネコネコネコネ、餅団子をいくつも作って、お皿に並べていきます。頑張って10個も作りました。
「バラ様バラ様、バーラ様♪ これを食べて、元気になって下さいな♪」
2人はフワフワ飛んで行ってバラの枕元に坐り、餅蜜団子を差し出しました。しかし、バラは眠っているので、口を開きません。突然ハルが、バラのホッペに嚙みつきました。
「何してんの! ハル!?」スズがギョギョッとしました。
ホッペを甘噛みして、チューチュー吸うハルに驚いて、スズが叫びます。
「バラ様の汗、蜜の味がして美味しいわよ」
「本当? どれわたしも」
当然の事です。人の姿をしているとはいえ、本性はバラの花。汗はツルを流れる養分たっぷりの水であり、蜜でもあります。
バラの力は大した事ありませんが、人間界において、霊気の強い聖獣などは不老長寿の薬などと言われ、大軍勢を率いる王様に追われる事もありました。神話の中には、実際に薬に変えられてしまった悲しいお話も残っています。
スズが頬を赤らめ、モジモジしながら言いました。
「ハルちゃん、こんなにバラ様の傍にいられるのは初めてね。
パジャマ姿のバラ様はとってもきゅーとだわ」
「こういう時に、色々やっておかないともったいないわ」
そう言ってハルは、紐でバラの髪を縛ってみたり、お布団の中に潜ってみたりして遊び始めました。スズも同じ事をして遊びましたが、ハンガーにかかっていたローブを見つけると、袖の袋に入って、ニコニコ部屋の景色を楽しんでいます。
はたから見ていると変な光景ですが、特別おかしな光景ではありません。3人を本当の姿で見てみましょう。
バラはツル性の植物です。小鳥のハルは、巣(袖の袋)の入り口にとまって、景色を楽しんでいます。子蛇のハルは、ニョロニョロとイバラの下を這って、遊んでいるのです。
人の姿だと、お兄ちゃんに悪戯をする幼い姉妹の様に見えますが、2人にとって、バラの精霊は、守ってくれる住処であり、食べ物を与えてくれる親であり、遊んでくれるお兄ちゃんでもあり、優しいご主人様でもあるのです。
したい放題のスズとハルは、ようやくバラにお団子を食べさせる事にしました。ハルが両手で口をこじ開けて、スズが押しこんでいきます。
いくつか押し込んだスズは、額の汗をぬぐいながら満足気に言いました。
「この調子よ、6つ目をいくわ」
良い子はマネしちゃいけません。人間でやったら大変危険ですから。
「う~ん、う~ん」
バラは苦しそうです。スズは慌てました。
「大変、バラ様が魘されているわ。お風邪がこじれたのね」
「かわいそうね。
でも全部食べさせれば、じきに良くなるわ」
全部食べさせた2人は、少しお休みする事にしました。
次の日、バラが目を覚ますと、昨日までとはうって変わって、とても良い気分です。熱もひいていましたし、鼻の詰まりもありません。頭も痛くないし、クラクラしません。というのは事実ではありませんでした。寝相の悪い2人が体の上に乗っかっていて、とても息苦しい状況です。
顔面に覆いかぶさって、お腹で鼻と口を塞いでいたハルをひっべがして起き上がると、部屋中が大惨事です。この世の終わりか、という有様でした。
「おわっ! いったい何が!?」
まあ、原因は分からなくはないのですが、怒る気は湧きません。バラは2人を見やって、お礼を言いました。記憶はありませんが、体内には2人の神気が満ちていました。お団子を作る際に、自然と2人の神気が注がれていたのです。隠し味は愛情というやつです。
2人を起こさないように、そっとベッドを下りたバラは、哀れなキッチンに行きました。お礼に、朝ご飯の具沢山野菜スープと、美味しいフルーツミックスジュースを作ってあげました。
香ばしい雑穀の焼きたてパンで栄養満点。玉ねぎ、キャベツ、コーン、ニンニク1片とベーコンを野菜ブイヨンで煮込んで、塩コショウで味を調えたスープ。1日寝かせて温めなおしたので、味が小なれて優しいお味。パイナップルやバナナとミックスベリーの濃厚な甘酸っぱいジュース。特別なお料理ではありませんが、手作りなので、みんな格別です。
良い香りに誘われて目を覚ました2人が、ダイニングテーブルに駆けてきました。
「おはよう、2人共」バラが優しい笑顔を振りまきます。「さあ、沢山召し上がれ」
お夕食を食べずに寝てしまったスズとハルは、もうお腹ペコペコで堪りません。
「わあ美味しいわ、ハルちゃんもいっぱい食べれる美味しさね」
「うん、サイコ―!!」
スズは、初めて肉類を口にしました。
「ベーコンて、美味しいのね。ハルちゃんが、お肉好きなの良く分かるわ」
バラは、スズとハルが、手足の口が萎んだ一つ繋ぎ古いベビー服を着ているのに気が付きました。わけを聞いたバラは面白がってケラケラ笑って、新しいお洋服をプレゼントしてくれました。赤、白、橙色のお揃チェック、可愛い子供の日常ドレスです。
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