20 / 29
成長した愛は、相手を理解しようとする ハルの話
しおりを挟む
ハルは考えていました。お母さんのお腹の中で久しぶりに握ったスズちゃんの手のひらは、ぷよぷよ柔らかくて、温かくて、お友達って良いなぁ、またお手手をつなぎたいなぁと思える手のひらでした。
初めて出会ったのは、まだ100歳にも満たない頃です。人間でいえば0歳でしたが、スズと遊んだ記憶は鮮明に残っていました。しっぽを持って、高い高ーいをしてもらったのです。
思い出とは美化されるもので、実際は、突然自分の前に現れた蛇にびっくりしたスズが、怒って尻尾を鷲掴みにして、ブンブン振り回していただけなのに。ハルにとっては楽しい思い出なのだから、幸せなものですね。
「どうしたら、もっと仲良くなれるかなぁ」
来る日も来る日も、ハルはベッドの中で考えました。
スズはハルの事が嫌いではありません。むしろたった1人のお友達として、とても大好きなのです。母蛇のお腹からの脱出劇で、一致団結して頑張ってから、特に心の距離は縮まり、もっと好きになっていました。
ですが、本質的にハルが苦手です。スズにとって、ハルのシーシーと音を立てて鞭打つ二又の舌は、とても恐ろしく感じられました。自分にはない牙も持っていましたし、いつか食べられてしまうのではないか、と心の奥底に不安を抱えていたのです。
この間、母蛇に食べられてしまいましたし、あながち考え過ぎとは言えません。ハルとはいつも追いかけっこして遊んでいますが、振り返ると、お腹を空かせた女の子が、大好きなおやつに駆け寄るような恍惚の笑顔で、自分めがけて走り迫ってくるのです。
蛇の里のハルのお家に遊びに行ったとき知ったことですが、彼女の大好物は鶏肉らしいのです。ネズミにしておきなさいよと思いましたが、遺伝なのかお父さんもお母さんも鶏肉好きでした。
ハルが虫のような光をプレゼントしても、虫をプレゼントしてもスズは全く喜びません。虫を食べない蜜食の小鳥なのですから、興味を持たないのも当たり前です。
この間実家で鈴虫を鑑賞したときは喜んでくれましたが、もう、1度聴いてしまったのだから、初めて聞く感動は与えられません。それに、あれほど美しい音色を奏でる虫はいない、とハルは思っています。コオロギの鳴き声も可愛くて面白いのですが。
ハルは考えていました。お夕食の時、実家から送られてきた鳥の水煮をハムハム食べながら。毎食毎食、鳥のトマト煮や、チキン南蛮、照り焼きチキン、鳥の骨付きもも肉のから揚げ、極めつけは雛の丸焼き。
お母さんが沢山送って来てくれるので、毎日毎日鶏肉を食べながら考えました。そして、遂にひらめきました。
「そうだ! スズちゃんは鳥だから、わたしが鶏肉を食べるのが嫌なんだわ!!」
と。鶏肉をモシャモシャ食べながら、言いました。
ハルは今後鶏肉を食べるのを止めると誓いましたが、部屋を見渡すと、お母さんから届いた鳥料理が沢山あります。外には血抜きした鶏がぶら下がっています。だから、スズは最近ハルのお家に近寄らないのですが、そこにはまだ気が付いていません。
精は宿っていないとはいえ、命があった生き物です。その命を食べるために奪っておいて捨てるなんて、失礼です。生や死への冒涜ですから、残さず美味しくいただくことにしました。
ハルはウロコを使って、母蛇に手紙を書きました。
【スズちゃんとり たべないの】
汚ったない字です。“と”の字の向きが、左右逆で、ボタボタと墨もたれています。テーブルもお顔も真っ黒クロ。満足げな表情のハルは、さっそくお手紙をバラに託して、送ってもらいました。
「あら、アナタ、ハルから手紙が届きましたよ」
お外から帰ってきた母蛇が言いました。
【親愛なるお母さん、お父さん、いかがお過ごしでしょうか、わたしは元気にやっています。
いつもいつも、大変すばらしいお料理を送ってくれて、ありがとうございます。
毎日美味しく食べています。
今日は、その事で1つお願いしたいことがあって、お手紙を書きました。
実はスズちゃんは鳥なのです。
知っていましたか? わたしの大好物の鶏肉と同じ鳥なのです。
わたしは最近気づいて、大変驚きました。
だからスズちゃんは、あんなに美味しそうで可愛いんですね。
それでわたしは決意しました。
スズちゃんともっと仲良しになるために、これからは肉食はやめにします。
お母さんのお料理が食べられなくなるのは辛いけれど、頑張ります。
応援してね、よろしくね。
では、さようなら。
かしこ♪ かしこ♪ かしこし♪ かしこ♪♪】
どこをどう読んだら、こんな長文になるのか分かりませんが、両親の愛情は空より広く、海より深いという事でしょうか。
「なんだ、あの小鳥、食べないのか」父蛇は驚きました。
「そうよね、捨て子なんだから食べちゃえば良いのにね」
2人は、スズが孤児だと思っていたので、食べてしまった事をそれほど気にしていません。ですが、もし消化していたとしたら大問題です。外国である花の里の、しかも神の居城で、精の宿る小鳥を食べてしまったのですから。
それに、スズにはちゃんと両親がいます。もしかしたら、鳥の里と蛇の里との間で、外交問題に発展しかねません。
鳥の里を治める黄金の鷹は、とても怖い猛禽の女神なので、家族そろって食べられてしまうかもしれませんね。知らぬが仏とはこの事でした。
これ以来、ハルは肉や虫を食べるのを止めました。虫のような光も食べるのを止めました。頑張って、スズの様に蜜をなめたり、花弁や葉っぱを食べる蛇になろう、と決心したのです。
初めて出会ったのは、まだ100歳にも満たない頃です。人間でいえば0歳でしたが、スズと遊んだ記憶は鮮明に残っていました。しっぽを持って、高い高ーいをしてもらったのです。
思い出とは美化されるもので、実際は、突然自分の前に現れた蛇にびっくりしたスズが、怒って尻尾を鷲掴みにして、ブンブン振り回していただけなのに。ハルにとっては楽しい思い出なのだから、幸せなものですね。
「どうしたら、もっと仲良くなれるかなぁ」
来る日も来る日も、ハルはベッドの中で考えました。
スズはハルの事が嫌いではありません。むしろたった1人のお友達として、とても大好きなのです。母蛇のお腹からの脱出劇で、一致団結して頑張ってから、特に心の距離は縮まり、もっと好きになっていました。
ですが、本質的にハルが苦手です。スズにとって、ハルのシーシーと音を立てて鞭打つ二又の舌は、とても恐ろしく感じられました。自分にはない牙も持っていましたし、いつか食べられてしまうのではないか、と心の奥底に不安を抱えていたのです。
この間、母蛇に食べられてしまいましたし、あながち考え過ぎとは言えません。ハルとはいつも追いかけっこして遊んでいますが、振り返ると、お腹を空かせた女の子が、大好きなおやつに駆け寄るような恍惚の笑顔で、自分めがけて走り迫ってくるのです。
蛇の里のハルのお家に遊びに行ったとき知ったことですが、彼女の大好物は鶏肉らしいのです。ネズミにしておきなさいよと思いましたが、遺伝なのかお父さんもお母さんも鶏肉好きでした。
ハルが虫のような光をプレゼントしても、虫をプレゼントしてもスズは全く喜びません。虫を食べない蜜食の小鳥なのですから、興味を持たないのも当たり前です。
この間実家で鈴虫を鑑賞したときは喜んでくれましたが、もう、1度聴いてしまったのだから、初めて聞く感動は与えられません。それに、あれほど美しい音色を奏でる虫はいない、とハルは思っています。コオロギの鳴き声も可愛くて面白いのですが。
ハルは考えていました。お夕食の時、実家から送られてきた鳥の水煮をハムハム食べながら。毎食毎食、鳥のトマト煮や、チキン南蛮、照り焼きチキン、鳥の骨付きもも肉のから揚げ、極めつけは雛の丸焼き。
お母さんが沢山送って来てくれるので、毎日毎日鶏肉を食べながら考えました。そして、遂にひらめきました。
「そうだ! スズちゃんは鳥だから、わたしが鶏肉を食べるのが嫌なんだわ!!」
と。鶏肉をモシャモシャ食べながら、言いました。
ハルは今後鶏肉を食べるのを止めると誓いましたが、部屋を見渡すと、お母さんから届いた鳥料理が沢山あります。外には血抜きした鶏がぶら下がっています。だから、スズは最近ハルのお家に近寄らないのですが、そこにはまだ気が付いていません。
精は宿っていないとはいえ、命があった生き物です。その命を食べるために奪っておいて捨てるなんて、失礼です。生や死への冒涜ですから、残さず美味しくいただくことにしました。
ハルはウロコを使って、母蛇に手紙を書きました。
【スズちゃんとり たべないの】
汚ったない字です。“と”の字の向きが、左右逆で、ボタボタと墨もたれています。テーブルもお顔も真っ黒クロ。満足げな表情のハルは、さっそくお手紙をバラに託して、送ってもらいました。
「あら、アナタ、ハルから手紙が届きましたよ」
お外から帰ってきた母蛇が言いました。
【親愛なるお母さん、お父さん、いかがお過ごしでしょうか、わたしは元気にやっています。
いつもいつも、大変すばらしいお料理を送ってくれて、ありがとうございます。
毎日美味しく食べています。
今日は、その事で1つお願いしたいことがあって、お手紙を書きました。
実はスズちゃんは鳥なのです。
知っていましたか? わたしの大好物の鶏肉と同じ鳥なのです。
わたしは最近気づいて、大変驚きました。
だからスズちゃんは、あんなに美味しそうで可愛いんですね。
それでわたしは決意しました。
スズちゃんともっと仲良しになるために、これからは肉食はやめにします。
お母さんのお料理が食べられなくなるのは辛いけれど、頑張ります。
応援してね、よろしくね。
では、さようなら。
かしこ♪ かしこ♪ かしこし♪ かしこ♪♪】
どこをどう読んだら、こんな長文になるのか分かりませんが、両親の愛情は空より広く、海より深いという事でしょうか。
「なんだ、あの小鳥、食べないのか」父蛇は驚きました。
「そうよね、捨て子なんだから食べちゃえば良いのにね」
2人は、スズが孤児だと思っていたので、食べてしまった事をそれほど気にしていません。ですが、もし消化していたとしたら大問題です。外国である花の里の、しかも神の居城で、精の宿る小鳥を食べてしまったのですから。
それに、スズにはちゃんと両親がいます。もしかしたら、鳥の里と蛇の里との間で、外交問題に発展しかねません。
鳥の里を治める黄金の鷹は、とても怖い猛禽の女神なので、家族そろって食べられてしまうかもしれませんね。知らぬが仏とはこの事でした。
これ以来、ハルは肉や虫を食べるのを止めました。虫のような光も食べるのを止めました。頑張って、スズの様に蜜をなめたり、花弁や葉っぱを食べる蛇になろう、と決心したのです。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
猫のバブーシュカ~しましましっぽ彗星の夜に~
catpaw
児童書・童話
猫の女の子バブーシュカは自然豊かなセント・ポピー村にあるタンジェリン夫妻の家で幸せに暮らしていました。しかしある事から、自分は夫妻にもう必要とされてないのだと思い、家出を決意します。家に閉じ込められたバブーシュカは彗星に願いをかけて家から飛び出しましたが、思わぬ世界へと迷い込みます。服を着て後ろ足で立って歩き、まるで人間のように暮らす猫たち。人間は見当たりません。王族・貴族・平民。猫が身分階級を持つ社会に突然放り込まれ、『おまえは何者だ』と問われるバブーシュカ。--バブーシュカの波乱に満ちた物語が始まります。
魔法のステッキ
ことは
児童書・童話
小学校5年生の中川美咲が今、夢中になっているもの。それはバトントワリングだ。
父親の転勤により、東京のバトン教室をやめなければならなくなった美咲。だが、転校先の小学校には、放課後のバトンクラブがあるという。
期待に胸を膨らませていた美咲だが、たった三人しかいないバトンクラブはつぶれる寸前。バトンの演技も、美咲が求めているようなレベルの高いものではなかった。
美咲は、バトンクラブのメンバーからの勧誘を断ろうとした。しかし、クラブのみんなから、バトンクラブの先生になってほしいとお願いされ……。
【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl
Sadness of the attendant
砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。
醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
知ったかぶりのヤマネコと森の落としもの
あしたてレナ
児童書・童話
ある日、森で見つけた落としもの。
動物たちはそれがだれの落としものなのか話し合います。
さまざまな意見が出ましたが、きっとそれはお星さまの落としもの。
知ったかぶりのヤマネコとこわがりのネズミ、食いしんぼうのイノシシが、困難に立ち向かいながら星の元へと落としものをとどける旅に出ます。
全9話。
※初めての児童文学となりますゆえ、温かく見守っていただけましたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる