蜜吸のスズと白蛇のハル

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
18 / 29

相手の幸せを願っているはずなのに、それが相手のためではなく自らの幸せのためかもしれない 上

しおりを挟む
 「ぴよぴよ、ぴよぴよ」
 スズは、人の姿で茨の上にしゃがみ込んで、両手をバタつかせていました。体は人でしたが、両手は大人の羽が大分生えてきた翼です。クチバシをとがらせて、飛ぶ練習の真っ最中。
 それを見ていたハルが言いました。
 「もう、何週間も前からずっとそのままね、いつになったら飛ぶのかしら?」
 「うるさいわね、わたしは、もういつでも飛べるのよ! 見てらっしゃい!!」
 そう言って力強く羽ばたいたスズは、ふわふわふわ~と飛び上がったかと思うと、ふよふよと舞い降りていきました。
 「ほら見なさい、わたしはもう飛べるでしょう?」
 「? 今のは舞い降りたのでしょ?」
 「ハルのくせに、何を言うのよ。飛べないくせに、分かったような口をきいて」
 「このくらいだったら、わたしも飛べるわよ」
 そう言ったハルは、ちょっとしゃがみ込んで、お尻ふりふりしながら、「やぁっ」とジャンプしました。ふわふわふわ~と飛び上がったかと思うと、ふよふよと舞い降りていきます。なんと、翼を持った空飛ぶ鳥の子であるスズよりも50cmも遠くに飛べました。
 スズは、目を丸くして驚いていましたが、なんとか気を持ち直して言いました。
 「ふふん、なかなかやるわね、調子が良かったら、わたしの方が飛べたでしょうけど。
  それに、あなたは神気を使って飛んだんでしょ? 
わたしは使わずに飛んだのよ」
 実際は、多少神気を使ったスズでしたが、強がりを言って、また1人で飛ぶ練習を始めました。羽ばたきながらトコトコ駆けていって、時折ジャンプを繰り返します。ハルはその後ろを両手をバタバタさせながらついていきました。
 お昼ご飯の蜜を飲んだ後も、「ぴよぴよぴよ」と飛ぶ練習が続きます。おやつに蜜を固めて作った飴をなめながら、一休み。今日の練習は、これで終わりにしました。お家より少し離れていましたが、良いお天気でしたから、のんびり歩いて帰ります。
 ハルが言いました。
 「スズちゃん、お手手をつないで、お散歩しましょうよ」
 「やーよぅ、あなたはハムハムするのがお好きでしょう? わたしは、ハムハムされるのが嫌なのですよぅ」
 ちょっとくらい良いじゃないと言うハルは、何を妄想しているのでしょう。恍惚としてニンマリ夢心地。スズは、絶対に捕まるものですか、と思いました。
 いつまでたっても距離の縮まらない関係でしたから、ハルは積極的にじゃれようと誘ってきます。ハムハムされてなるものですか、と早歩きで逃げるスズを、ハルはニマニマしながら追いかけました。
 仲良くしたいハルに対するスズの態度は、ちょっと不思議です。スズもハルをお友達だと思っているのに、どうして、こんなにも近寄られるのを嫌うのでしょうか。
 本来、鳥にとって蛇は捕食者なのです。人の姿をしていると同じ背なので分かりませんが、本性の大きさは異なっていました。
 黄金ミツスイのスズは、鳥の姿だと大人になってもスズメくらいの大きさしかありません。ですが、ハルは、大人になると50cm位の長さになります。ですから、スズを一飲みにする事ぐらい出来てしまうのです。
 大きさの差は、成長するにつれて顕著になってきました。だからスズは、ちょっと怖いのです。まだ幼いとはいえ、ハルは既にスズを丸飲みにすることが出来ましたから。
 ハルにはそれが分かりませんでした。ですが嫌われていないことは分かりましたので、満足です。お手手をつなぎたいと思っていましたが、今のままでも十分楽しかったのでした。 
 ですが、その様子を窺いながら、ワナワナと怒りに震える女性がいました。この精霊は、2人に気が付かれないようにノシバの陰に隠れて、やんややんやとはしゃぎながら家路につく2人に近づきました。
 「小っちゃい小鳥が、ウチの子になんて態度ですか!?
  せっかく一緒に遊ぼうとしているのに嫌がるなんて、もう許せません! 罰として、食べてしまいましょう!!」
 「きゃぁぁ~!!」
 2人はびっくりして、一目散に走りだしましたが、「シャ~ッ」という声と共に、スズの上半身をパックと口に入れてしまいました。ジタバタジタバタする足も難なく口に含み、そのまま喉の奥に落としてしまったのです。
 「おかあさん!?」ハルが叫びました。「何てことするの? お母さん!! スズちゃんを吐き出して!! 吐き出して!!」
 「だめですよ、こんな悪いお友達は食べられてしまって当然です。
  お城だからといって安心していたけれど、こんな目に合っているのなら、もう帰りましょう」
 久しぶりに娘の様子を見に来た母蛇は、娘の扱われ様にびっくりして、スズを食べてしまいました。人の姿になって、泣き叫ぶハルを無理に抱え上げた母蛇は、スィーと宙を舞いながら城門から外に出ていきました。
 空にはシロナガスクジラの精霊が運航する定期便が停泊しています。力の強い神は、自らの力で里と里を行き来できますが、下位の精霊では遠すぎて無理ですから、クジラの背中に乗って旅行しているのです。
 雲で構成された天界の中心は高い山のようになっていて、その中腹にいくつもの里がありました。花の里は真ん中辺にありましたが、蟒蛇の里は少し下の方にあります。ちょっと離れていたので、クジラの速さでも2週間くらいかかりました。
 その間、ハルはずっと泣いていました。何度も何度もスズを吐き出すように頼みましたが、お母さんは聞いてくれません。もう消化されてしまったと聞かされて、ショックで臥せっていたのです。
 蟒蛇の里は、花の里と違って草木は生えていませんでした。むき出しの土は地ならしされていて、往来には大きな真四角の石畳が敷かれています。ほとんどのお家は、藁を編みこんだ土でできていて平屋建て、丸窓が各部屋についていました。
 部屋には、大きい窪みや小さい窪みが色々があって、棚になっています。全て聚楽色の優しい色合いの壁で、とても落ち着く空間を演出していました。
 変温動物の蛇は寒さに弱かったので、鳥の里の建物の様に、窓が沢山あるわけでもなく、花の里の様に大きな窓でもありません。暖炉はリビングにしかありませんが、厚い土壁は保温に優れていたので、常に暖かく保たれていました。
 夏になると、土や練りこまれた藁が湿気を吸い込み、冬になって空気が乾燥すると湿気を吐き出して、室内を潤してくれます。とても快適なお家でした。
 ハルは、久々に戻ってきた自分のお部屋で、一計を案じました。もしかしたら、お母さんのお腹の中には、スズの骨が残っているかもしれません。ちゃんと飛べるようになるという目標を達成できずに死んでしまったスズにお墓を作ってあげようと、骨を拾いに行く決意をしました。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

はんぶんこ天使

いずみ
児童書・童話
少し内気でドジなところのある小学五年生の美優は、不思議な事件をきっかけに同級生の萌が天使だということを知ってしまう。でも彼女は、美優が想像していた天使とはちょっと違って・・・ 萌の仕事を手伝ううちに、いつの間にか美優にも人の持つ心の闇が見えるようになってしまった。さて美優は、大事な友達の闇を消すことができるのか? ※児童文学になります。小学校高学年から中学生向け。もちろん、過去にその年代だったあなたもOK!・・・えっと、低学年は・・・?

ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~

ことは
児童書・童話
星野桜、小学6年生。わたしには、ちょっとだけマーメイドの血が流れている。 むかしむかし、人魚の娘が人間の男の人と結婚して、わたしはずっとずっと後に生まれた子孫の一人だ。 わたしの足は水に濡れるとうろこが生え、魚の尾に変化してしまう。 ――わたし、絶対にみんなの前でプールに入ることなんてできない。もしそんなことをしたら、きっと友達はみんな、わたしから離れていく。 だけど、おぼれた麻衣ちゃんを助けるため、わたしはあの日プールに飛び込んだ。 全14話 完結

バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷
児童書・童話
 悪意を持って陥れようとする試みがどの様に行われるか学ぶことによって、気が付かない内に窮地に陥らないようにするための教養小説です。

フラワーキャッチャー

東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。 実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。 けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。 これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。   恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。 お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。 クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。 合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。 児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

処理中です...