蜜吸のスズと白蛇のハル

緒方宗谷

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相手の幸せを願っているはずなのに、それが相手のためではなく自らの幸せのためかもしれない 上

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 「ぴよぴよ、ぴよぴよ」
 スズは、人の姿で茨の上にしゃがみ込んで、両手をバタつかせていました。体は人でしたが、両手は大人の羽が大分生えてきた翼です。クチバシをとがらせて、飛ぶ練習の真っ最中。
 それを見ていたハルが言いました。
 「もう、何週間も前からずっとそのままね、いつになったら飛ぶのかしら?」
 「うるさいわね、わたしは、もういつでも飛べるのよ! 見てらっしゃい!!」
 そう言って力強く羽ばたいたスズは、ふわふわふわ~と飛び上がったかと思うと、ふよふよと舞い降りていきました。
 「ほら見なさい、わたしはもう飛べるでしょう?」
 「? 今のは舞い降りたのでしょ?」
 「ハルのくせに、何を言うのよ。飛べないくせに、分かったような口をきいて」
 「このくらいだったら、わたしも飛べるわよ」
 そう言ったハルは、ちょっとしゃがみ込んで、お尻ふりふりしながら、「やぁっ」とジャンプしました。ふわふわふわ~と飛び上がったかと思うと、ふよふよと舞い降りていきます。なんと、翼を持った空飛ぶ鳥の子であるスズよりも50cmも遠くに飛べました。
 スズは、目を丸くして驚いていましたが、なんとか気を持ち直して言いました。
 「ふふん、なかなかやるわね、調子が良かったら、わたしの方が飛べたでしょうけど。
  それに、あなたは神気を使って飛んだんでしょ? 
わたしは使わずに飛んだのよ」
 実際は、多少神気を使ったスズでしたが、強がりを言って、また1人で飛ぶ練習を始めました。羽ばたきながらトコトコ駆けていって、時折ジャンプを繰り返します。ハルはその後ろを両手をバタバタさせながらついていきました。
 お昼ご飯の蜜を飲んだ後も、「ぴよぴよぴよ」と飛ぶ練習が続きます。おやつに蜜を固めて作った飴をなめながら、一休み。今日の練習は、これで終わりにしました。お家より少し離れていましたが、良いお天気でしたから、のんびり歩いて帰ります。
 ハルが言いました。
 「スズちゃん、お手手をつないで、お散歩しましょうよ」
 「やーよぅ、あなたはハムハムするのがお好きでしょう? わたしは、ハムハムされるのが嫌なのですよぅ」
 ちょっとくらい良いじゃないと言うハルは、何を妄想しているのでしょう。恍惚としてニンマリ夢心地。スズは、絶対に捕まるものですか、と思いました。
 いつまでたっても距離の縮まらない関係でしたから、ハルは積極的にじゃれようと誘ってきます。ハムハムされてなるものですか、と早歩きで逃げるスズを、ハルはニマニマしながら追いかけました。
 仲良くしたいハルに対するスズの態度は、ちょっと不思議です。スズもハルをお友達だと思っているのに、どうして、こんなにも近寄られるのを嫌うのでしょうか。
 本来、鳥にとって蛇は捕食者なのです。人の姿をしていると同じ背なので分かりませんが、本性の大きさは異なっていました。
 黄金ミツスイのスズは、鳥の姿だと大人になってもスズメくらいの大きさしかありません。ですが、ハルは、大人になると50cm位の長さになります。ですから、スズを一飲みにする事ぐらい出来てしまうのです。
 大きさの差は、成長するにつれて顕著になってきました。だからスズは、ちょっと怖いのです。まだ幼いとはいえ、ハルは既にスズを丸飲みにすることが出来ましたから。
 ハルにはそれが分かりませんでした。ですが嫌われていないことは分かりましたので、満足です。お手手をつなぎたいと思っていましたが、今のままでも十分楽しかったのでした。 
 ですが、その様子を窺いながら、ワナワナと怒りに震える女性がいました。この精霊は、2人に気が付かれないようにノシバの陰に隠れて、やんややんやとはしゃぎながら家路につく2人に近づきました。
 「小っちゃい小鳥が、ウチの子になんて態度ですか!?
  せっかく一緒に遊ぼうとしているのに嫌がるなんて、もう許せません! 罰として、食べてしまいましょう!!」
 「きゃぁぁ~!!」
 2人はびっくりして、一目散に走りだしましたが、「シャ~ッ」という声と共に、スズの上半身をパックと口に入れてしまいました。ジタバタジタバタする足も難なく口に含み、そのまま喉の奥に落としてしまったのです。
 「おかあさん!?」ハルが叫びました。「何てことするの? お母さん!! スズちゃんを吐き出して!! 吐き出して!!」
 「だめですよ、こんな悪いお友達は食べられてしまって当然です。
  お城だからといって安心していたけれど、こんな目に合っているのなら、もう帰りましょう」
 久しぶりに娘の様子を見に来た母蛇は、娘の扱われ様にびっくりして、スズを食べてしまいました。人の姿になって、泣き叫ぶハルを無理に抱え上げた母蛇は、スィーと宙を舞いながら城門から外に出ていきました。
 空にはシロナガスクジラの精霊が運航する定期便が停泊しています。力の強い神は、自らの力で里と里を行き来できますが、下位の精霊では遠すぎて無理ですから、クジラの背中に乗って旅行しているのです。
 雲で構成された天界の中心は高い山のようになっていて、その中腹にいくつもの里がありました。花の里は真ん中辺にありましたが、蟒蛇の里は少し下の方にあります。ちょっと離れていたので、クジラの速さでも2週間くらいかかりました。
 その間、ハルはずっと泣いていました。何度も何度もスズを吐き出すように頼みましたが、お母さんは聞いてくれません。もう消化されてしまったと聞かされて、ショックで臥せっていたのです。
 蟒蛇の里は、花の里と違って草木は生えていませんでした。むき出しの土は地ならしされていて、往来には大きな真四角の石畳が敷かれています。ほとんどのお家は、藁を編みこんだ土でできていて平屋建て、丸窓が各部屋についていました。
 部屋には、大きい窪みや小さい窪みが色々があって、棚になっています。全て聚楽色の優しい色合いの壁で、とても落ち着く空間を演出していました。
 変温動物の蛇は寒さに弱かったので、鳥の里の建物の様に、窓が沢山あるわけでもなく、花の里の様に大きな窓でもありません。暖炉はリビングにしかありませんが、厚い土壁は保温に優れていたので、常に暖かく保たれていました。
 夏になると、土や練りこまれた藁が湿気を吸い込み、冬になって空気が乾燥すると湿気を吐き出して、室内を潤してくれます。とても快適なお家でした。
 ハルは、久々に戻ってきた自分のお部屋で、一計を案じました。もしかしたら、お母さんのお腹の中には、スズの骨が残っているかもしれません。ちゃんと飛べるようになるという目標を達成できずに死んでしまったスズにお墓を作ってあげようと、骨を拾いに行く決意をしました。

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