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知らず知らずのうちに失っていた大切な物
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スズとハルがバラに見捨てられたと泣き叫んでいたちょうどその頃、東の雲海にも赤ちゃん達の泣き声が響いていました。
薄緑色の細長い長方形、四隅は少し色の濃いヒダヒダの羽が隅から隅までついていて、豪華なサヤです。その揺り籠を兼ねた産着の中には、12個の小さな豆の赤ちゃんが入っていました。
長さは15センチ前後で、味や食感はさやえんどうを思い浮かべてくれれば、よろしいかと思われます。さやえんどうよりだいぶ大きく厚みがあるので、シャクシャクとした食感が少し強め。だから食べごたえがあります。
誰もいない雲海の真ん中で、3本のシカク豆のサヤをひく女性の精霊がオロオロしています。彼女は生まれたばかりの赤ちゃんを連れて、なぜこんなところで路頭に迷っているのでしょうか。
天界には、地球の表面積と同じ位の大地が、いくつも雲海に浮かんでいましたが、その他にも小さな島が沢山浮いていました。
全てが天上界に属していましたが、それらの殆どは恩賞として、各主神に一代限りで与えられていました。その中の1つ、ルクセンブルク公国位の大きさの島が、花の里の東にあります。
その島には、シカク豆というお豆の老夫婦が住んでいました。この老夫婦は、豆としては珍しく神様です。
赤ちゃん達を連れた母親は、里の町に住むシカク豆の精霊で、数本のサヤに赤ちゃんを入れて、雲の上を飛んでいました。遠くの離れ小島で隠遁生活をする両親に、生まれたばかりの子供達を見せるためにです。
離れ小島の名前は、丸い形なのにシカク島と呼ばれていました。この島は、ある功績があった1人のシカク豆の神に、花の主神から恩賞として与えられたものだったからです。
何万年も昔、まだベローナが幼かった時の事です。主神でもなんでもなく、ただの優曇華(うどんげ)の花だった頃のベローナは、毎日綺麗な花を咲かせていました。母親は月下美人の神でしたが、美しい月下美人をも引き立て役にしてしまうほどの、世界に2つと無い花です。
ベローナは、いつも麗らかな笑顔を湛えて言っていました。
「ねえみんな、どうしてわたしはこんなに美しいのでしょうね。
お母様とどこに出かけて行っても、わたしとおんなじお花を見たことが無いわ。
多分わたしは特別なのね、わたしは選ばれた花なのだわ」
そして、羨ましがる花々に対して、続けてこう言いました。
「大丈夫よ。わたしは、特別で選ばれたお花だから、みんなにもわたしの美しさを分けてあげるわ。
好きなだけ、わたしをその両目で見ていらっしゃいな。冬以外でしたら、わたしは大抵咲いていられるのよ」
自分を鑑賞したいという話を聞けば、ベローナは空飛ぶ木馬の馬車に乗って、どこへでも出かけて行きました。
どんなに幼い子供へも、どんなに貧しい者へも、彼女は分け隔てなく、自分が咲かせた1年花を見せに行きます。みんなに愛してもらうのがとても大好きなベローナは、愛してくれるみんなを愛していました。
ベローナに魅せられると怪我が治るとか、疲れが飛ぶとか言われ始め、噂が噂を呼んで、大きな町では何百人も集まる時さえあって、その人気は一向に衰える気配を見せません。実際擦り傷位は癒されていましたし、心身の疲れも緩和されていました。
冬の間にお家でいっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい遊んで、いっぱい甘えて、鋭気を養います。そして春になると、また木馬の馬車に乗って、方々を訪問しに行きました。
ある時、とても辺鄙なところにあるシカク豆の集落を訪れた時の事です。枝木を編んだお家に住む少し年上の女の子に出会いました。
その女の子は足が不自由らしく、ベッドから下りることが出来ません。この少女は、ベローナを愛でれば、足が治って歩けるようになると思っていましたが、治りませんでした。
彼女の足は生まれつき動かなかったのです。もし生まれつきでなかったとしても、ベローナの力で治ることはなかったでしょう。
望みが叶わなかったのでしばらく落ち込む様子を見せた女の子でいたが、気を取り直そうとする様に笑顔を作りました。
「すごくきれいで大きなお花なのね。
わたしが想像していたより、ずっと素敵だわ」
シカク豆の女の子は残念そうにしていましたが、それでも珍しい優曇華の花が見ることができて、嬉しそうです。沈んでいた心も、少しは晴れました。
「でも、何故あなたは、いつも花を咲かせているの?」女の子が聞きました。
「だって、わたしそういうお花ですもの、咲け―て思うと咲くの。
萎れそうになっても、咲けーて思うと、また元気になるのよ」
「そうなの? 勝手に咲きっぱなしなわけじゃないの? なら、今度咲かずにいてごらんなさいよ。
だって、その方が自然でしょう? いつも咲かせてばかりいるから、みんなのところを回ってばかりで、お友達と遊んだり、家族と遊んだりできないじゃない? みんなに見てもらうのも楽しいかもしれないけど、他の楽しいことを失っているかもしれないのよ」
ベローナは、女の子の言っている意味が分かりません。失うとは、持っている物を無くしたり、損をしている事を言いますが、自分は何も失ってはいません。
ベローナは言いました。
「失ってる? 何を失っていると言うの? わたしは何も失っていないわ。
その逆よ、わたしは手にいてれるの。みんなの笑顔や感嘆を貰っているのよ」
「そうね、確かに手に入れているわ。
でも、それ以外に手に入るものが無かったわけではないでしょう? 考えてごらんなさいよ、もしここに来て花をわたしに見せていなかったら、何をしていたの?」
「他の村で見せていたわ」
ベローナの返答に、女の子は笑って続けます。
「じゃあ、もし年中花を咲かせていなかったら、何をしてたの?」
ベローナには、返答に適した言葉が見つかりません。女の子は色々と例を挙げてくれました。
お友達と遊ぶこと、お母さんやお父さんと過ごすこと、旅行に行くこと、みんなに見られるのではなく、みんなを見ること、お料理を覚えること、本を読むこと。
「何より、1年中咲いていられるなら、自然に任せて咲かせてみるの。
年中咲かせていられる力が1度の花に注がれるから、もっともっーと綺麗に咲くんじゃないかしら」
確かに、女の子の言うことにも一理ある、とベローナは思いました。持っていた物を失ったのではなく、手に入るものが手に入る前に失われていたのです。
女の子は諭すように言いました。
「みんなに愛してもらえる、とベローナちゃんは喜んでいたけど、それで何があったの? 皆は珍しいお花を見れて、傷とかも癒えて、心も弾んで、色々と手に入れたけど、あなたは喜ばれただけで、何も手に入れていないのよ。
みんなの笑顔や感嘆の言葉は、みんなが手に入れたものを言葉に乗せて表現しただけで、あなたが手に入れたものではなくてよ。
それに、見たがっているのはみんなでしょう? だから見せてあげたくて、みんなの所に会いに行っているのでしょう? わたしみたいに動けないなら、来て貰えると助かるけど、歩いたり飛んだりできるみんなは、どうして自分から来ないのかしら?だってそうでしょう? ベローナちゃんは、みんながすべきことを肩代わりしているのよ? それに費やす時間も失っているのよ」
確かに女の子の言う通りです。
女の子の話は、縷々として続きました。
「一方的っておかしいわ。
あなたも同じ価値の物を手に入れるべきよ」
魔界に住む虎の大悪魔は、いつも動物を捕まえて食べていました。天の獅子は、牛や鹿の精霊に頼んで、お肉を分けてもらっています。その代わりに、戦いを教えてあげたり、護衛をしてあげたり、色々とお返しをしていたので、シカや牛達は、里は違えど肉食獣の精霊達とお友達です。
魔界の肉食獣の一部は、草を食む精霊を脅して精の宿っていない子を産ませ、それを食べていたので、天界にお友達はいません。一角天馬の里のみんなは、ひどい奴だと言っていました。
トラの悪魔がみんなお礼をしないわけではありません。天と魔で交易も盛んでしたから、天界と仲の悪くない魔王の元には、天のお肉やお野菜もあります。トラの眷属には、守ってもらう代わりにお肉を献上する者もいました。
花の里のみんなは、トラのように横暴ではなかったし、当然悪意もありません。ベローナとみんなの交流は平和で、何の問題もない行いでした。ですが、ベローナはこの何百年間、本当に大事なものは何も手に入れていなかったのです。
薄緑色の細長い長方形、四隅は少し色の濃いヒダヒダの羽が隅から隅までついていて、豪華なサヤです。その揺り籠を兼ねた産着の中には、12個の小さな豆の赤ちゃんが入っていました。
長さは15センチ前後で、味や食感はさやえんどうを思い浮かべてくれれば、よろしいかと思われます。さやえんどうよりだいぶ大きく厚みがあるので、シャクシャクとした食感が少し強め。だから食べごたえがあります。
誰もいない雲海の真ん中で、3本のシカク豆のサヤをひく女性の精霊がオロオロしています。彼女は生まれたばかりの赤ちゃんを連れて、なぜこんなところで路頭に迷っているのでしょうか。
天界には、地球の表面積と同じ位の大地が、いくつも雲海に浮かんでいましたが、その他にも小さな島が沢山浮いていました。
全てが天上界に属していましたが、それらの殆どは恩賞として、各主神に一代限りで与えられていました。その中の1つ、ルクセンブルク公国位の大きさの島が、花の里の東にあります。
その島には、シカク豆というお豆の老夫婦が住んでいました。この老夫婦は、豆としては珍しく神様です。
赤ちゃん達を連れた母親は、里の町に住むシカク豆の精霊で、数本のサヤに赤ちゃんを入れて、雲の上を飛んでいました。遠くの離れ小島で隠遁生活をする両親に、生まれたばかりの子供達を見せるためにです。
離れ小島の名前は、丸い形なのにシカク島と呼ばれていました。この島は、ある功績があった1人のシカク豆の神に、花の主神から恩賞として与えられたものだったからです。
何万年も昔、まだベローナが幼かった時の事です。主神でもなんでもなく、ただの優曇華(うどんげ)の花だった頃のベローナは、毎日綺麗な花を咲かせていました。母親は月下美人の神でしたが、美しい月下美人をも引き立て役にしてしまうほどの、世界に2つと無い花です。
ベローナは、いつも麗らかな笑顔を湛えて言っていました。
「ねえみんな、どうしてわたしはこんなに美しいのでしょうね。
お母様とどこに出かけて行っても、わたしとおんなじお花を見たことが無いわ。
多分わたしは特別なのね、わたしは選ばれた花なのだわ」
そして、羨ましがる花々に対して、続けてこう言いました。
「大丈夫よ。わたしは、特別で選ばれたお花だから、みんなにもわたしの美しさを分けてあげるわ。
好きなだけ、わたしをその両目で見ていらっしゃいな。冬以外でしたら、わたしは大抵咲いていられるのよ」
自分を鑑賞したいという話を聞けば、ベローナは空飛ぶ木馬の馬車に乗って、どこへでも出かけて行きました。
どんなに幼い子供へも、どんなに貧しい者へも、彼女は分け隔てなく、自分が咲かせた1年花を見せに行きます。みんなに愛してもらうのがとても大好きなベローナは、愛してくれるみんなを愛していました。
ベローナに魅せられると怪我が治るとか、疲れが飛ぶとか言われ始め、噂が噂を呼んで、大きな町では何百人も集まる時さえあって、その人気は一向に衰える気配を見せません。実際擦り傷位は癒されていましたし、心身の疲れも緩和されていました。
冬の間にお家でいっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい遊んで、いっぱい甘えて、鋭気を養います。そして春になると、また木馬の馬車に乗って、方々を訪問しに行きました。
ある時、とても辺鄙なところにあるシカク豆の集落を訪れた時の事です。枝木を編んだお家に住む少し年上の女の子に出会いました。
その女の子は足が不自由らしく、ベッドから下りることが出来ません。この少女は、ベローナを愛でれば、足が治って歩けるようになると思っていましたが、治りませんでした。
彼女の足は生まれつき動かなかったのです。もし生まれつきでなかったとしても、ベローナの力で治ることはなかったでしょう。
望みが叶わなかったのでしばらく落ち込む様子を見せた女の子でいたが、気を取り直そうとする様に笑顔を作りました。
「すごくきれいで大きなお花なのね。
わたしが想像していたより、ずっと素敵だわ」
シカク豆の女の子は残念そうにしていましたが、それでも珍しい優曇華の花が見ることができて、嬉しそうです。沈んでいた心も、少しは晴れました。
「でも、何故あなたは、いつも花を咲かせているの?」女の子が聞きました。
「だって、わたしそういうお花ですもの、咲け―て思うと咲くの。
萎れそうになっても、咲けーて思うと、また元気になるのよ」
「そうなの? 勝手に咲きっぱなしなわけじゃないの? なら、今度咲かずにいてごらんなさいよ。
だって、その方が自然でしょう? いつも咲かせてばかりいるから、みんなのところを回ってばかりで、お友達と遊んだり、家族と遊んだりできないじゃない? みんなに見てもらうのも楽しいかもしれないけど、他の楽しいことを失っているかもしれないのよ」
ベローナは、女の子の言っている意味が分かりません。失うとは、持っている物を無くしたり、損をしている事を言いますが、自分は何も失ってはいません。
ベローナは言いました。
「失ってる? 何を失っていると言うの? わたしは何も失っていないわ。
その逆よ、わたしは手にいてれるの。みんなの笑顔や感嘆を貰っているのよ」
「そうね、確かに手に入れているわ。
でも、それ以外に手に入るものが無かったわけではないでしょう? 考えてごらんなさいよ、もしここに来て花をわたしに見せていなかったら、何をしていたの?」
「他の村で見せていたわ」
ベローナの返答に、女の子は笑って続けます。
「じゃあ、もし年中花を咲かせていなかったら、何をしてたの?」
ベローナには、返答に適した言葉が見つかりません。女の子は色々と例を挙げてくれました。
お友達と遊ぶこと、お母さんやお父さんと過ごすこと、旅行に行くこと、みんなに見られるのではなく、みんなを見ること、お料理を覚えること、本を読むこと。
「何より、1年中咲いていられるなら、自然に任せて咲かせてみるの。
年中咲かせていられる力が1度の花に注がれるから、もっともっーと綺麗に咲くんじゃないかしら」
確かに、女の子の言うことにも一理ある、とベローナは思いました。持っていた物を失ったのではなく、手に入るものが手に入る前に失われていたのです。
女の子は諭すように言いました。
「みんなに愛してもらえる、とベローナちゃんは喜んでいたけど、それで何があったの? 皆は珍しいお花を見れて、傷とかも癒えて、心も弾んで、色々と手に入れたけど、あなたは喜ばれただけで、何も手に入れていないのよ。
みんなの笑顔や感嘆の言葉は、みんなが手に入れたものを言葉に乗せて表現しただけで、あなたが手に入れたものではなくてよ。
それに、見たがっているのはみんなでしょう? だから見せてあげたくて、みんなの所に会いに行っているのでしょう? わたしみたいに動けないなら、来て貰えると助かるけど、歩いたり飛んだりできるみんなは、どうして自分から来ないのかしら?だってそうでしょう? ベローナちゃんは、みんながすべきことを肩代わりしているのよ? それに費やす時間も失っているのよ」
確かに女の子の言う通りです。
女の子の話は、縷々として続きました。
「一方的っておかしいわ。
あなたも同じ価値の物を手に入れるべきよ」
魔界に住む虎の大悪魔は、いつも動物を捕まえて食べていました。天の獅子は、牛や鹿の精霊に頼んで、お肉を分けてもらっています。その代わりに、戦いを教えてあげたり、護衛をしてあげたり、色々とお返しをしていたので、シカや牛達は、里は違えど肉食獣の精霊達とお友達です。
魔界の肉食獣の一部は、草を食む精霊を脅して精の宿っていない子を産ませ、それを食べていたので、天界にお友達はいません。一角天馬の里のみんなは、ひどい奴だと言っていました。
トラの悪魔がみんなお礼をしないわけではありません。天と魔で交易も盛んでしたから、天界と仲の悪くない魔王の元には、天のお肉やお野菜もあります。トラの眷属には、守ってもらう代わりにお肉を献上する者もいました。
花の里のみんなは、トラのように横暴ではなかったし、当然悪意もありません。ベローナとみんなの交流は平和で、何の問題もない行いでした。ですが、ベローナはこの何百年間、本当に大事なものは何も手に入れていなかったのです。
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