蜜吸のスズと白蛇のハル

緒方宗谷

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傷つける嘘と救う嘘  

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 最近、スズが自分と仲よく遊ぶようになってくれたと、ハルは感じていました。今日はお天気も良くてポカポカ暖かかく、日差しも強かったので、お家からあまり離れないで遊んでいました。
 相変わらずスズはツルから下りてきませんが、ハルを追い払ったりはしません。今日は人の姿でトゲの間を飛び跳ねたり、ツルにぶら下がったりして遊んでいます。稀に滑って舞い降りてくるので、蛇の姿のハルが頭をあげて、受け止めようとします。
 スズはびっくりして、羽をバタつかせて浮き上がり、ツルにつかまりました。危うくお尻をパクッ、とされそうになりました。蛇には手足がありませんから、何をするのにも口を使うのですが、食べられてしまいそうで、スズはビクビクしています。
 (ヤになっちゃうわね、まったく)
 スズは気を取り直して、ジャングルジムで遊び始めますが、何度もコロコロ、何度もコロコロ、ツルから落ちました。その度にハルが口をパクパクさせています。
 「もーやーね、パクパクするの、やめてちょーだいよ」
 「わたしは蛇よ、鳥と違って翼も足もないんだから、遊ぼうと思ったら、甘噛みしたり、絡みついたりするものじゃない?」
 全身絡みつかれてほっぺを甘噛みされている姿を想像すると、ゾッとします。しかも、開けた口には、2本の牙が見えるではありませんか。
 スズは、一筋の汗を流してワナワナ震え、ヒクヒクと笑いながら言いました。
 「その牙で、どうやって甘噛みできるの? アマじゃないでしょ? あまじゃ!」
 「分かったわ、なら人の姿でいるわ」
 ハルはそう言いましたが、スズはプリプリ怒ったまま、ブランコで遊び始めました。お尻が低い位置に来ると、決まってハルがピョンピョン飛び跳ねて、スズのお尻を揉もうとしてきます。恐る恐る下を見やると、肉まんに飛びつく子供の様なハルがいます。
 本当に美味しい物でも見るかのような恍惚の表情に、絶対食べるなコイツ、と思いました。
 こんな毎日をとても楽しいと思うハルでしたが、スズにはいつかはツルから下りてもらって、お手手を繋いで一緒に歩きたい、と考えていました。もっと仲良くなるために、毎日スズが喜ぶものを考えながら、眠りについていたのです。
 スズは、いつも毛づくろいをしていました。スズは、オシャレ好きでしたので、ハルはオシャレグッズをプレゼントすれば、喜んでくれるんじゃないかと思いつき、何かないかあたりを見渡しました。ですが、何もありません。
 土の上の丸いベッドとそれを覆うイバラだけ。時々虫の様な光が飛んでいますが、スズは食べないので、興味を持ってくれません。
 「そういえば、お父さんが捕まえてきた黒い虫は、リーン、リーンってきれいな音を奏ででいたわ。
  あの虫をあげれば、きっと喜んでもらえるわ」
 ハルは、スズと遊ぶ合間をぬって、来る日も来る日も虫を探しました。しかし、虫は見つかりません。花の里に虫は住んでいないので、当然です。
 ある昼下がり、裏庭の中央附近のイバラで、お昼ご飯を食べている時でした。1人の精がバラの花を見ています。時折スイッチョンスイッチョンと、イバラの多さに驚きの音色を発します。
 ハルは駆けていって言いました。
 「ねえ、おじさん、音の虫をちょうだい」
 ハルの言葉を聞いて、おじさんはニッコリ笑って言いました。
 「良いとも、おやつにするんだろう?」
 そう言いながら、手のひらに虫を発生させて、放り投げてくれました。ハルは、宙を舞う虫を上手に両手でつかみ取り、「ありがとー」とお辞儀をして、駆けていきました。
 「うふふ♡ これで、スズちゃんは喜んでくれるわ」
 スズのいるツルの下に来ると、虫を掲げて言いました。
 「音の虫よ、きれいに鳴くのよ、スズちゃんにあげるわ」
 お花をクッションにして寄りかかっていたスズは、ハルの手を覗き込みましたが、そこには死んだハヤシノウマオイという虫が1匹いるだけです。
 ハルを見やると、歯を出してニコニコしています。虫のような光の時のように、傷つけるのは避けたかったので、そこに置いといてと言って、また貴婦人ウォッチングを始めます。
 ハルは言われた通りに、虫をノシバの上に置きました。スズはおやつの時間まで遊び続け、おやつの後も虫に見向きもしません。ハルは、スズが喜んでくれるのをいつかいつかと待っています。
 結局スズは最初に一瞥した限りで、その後虫に興味を示すことは無く、空がオレンジ色に滲み始めると同時に、巣へ帰っていきました。ハルは残念そうに虫を抱えて一緒に帰ります。
 ハルは毎日虫の大人がイバラを見に来るのを待ちました。まだ幼いハルは、自分を守るイバラから離れるのが怖かったので、自分から見学者の所へ行くことが出来ません。見学者はなかなかイバラによって来てはくれませんでした。
 バラはトゲのあるツルを伸ばしてばかりで、付ける花も小さくて少なかったので、見る価値は無い、と思われていたのです。
 それでも何か月かに1度は、虫の大人がイバラの傍にやってきましたので、ハルはいつも音を奏でる虫をおねだりしました。蛇は肉食でしたが、まだ幼かったので、ギョッとされることもなく、虫をわけてもらえました。
 今日は、ギーッチョン、ギーッチョンと無く虫を貰えたので、それを咥えてスズのもとに急ぎます。
 「スズちゃーん、今日はキリギリスのおじさんから虫をいただいたの。
  面白いから、一緒に聞きましょうよぅ」
 「本当面白いわね」
 気のない棒読みのセリフの様な返事が返ってきただけで、スズはチラ見もしてくれません。増えてきた大人の羽を梳かしています。
 虫はハルの牙にやられて死んでいました。毒は持っていませんが、幼くても2本の牙は大変鋭かったのです。スズが怖がるのも無理はありません。それに、ハルはまだ死ぬという事がどういうことか理解していないのです。
 スズはスズで、段々とイライラしてきました。彼女も死を理解していませんでしたが、何匹もの虫が巣の下に貯まって山になっていましたから、いい加減やめてほしい、と思っていました。
 スズは気持ち悪がって受け取りません。死んだ虫は音楽を奏でないことに、ハルは全く気が付いていません。
 だいぶ日にちが経ちましたが、いつまで経ってもハルのプレゼント攻勢は続きました。
 「この虫は、ミーン、ミーンて鳴くの。
  昨日の虫はチュクチュクホーシ、チュクチュクホーシて鳴くのよ。
  でも、最初にあげたスイッチョンて鳴く虫が、1番面白かったわね」
 ハルは楽しげに語りかけました。スズは気の無い返事をして、深く考えもせず続けて口を開きます。
 「沢山虫をくれたから、何かお礼をしなくちゃね」
 ハルの表情はパーと明るくなって、口を大きくパクパクしながら、クネクネして喜びました。
 「スズちゃん、何をくれるのかなぁ」
 ハルは毎日毎日楽しみで、夜も眠れません。しかし、何カ月経っても、スズは何もプレゼントしてくれません。まさかくれる気が無いなんて思いもよらないハルは、待ち続けました。
 でもスズは、全く覚えていないのでした。何気に言っただけでしたし、ハルのプレゼントもいらないのに増えるばかりで、嫌になっていたからです。
 プレゼントをもらえると聞いた日から、ハルは虫を貰いに行かなくなっていたので、スズは虫の事もすっかり忘れていました。巣の下に積まれた虫の山も大きくなっていかないので、スズの目には、風景に溶け込んで見えなくなっていたのです。
 ついに我慢できなくなったハルは、訊きました。
 「スズちゃん、この間言っていたプレゼントは、いついただけるのかしら?」
 「プレゼント? ああ、すっかり忘れていたわ。
  あれは嘘よ、言葉のはずみで言ってしまっただけなのやよ。  
  だから、何もあげないわ」
 ハルは愕然、世界は真っ暗、ガーンとしています。ハルショックです。あんぐり口を開けたまま固まったかと思うと、次の瞬間、唇をかみしめて瞳いっぱいに涙をため、大きなふた粒をこぼしながら、「ばかぁ」と叫んで、お家に駆けていってしまいました。
 止める間もなく行ってしまったので、呆然と見送るしかなかったスズは、何故か心がうずきます。でも、まー良っかと貴婦人ウォッチングを続けました。しかし、ハルの涙が頭から離れません。
 「もーしょーがないんやから・・・、わたしに迷惑ばかりかけて」
 スズはそう言って、ハルのお家に様子を見に行きました。
 「しくしくしくしく」ハルはベッドの上でうつ伏せになって、泣いています。
 「悪気はなかったのよ」スズが、ハルの背中に言いました。
 「良いわ、スズちゃんはオシャレのお勉強に忙しいものね。
  期待したわたしがバカだったのよね」
 嘘をついた事を責められるかと思ったスズでしたが、ハルは自らを責めて、自分には何も文句を言いません。
 スズは、いらない虫なんかを沢山くれるからいけないんだと文句を言うつもりでした。ですが、急に心が締め付けられて、痛くて痛くて堪りません。何も言えなくなり、そのまま帰ってしまいました。
 1カ月しても、ハルはお家から出てきません。様子を見に行った日に謝らなかった事を後悔していたスズでしたが、なかなか言いに行く勇気が出なくて、もう完全にタイミングを逸していました。
 最近はスズもお家から出ずに、ハルの巣がある方を見ています。
 それから間もないある日、ハルが久しぶりに顔を出しました。嬉しくなったスズは、声をかけようと身を乗り出しましたが、ハルは既に2度寝の真っ最中。起きるのを待つことにしました。
 散々ゴロゴロした挙句、4度寝後に大きく背伸びをしたかと思うと、また寝てしまいます。
 スズは、呆気にとられました。ある意味感心できるほどです。
 「5度寝目なんて、本当に良く寝る子ね。
  乙女の命は短いのに、いっぱい遊んで、いっぱい学ぼうとは思わないのかしら。
  わたしには敵わないけど、ハルもそこそこ可愛いんだから、精霊ファッションを一生懸命ウォッチングすれば良いのに」
 スズは、ハルが起きるのを更に待ちました。ようやく目を覚ましたハルは、急に立ってにっこり笑って言いました。
 「スズちゃん、とても素敵なプレゼントがあるのよ。
  これを貰ったら、今度は本当にわたしにプレゼントをあげたくなるわ、絶対よ」
 スズはその言葉に少し期待して、「なーに?」と訊きました。上げた両手を広げて見せた物を見やると、黒光りするまぁーるい虫でした。
 ハルがこれを説明します。
 「キロキロキロコロロ、キロキロキロコロロって鳴くのよ、とてもきれいな音色なの。
  一緒に聴きましょうよ、きっと聴き惚れるわよ」
 それは大きなコオロギでした。スズは気持ち悪いと思いながら、苦笑いします。ハルを見やると、瞳をキラキラさせながら、自分が喜んでくれる、と本当に信じている様子でした。 
 スズはすぐに答えられず、黙っています。傷つけないようにするにはどうすれば良いか、一生懸命考えました。
 「もし生きていたら、素敵な音色を奏でてくれるわね。
  想像するだけでも楽しいもの」
 そう言って喜んだふりを見せると、ハルは真に受けて大変喜びました。スズは、その喜びようを見て、少し嬉しくなりました。そうしたら勇気が出てきました。
 「ハルちゃん、あの時嘘をついてごめんね。
  わたし本当に反省しているのよ」
 「良いの、良いの、それより一緒に音色を聴きましょう」
 スズは、虫は死んだらもう動かないことを少し分かってきていましたが、ハルはまだ分からない様子です。ですが、スズは一緒に聞くことにしました。
 結局鳴きませんでしたが、一生懸命鳴き声の素晴らしさを説明しようとするハルと、それを聞くスズは、楽しく1日を過ごしました。
 


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