愛するということ

緒方宗谷

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2.柚奈、陸にキレる

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 有紀子と加奈子と陸、3人の関係は良好だった。襲われた2人を陸が助けた英雄伝が凄過ぎて、彼が記憶喪失であったことが、学校中に知れ渡っていた。
 里美は相変わらず陸と友達としての距離を置いていたが、柚奈は里美が陸をまだ好きなことを知っていた。そして有紀子と陸が特別な間柄にある、と薄々思っていた。
 その考えは、学校中に広がった噂でより強くなった。有紀子と陸は、記憶喪失になる前に付き合っていた、という噂だった。間違いではない。結婚の約束までしていたのだから。7歳の時だけど。
 しかし、時間軸がおかしいことにはみんな気が付いていない。柚奈もそうだ。2人が付き合っていたのは中学生の時くらいとか、東京と高知の遠距離恋愛だったとかと、勝手に感覚的な想像をしている。その方がラブロマンスとして素敵だからだ。
 柚奈は苦々しく思っていた。下校中の駅までの道のり。今正に目の前に有紀子と歩く陸の姿がある。無性に腹立たしくなって我慢できない。何故陸の隣にいるのが里美ではないのか。陸の前に回り込んだ柚奈は、持っていた小さなボストンバッグを突然陸の顔に叩きつけて、「ばかぁ!」と叫んで背を向け、足早に去っていった。
「死ねばいいのに」
 去り際にぽつんと呟いた一言がショックで、陸は呆然とした。
「くっくっくっくっ」
 後ろを歩いていた里美が、笑いを堪えながら陸たちに合流した。
「怒らないであげて、私のことを思ってのことだと思うから」
 里美は、まだ陸が好きだ。有紀子はすぐに分かった。はっきりと言葉で“陸のことがまだ好きだ”とは言わなかったが、堂々とした態度は好きと言う気持ちを隠していない。
 里美も加奈子と同様男勝りなところがある。自分をはっきりと持っていて、男子と対等に渡り合える精神がある。
 アメリカで自分の意見を言えないと存在価値すらない。偏見かもしれないが、有紀子はそう思った。
(だから自分の意見をはっきり言えるんだ)
 有紀子は帰国子女に対して、個があって理想が高く、独立心が強い、そう思い込んでいたから、彼女に対して少し憧れを感じていた。
 少し怒った様子の加奈子が言った。
「あの子、さっちゃんの子分でしょ? 管理しなさいよ」
 そう言われた里美はムッとした表情を見せてから、「ふっ」と笑う。
「あなたに言われたくないわ。柚奈があんなことをしたのも、あなたのせいよ。何で村上さん、2人と一緒にいるの?」
 言い返せない。カミングアウトしているわけでないから、加奈子はどう言い返して良いか分からなかった。
「上条君、まだ渡辺さんとは付き合っていないんでしょ? やっぱり私と付き合いましょうよ。
 私達、気が合うと思うの、お互い子供好きだし、お婆ちゃん好きだし」
「ばか、陸君をたぶらかさないで」
 頑張ってそう言う有紀子を一瞬黙って見た里美は、加奈子を見やる。何も言わなかった。しばらく4人で歩いていた。
 しばらくして、不意に里美が口を開いた。
「今、わたしが身を引いた感じになってるからさ、柚奈は悔しいんだよ、きっと。
 でもさぁ、なんかあれだよね、記憶喪失だなんて反則だよね。私達、一時期いい感じだったんだよ、覚えてないでしょ?」
 陸は「ごめん」としか言えなかった。

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