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55.大葉の過去
2.陸の言葉
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次の日、大葉への誹謗中傷がクラス中に響いていた。騒いでいたのは、いつもイジメていた4人だ。
陸が遅刻ギリギリで教室に入ると、大葉をいじめていた4人が一瞬黙る。4人して陸の動向を見た。
そのうちの1人、秋山が、バスケのシュートをエアでやりながら、陸のそばまで行って、話しかけた。
「上条、あいつ、お前のこと好きらしいぞ、ゲロゲロだよな」
教壇の前に這いつくばっていた大葉は、胸が苦しくて苦しくて仕方がない。昨日4人に無理やり好きな男子を告白させられた。誰にも言わないから、と言っていたが、それは簡単に裏切られた。
もし陸に拒絶の言葉を浴びせられたら、もう今日死ぬしかない。と、そこまで思いつめた。大葉に対する彼の今までの態度が、唯一今日登校する勇気を与えていたからだ。
みんなが自分を避ける中、陸だけは避けなかった。頻繁には会話は交わせなかったけれども、そばを歩けるだけで幸せだった。
大葉は、何度か名前を呼んでみよう、と思ったことはある。でも勇気は出なかった。もし声をかけて嫌がられたらどうしよう。そう思ったからだ。理科室への移動とか、避難訓練とか、集団で列を作った時、それと教材を運ぶ時だけだが、そばを歩けて幸せを感じる。ほんのひととき。その幸せを壊したくなかった。
卒業までに陸にカミングアウトできたら、と思っていた。同時に言えないだろうな、とも思っていた。差別には加担しないけど、存在を受け入れてくれないかもしれない。それでも大葉は陸を信じたい。その狭間で揺れていた。
すでに陸には彼女がいるから、ヘテロセクシャル(異性愛者)なのは間違いないだろう。雰囲気からバイセクシャルの可能性は無いと踏んでいた。だから高望みはしない。でもカミングアウトする事で友達になれるかもしれない。そう思いつつも、ほんの少しの負の可能性が無限の恐怖となって、大葉は深く悩んでいた。
いじめっ子のせいで全てが終わる。大葉は半ば諦めていた。思考は停止し、視界に映る机と椅子の足、脱ぎ散らかった自分の上履きと木の床だけが全てとなった。
溢れた涙は、海水のように目に沁みて、人生の全てを沈めていく。激しく慟哭する大場の心は、砕けるほど強く歯を食いしばらせた。ガラス粒を噛み締めて流れた血を吐き出すように嗚咽を繰り返し、咽び泣く。
陸は言った。
「ばっかじゃねーの? こいつはそんなんじゃねーよ」
教室はしんとした。
「こいつはオネエちゃんだぞ、なぁ、そうだよな、大葉?」
大葉は顔をあげなかった。
陸は両手をポケットに入れて斜に構え、大葉の返答を待つ。誰も喋れない教室の中に、カチン、パチン、カチン、パチンと、繰り返し音が響く。そして時々シュボッ、と削れながら曇った音がした。陸がポケットの中で、オイルライターをいじる音だ。
当時の癖で、陸は頭を45度くらい倒して、冷たい目で大葉を見下ろす。頭を小さく振って、目にかかった顎まである前髪を流して、もう一度「なぁ」と言った。
何度か「なぁ」と言われて大葉が正気に戻ると、顔をあげて陸を見る。いつもと同じ顔だ。何かむしゃくしゃした不愉快そうな無表情な顔。勇気が出た。立ち上がる勇気が出た。立ち上がって、そして叫んだ。
「そうよ! そんなんじゃなくてオネエよ! 間違えるなブ男‼」
大葉はキレた。だがクラスは大爆笑だった。一瞬間があってから誰かが「ぶっ」と吹き出すと、クラス中のみんなが吹き出した。いつもと違うドスの利いた低い声が面白い。
陸を見ると笑っていたので、大葉も笑った。
陸が、バタフライナイフで突き刺すような眼光で秋山を一瞥した。反射的に目をそらした秋山は、すぐさま背を向けて、仲間のもとに戻る。その背中を数秒見送った後、陸は、ひとえのグループに向き直った。
「ひとえ、大葉のことグループに入れてやってくれないか?」
陸が当時付き合っていた彼女の大島ひとえにそう言うと、ひとえは1度瞬きして「いいよ」、と軽く笑って答えた。
瞬く間にどよめきが溢れ、いつもの教室に戻った。
それからというもの、大葉はいじめられなくなった。強烈なカミングアウトになったが、最後良ければ全て良し。つらかったけれど今は楽しい思い出となった。
中学時代の陸との関係を語り終わった大葉は、剣山を指先で触れるかのような表情で有紀子達を見て、無理に笑みを作った。
「僕の……、わたしの事、陸君なんか言っていた?」
一度加奈子と顔を見合わせた有紀子は、申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「実はね、記憶が戻って、10歳から18歳までの記憶が無いの」
それを聞いた大葉は寂しそうだったが、笑って秘密を打ち明けてくれた。
陸が遅刻ギリギリで教室に入ると、大葉をいじめていた4人が一瞬黙る。4人して陸の動向を見た。
そのうちの1人、秋山が、バスケのシュートをエアでやりながら、陸のそばまで行って、話しかけた。
「上条、あいつ、お前のこと好きらしいぞ、ゲロゲロだよな」
教壇の前に這いつくばっていた大葉は、胸が苦しくて苦しくて仕方がない。昨日4人に無理やり好きな男子を告白させられた。誰にも言わないから、と言っていたが、それは簡単に裏切られた。
もし陸に拒絶の言葉を浴びせられたら、もう今日死ぬしかない。と、そこまで思いつめた。大葉に対する彼の今までの態度が、唯一今日登校する勇気を与えていたからだ。
みんなが自分を避ける中、陸だけは避けなかった。頻繁には会話は交わせなかったけれども、そばを歩けるだけで幸せだった。
大葉は、何度か名前を呼んでみよう、と思ったことはある。でも勇気は出なかった。もし声をかけて嫌がられたらどうしよう。そう思ったからだ。理科室への移動とか、避難訓練とか、集団で列を作った時、それと教材を運ぶ時だけだが、そばを歩けて幸せを感じる。ほんのひととき。その幸せを壊したくなかった。
卒業までに陸にカミングアウトできたら、と思っていた。同時に言えないだろうな、とも思っていた。差別には加担しないけど、存在を受け入れてくれないかもしれない。それでも大葉は陸を信じたい。その狭間で揺れていた。
すでに陸には彼女がいるから、ヘテロセクシャル(異性愛者)なのは間違いないだろう。雰囲気からバイセクシャルの可能性は無いと踏んでいた。だから高望みはしない。でもカミングアウトする事で友達になれるかもしれない。そう思いつつも、ほんの少しの負の可能性が無限の恐怖となって、大葉は深く悩んでいた。
いじめっ子のせいで全てが終わる。大葉は半ば諦めていた。思考は停止し、視界に映る机と椅子の足、脱ぎ散らかった自分の上履きと木の床だけが全てとなった。
溢れた涙は、海水のように目に沁みて、人生の全てを沈めていく。激しく慟哭する大場の心は、砕けるほど強く歯を食いしばらせた。ガラス粒を噛み締めて流れた血を吐き出すように嗚咽を繰り返し、咽び泣く。
陸は言った。
「ばっかじゃねーの? こいつはそんなんじゃねーよ」
教室はしんとした。
「こいつはオネエちゃんだぞ、なぁ、そうだよな、大葉?」
大葉は顔をあげなかった。
陸は両手をポケットに入れて斜に構え、大葉の返答を待つ。誰も喋れない教室の中に、カチン、パチン、カチン、パチンと、繰り返し音が響く。そして時々シュボッ、と削れながら曇った音がした。陸がポケットの中で、オイルライターをいじる音だ。
当時の癖で、陸は頭を45度くらい倒して、冷たい目で大葉を見下ろす。頭を小さく振って、目にかかった顎まである前髪を流して、もう一度「なぁ」と言った。
何度か「なぁ」と言われて大葉が正気に戻ると、顔をあげて陸を見る。いつもと同じ顔だ。何かむしゃくしゃした不愉快そうな無表情な顔。勇気が出た。立ち上がる勇気が出た。立ち上がって、そして叫んだ。
「そうよ! そんなんじゃなくてオネエよ! 間違えるなブ男‼」
大葉はキレた。だがクラスは大爆笑だった。一瞬間があってから誰かが「ぶっ」と吹き出すと、クラス中のみんなが吹き出した。いつもと違うドスの利いた低い声が面白い。
陸を見ると笑っていたので、大葉も笑った。
陸が、バタフライナイフで突き刺すような眼光で秋山を一瞥した。反射的に目をそらした秋山は、すぐさま背を向けて、仲間のもとに戻る。その背中を数秒見送った後、陸は、ひとえのグループに向き直った。
「ひとえ、大葉のことグループに入れてやってくれないか?」
陸が当時付き合っていた彼女の大島ひとえにそう言うと、ひとえは1度瞬きして「いいよ」、と軽く笑って答えた。
瞬く間にどよめきが溢れ、いつもの教室に戻った。
それからというもの、大葉はいじめられなくなった。強烈なカミングアウトになったが、最後良ければ全て良し。つらかったけれど今は楽しい思い出となった。
中学時代の陸との関係を語り終わった大葉は、剣山を指先で触れるかのような表情で有紀子達を見て、無理に笑みを作った。
「僕の……、わたしの事、陸君なんか言っていた?」
一度加奈子と顔を見合わせた有紀子は、申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「実はね、記憶が戻って、10歳から18歳までの記憶が無いの」
それを聞いた大葉は寂しそうだったが、笑って秘密を打ち明けてくれた。
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