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54.高知
1.超機動
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「行こう」放課後、加奈子が唐突に言った。
「行く? 行くってどこへ?」有紀子は呆気にとられて訊き返す。
「高知」
そう言ってからの加奈子の行動は早かった。武蔵砂川駅の改札を出てすぐにあるコンビニのファミリーストップに寄った彼女は、タッチパネルを操作して高知行きの深夜バスのチケットを2枚買った。そして一度自宅に帰ってスマホをブレザーのポケットに入れる。遠出をするとばれない程度の小さなリュックを持って、すぐに有紀子が待つ彼女の家まで迎えに行った。
「本当に行くの?」有紀子が不安げに訊く。
「うん、ほら見て」
加奈子は、有紀子の小さくてかわいいノートパソコンの画面を開いて見せた。闇サイトだから、差別の被害者とされる男子の顔も名前も住所も晒されている。
被害者の名は、大葉博樹。画面では解りにくいが、背は高そうだ。なよっとした感じで、学ランを着ていても骨と皮だけしかないように見える。
「本人に訊きに行く。もし事実なら、陸のヤツどっかの田んぼに落としてやるんだから」
(どっかってどこよ? 田んぼないじゃん)有紀子は、呆れ笑いを浮かべる。
なんとかなだめすかせるが、加奈子は真相を確かめに行く、と言って聞かない。結局、有紀子も学校を休んで、高知に行くことにした。
2人は、原宿に遊びに行く度に何度も新宿駅で乗り換えたことはあったが、今日初めて新宿の駅を出た。
「怖い! 怖いよ、加奈ちゃん‼」有紀子が加奈子の腰にすがった。
「うぇ~、私もだよ、ゆっこちゃん‼」
地元の駅がおもちゃのように見える。新宿はもはや巨大要塞の様だった。深夜バスの出発までだいぶ時間があったから、観光しよう、ということになって色々見て回ったが、どれもこれも圧倒的な威圧感。地元にも大きな建物はあるが、新宿の建物の大きさはそれらを凌駕している。
東京都庁ってなんだ⁉ 加奈子超ヒビりモード。カウントダウンが聞こえてくる。なんかもう、今にも打ち上げられていってしまいそう。
――新宿、渋谷、池袋は、東京三大犯罪都市だから気を付けて――
昔、原宿に来る度に、かねがね加奈子が言っていた言葉だ。しいて言えば“気を付けて”の部分が、“行っちゃダメよ”と言う意味で使われていた。有紀子はいつも、警察密着番組の見すぎだと笑っていたが、加奈子の言う通りだと、今日初めて思った。
とんでもなく疲れる半日を過ごして、2人は新宿駅のバスターミナルまで戻ってきた。
「何この座席」加奈子がぼやいた。「ただの高速バスと一緒じゃん。これに明日の朝まで座ってるの? 最悪。8600円だよ! 8600円! 2人分で17200円、高すぎでしょ⁉」
「私出さないよ、金欠だもの」
そう言う有紀子を加奈子は恨めしそうに見た。こんにゃろ、という心の声が聞こえるようだ。だが、文句を言っていたわりに、加奈子は結局、「すーかーすーかー」と寝ていた。
座席は3/4程度埋まっている。有紀子は眠れなかった。座り心地のせいもあるが、親にも告げずに高知まで行くことに少し緊張している(一応新宿からSMSしたが)。
不意に、通路を挟んだ隣のB席に座る中年女性が話しかけてきた。
「あなたどこ出身? このバス利用すればハンコが貰えてお得だから、使い勝手がいいでしょう?」
「あ、いえ、私達旅行です」
「あら、そうなの? 高知人かと思った」
四万十市の実家と東京を月に何度も往復している、と言う女性は、有紀子を質問責めにした。息をもつかせぬ言葉の多さに、有紀子は、まさか一晩中おしゃべりに付き合わされるのかと思ったが、前の座席の人が助けてくれた。
「あの、静かにしてください、うるさくて眠れないんで」
正確には怒られたのだが、有紀子は口で「ごめんなさい」と言いながら、心で(ありがとうございます)と泣いて3回繰り返した。
高知出身のおばさんは、茶目っ気たっぷりに舌を出してウインクしてから、顔を毛布で隠した。
「行く? 行くってどこへ?」有紀子は呆気にとられて訊き返す。
「高知」
そう言ってからの加奈子の行動は早かった。武蔵砂川駅の改札を出てすぐにあるコンビニのファミリーストップに寄った彼女は、タッチパネルを操作して高知行きの深夜バスのチケットを2枚買った。そして一度自宅に帰ってスマホをブレザーのポケットに入れる。遠出をするとばれない程度の小さなリュックを持って、すぐに有紀子が待つ彼女の家まで迎えに行った。
「本当に行くの?」有紀子が不安げに訊く。
「うん、ほら見て」
加奈子は、有紀子の小さくてかわいいノートパソコンの画面を開いて見せた。闇サイトだから、差別の被害者とされる男子の顔も名前も住所も晒されている。
被害者の名は、大葉博樹。画面では解りにくいが、背は高そうだ。なよっとした感じで、学ランを着ていても骨と皮だけしかないように見える。
「本人に訊きに行く。もし事実なら、陸のヤツどっかの田んぼに落としてやるんだから」
(どっかってどこよ? 田んぼないじゃん)有紀子は、呆れ笑いを浮かべる。
なんとかなだめすかせるが、加奈子は真相を確かめに行く、と言って聞かない。結局、有紀子も学校を休んで、高知に行くことにした。
2人は、原宿に遊びに行く度に何度も新宿駅で乗り換えたことはあったが、今日初めて新宿の駅を出た。
「怖い! 怖いよ、加奈ちゃん‼」有紀子が加奈子の腰にすがった。
「うぇ~、私もだよ、ゆっこちゃん‼」
地元の駅がおもちゃのように見える。新宿はもはや巨大要塞の様だった。深夜バスの出発までだいぶ時間があったから、観光しよう、ということになって色々見て回ったが、どれもこれも圧倒的な威圧感。地元にも大きな建物はあるが、新宿の建物の大きさはそれらを凌駕している。
東京都庁ってなんだ⁉ 加奈子超ヒビりモード。カウントダウンが聞こえてくる。なんかもう、今にも打ち上げられていってしまいそう。
――新宿、渋谷、池袋は、東京三大犯罪都市だから気を付けて――
昔、原宿に来る度に、かねがね加奈子が言っていた言葉だ。しいて言えば“気を付けて”の部分が、“行っちゃダメよ”と言う意味で使われていた。有紀子はいつも、警察密着番組の見すぎだと笑っていたが、加奈子の言う通りだと、今日初めて思った。
とんでもなく疲れる半日を過ごして、2人は新宿駅のバスターミナルまで戻ってきた。
「何この座席」加奈子がぼやいた。「ただの高速バスと一緒じゃん。これに明日の朝まで座ってるの? 最悪。8600円だよ! 8600円! 2人分で17200円、高すぎでしょ⁉」
「私出さないよ、金欠だもの」
そう言う有紀子を加奈子は恨めしそうに見た。こんにゃろ、という心の声が聞こえるようだ。だが、文句を言っていたわりに、加奈子は結局、「すーかーすーかー」と寝ていた。
座席は3/4程度埋まっている。有紀子は眠れなかった。座り心地のせいもあるが、親にも告げずに高知まで行くことに少し緊張している(一応新宿からSMSしたが)。
不意に、通路を挟んだ隣のB席に座る中年女性が話しかけてきた。
「あなたどこ出身? このバス利用すればハンコが貰えてお得だから、使い勝手がいいでしょう?」
「あ、いえ、私達旅行です」
「あら、そうなの? 高知人かと思った」
四万十市の実家と東京を月に何度も往復している、と言う女性は、有紀子を質問責めにした。息をもつかせぬ言葉の多さに、有紀子は、まさか一晩中おしゃべりに付き合わされるのかと思ったが、前の座席の人が助けてくれた。
「あの、静かにしてください、うるさくて眠れないんで」
正確には怒られたのだが、有紀子は口で「ごめんなさい」と言いながら、心で(ありがとうございます)と泣いて3回繰り返した。
高知出身のおばさんは、茶目っ気たっぷりに舌を出してウインクしてから、顔を毛布で隠した。
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