愛するということ

緒方宗谷

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51.時空

2.赤ちゃんプレイ

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 退院した陸であったが、すぐには学校に行かなかった。中学・高校での記憶がすっぽりと無くなっていたからだ。小学生の時、彼に彼の過去を教えるのは母親の役目であったが、今回は有紀子と加奈子が務めた。
 有紀子と加奈子の2人で陸の家に遊びに行って、夏に伊豆旅行に行った時の写真や、夏祭りの写真。学校で撮った写真や、食事会の写真を見ながら、思い出話を語って聞かせる。
 10歳に戻ったといっても、陸の精神や知能が幼児返りをしているわけではない。頭脳は今までと変わらなかった。ただ、ローラースケートを履いたまま自転車に乗ろうとしていた時の記憶までしかない、というだけだ。
 日本語は高校生レベルで普通に喋っていた。特に2人がびっくりしたのは、英語の会話力が事件前と変わらないことだ。違う意味でびっくりしたのは、体育意外の他の教科はからきし駄目になっていた。
 加奈子が笑って陸に言った。
「よかった。私、心配してたんだ。陸君が赤ちゃんプレイになっちゃったらどうしようって。記憶が無いってだけで、今までと変わんないじゃん」
 有紀子が笑って続ける。
「でも、前より子供っぽくなったよね。いい感じに。少年の心を忘れていないというか。小学校気分が抜けない中学生っていうか。夏休み気分が抜けてない感じ?」
 陸が「あはっ」と笑った。「僕、2人と話していて思うんだけれど、2人より結構精神年齢高いと思うよ?」
「ひどーい」
 プリプリそう言う有紀子に「ごめんごめん」と返す陸を見て、加奈子が大笑いした。
「それは言えてる。有紀は結構子供っぽいところがあるからね」
「本当、有紀ちゃんがこないだ赤ちゃんプレイだったよ。僕より子供っぽくしゃべるんだもん。僕、お兄ちゃんみたいに思っちゃったよ」
「ほおう、ゆっこには赤ちゃんプレイのご趣味が?」
 ののほんと笑う陸の言葉を聞き逃さなかった加奈子は、ニヤリと笑った。
 「やだ! 陸君変なこと言わないで」
 真っ赤に頬を染めた有紀子が、女の子パンチで空を叩く。
 ほのぼのとした時間が過ぎていた。笑い疲れて一瞬会話に間があった後、陸は2人を交互に見て言った。
「なんかこう――」
 陸は2人の手を取って続ける。
「なんかこう、記憶はないけど、3人で1人って感じがする」
 微笑む陸に2人が笑みを返して、交互に目を合わせる。

 ――そうだ、私達は3人で1人なんだ――

 有紀子と陸と加奈子。3人は同じ想いをいだいていた。それは、のどかな陽だまりに生えた名もなき草花と、そこに響く小鳥のさえずりが織り成して生まれた雰囲気の様に、心を温かくしてくれた。

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