愛するということ

緒方宗谷

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50.病院

2.開戦

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 里美は教えなかった。(事ここに及んだのなら好都合だ。坂本を排除してしまえ)。里美の心の奥に、そのような思いが頭をもたげる。
(多分、病室に行けなかったんだろうな。家族じゃないから)
 どうやって陸と知恵を別れさせるか途方に暮れていた里美にとって、この状況は渡りに船だ。知恵は相当参っている様子だから、このままもっと弱らせて抵抗できないまま陸と自然消滅に追い込んでしまえる。だがそう思うと同時に、里美は後ろめたい気持ちでいっぱいになった。
 必死で泣きすがる知恵を見ると、病室を教えてしまいそうになる。もし病室を教えようものなら、知恵は陸の病室に入り浸るだろう。そうなってしまえば、有紀子の性格上、陸と知恵の間に割って入ることは出来ない。有紀子のためにも言葉をごくりと飲みこむ。
(自分と村上さんで陸君を囲めば、坂本はもう近づけない。陸君が好きなのは村上さんだから、村上さんと仲直りできるなら坂本との距離が離れても戸惑いを感じないはずだよね)
 とても残酷で心が痛む里美であったが、それを耐えぬいて口を開いた。
「知らないよ、私。そもそも陸君がこの病院に入院してるってことすら知らない。自分の体調が悪くて診察に来たの」
「うそ! 大けがしたのあんたのせいでしょ⁉ 教えて! 教えてください!」
「だから知らないって」
「教えてよ‼」
 怒鳴るようにまくしたてる知恵に、里美は「知らない知らない」の一点張りで突き通す。終いにはキレて、「知らないって言ってるでしょ!」、と知恵を突き放した。
 しりもちをついて一瞬呆けた知恵だったが、キッと里美を睨み上げて立ち上がる。「コノヤロ」と声を絞り出して、里美に掴み掛った。
「何するのよ⁉ ちょっと、やめなさいよ、坂本」虚を突かれた里美が叫ぶ。
「教えてくれないのがいけないのよ‼」
 掴み合いになって、警備員に引きはがされた知恵は、足をばたずかせて大泣きし始めた。
「陸君! 陸君‼ わぁぁ~~ん‼」
 かんしゃくを起こした子供の様に泣きじゃくりながら警備員の手を振り払って、再び里美に襲い掛かる。火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。さっきまで里美の力に敵わなかった知恵が、里美を自動ドアの横の壁まで押しやる。
「苦しい坂本! やめて」
 あまりの力の強さに里美の戦意は凍り、抵抗出来ない。
 ベストを掴んだ知恵の2つのこぶしが、里美の喉元に食い込む。知恵は嗚咽を繰り返すほど咽び泣き、もう手の付けようがない。
「教えてって言ってるでしょ‼ 教えるまで放さないんだから‼」
 もう1人警備員がやって来た。2人の警備員に両腕を掴まれた知恵は、そのまま警備員室に引きずられていった。

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