愛するということ

緒方宗谷

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49.合流

4.結末

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 長髪が唾を吐いた。
「チッ、思ったより人が集りはじめてんな。智樹、他の女探そうぜ」
「テメーら、何見てんだ‼」
 工事現場の入り口で見ていた里美は、ケンカが始まると同時に道路を行ったり来たりして、大声で叫んで助けを呼んだ。パニくっていたせいもあって、スマホで警察を呼ぶまでは考えが及ばなかった。
 犯人の男が去った後、里美は急いで陸のもとに走って行く。駆け寄る里美を見た加奈子が叫ぶ。
「里美、救急車呼ばないと!」
「大丈夫、もう誰か呼んでくれたから!」
 膝が擦りむけるのもいとわず勢いよく跪いた里美は、有紀子の膝で昏睡する陸の頭に、持っていたハンドタオルを押し当てる。ドクドクと血が溢れ出るのが手のひらに伝わる。その生温かさは、陸の生命そのものように感じられた。とても不安にさせる温かさだ。里美は、陸が死んでしまうのではないか、と恐ろしくなった。
 急に里美が泣きじゃくり始める。
「私がいけないんだ。私が陸君を誘ったりしたから」
 加奈子が叱咤した。
「何言ってんの里美。里美が悪いわけないじゃん。あいつらが悪いんだよ。あいつらよくもこんな酷いこと」
 ハンドタオルだけじゃ足りなくて、里美は買ってもらったばかりのカーディガンを出して陸の頭を縛る。
 グッタリとした陸の表情から見る見るうちに血の気が引く。止まらない出血。3人は焦るばかりで何もできない。不安が不安を呼び焦燥しきっていた。
 こういう時、人は結構残酷なものだ。敷地の外では多くの人が野次馬となって様子を窺っているのに、誰も中に入って来て助けようとはしてくれない。広い工事現場の無感情な砂利の上に見捨てられた3人は、まだかまだかと救急車のサイレン音を待った。あたかも砂漠のど真ん中に放置されて、飢えと渇きで死ぬのを待つかのような心境で。
 最初に到着したのは、交番勤務のおまわりさんだった。自転車で有紀子達のそばまでやって来た後、何やら無線でやり取りしている。遠くから1台のパトカーのサイレンが聞こえてきて入り口にとまると、数人の警官が走ってやって来きた。
 瞬く間に多くのサイレンをけたたましくならしたパトカーが集まって来て、無数の警官達が陸たちを取り囲んだ。
 様子を見て動かさない方が良いと判断した警官は、有紀子に婦人警官を付き添わせて、加奈子と里美を離れたところに連れて行く。そして状況について質問をし出した。
 どれだけの時間が過ぎたのか。短くはない時間を経てようやく到着した救急車から救急隊員が急いで走って来て、陸をストレッチャーに乗せて連れて行く。
 追いすがるように駆けて行く有紀子を見て、加奈子は警察の質問を振り切って走り出した。
里美も居ても立ってもいられなかった。
「すいません、私も。後は病院で話しますから」と叫ぶ加奈子に続いて、「私も」と里美も叫ぶ。
 無理やり乗り込んだ3人を連れて、救急車はサイレンを唸らせながら走っていった。


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