愛するということ

緒方宗谷

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38.友情

6.特別

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 心地良い日差しの中で釣りを楽しみながら、川の流れに心のもやを流している時、2人以外の気配が無くなると、たまに親友だけの秘密を打ち明け合う。
 いつものことだが、大抵本人が重大だと思っているだけで、聞いている方は大したことない、と思っている場合が多い。お互いいつも聞き流し合うだけだ。結論も出ない。でも一番友情が育まれる大事な時間だ。
 小栗は、不意に原口が好きだと打ち明けた。
(原田真理?)寺西は、(確かに可愛いよな)と思った。一言だけ、「ふーん」と答える。
 原田真理は学年で1、2を争う天才だ。髪は黒のストレート、セミロングとボブの間位で、シャギーも段カット(寺西はレイヤーをこう呼ぶ)も入っていない昔ながらの女子っていう髪型。大抵は細いリボンでポニーテールにしている。蝶結びも控えめだ。男友達も吉澤和也とか新村信也とか頭の良いやつしかいない。
(とてもじゃないが、おちゃらけてる俺らとは世界が違う)。そう寺西は思った。(たしか皇大(国内最高峰の大学)目指していたような……。吉澤も新村も帝大(No.2)や王大(No.3)を狙ってたよな? 栗ちーのヤツ、どこで接点あったんだ?)
 そう寺西が考えていると、小栗が話し始めた。
「去年さ、放課後帰ろうと思って一段飛びで下りてったの」
 一段飛びとは、階段をワンステップで飛び降りることだ。一番上から踊り場まで一飛びで着地する結構スリルのある技である。
「そしたらさ、俺が2階から飛び降りた時に、ちょうど原田が踊り場にいて、すごい音を立てて着地した俺に驚いて、ビクッて縮こまって、『びっくりした!』って言ったんだ。
 俺、ワリィって言って1階に飛ぼうとした時、『気を付けてねって』って言ったんだよ。
 なんか変な間でさ、半テンポずれた感じ? 俺、おうって言って振り向いたら、目があったの。胸の前でノートか教科書持った手を斜め十字にしてて、ニコッて笑ったんだ。
 すんげー可愛くって…………、…………好きになった……」
 寺西は小栗の話を聞きながら、(確か、原田って吉澤といい感じだよな)と思い返していた。だから、(玉砕したのかな?)と心配になった。
「告白したの?」
「いや、出来ねーよ、頭違い過ぎんもん。俺とじゃ釣り合わねーだろ」
 寺西は下唇を嚙んで、川に視線を落とした。
 少し悲しげに小栗が笑って言う。
「下駄箱に、合格祈願のお守り入れといた」
(原田真理は頭脳界の頂点に座っていて、俺達は底辺にいる。ヒエラルキーは何段違うんだろう?)寺西は空を見た。
 1年の時、原田真理のことばかり見ていた寺西は、「お前、原田のことが好きだろう?」と小栗に言い当られたことがあった。寺西は、一時期小栗に「告白しろ、告白しろ」と迫られていた過去がある。だが、2年になってからぱったりと止まったことを思い出した。
(悲しいけどしょうがないよな。俺もお前も、原田とは無縁の世界で生きてるんだからな)
 寺西は(心がなんか甘酸っぱい感じがする)と思った。(たぶん、栗ちーも同じ気持ちなんだろうな)とも思っていた。


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