愛するということ

緒方宗谷

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38.友情

1.小栗から見た寺西  

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 釣りに来る度に、小栗と寺西はいつも思う。埼玉の方が東京よりスゲーって。どこまで行っても町が広がっている。2人の家の方には畑があるから、地元の方が田舎に思えた。
 飯能で電車を降りて、北口からバスに乗ってバーベキュー場がある辺りまで行く。
 バスの中、いつもの辺りでいつものように小栗が口を開く。
「寺っち、俺いつも思うんだけど、飯能ってでかい町だよな」
「テレビで見る埼玉県民は自虐的なのに、なんか悔しいよな」
 さすがに高校の最寄り駅の国分寺にある繁華街は負けていないけど、と続けて思った小栗が、「目くそ鼻くそ(笑)」と言った。
 しばらくすると、左右を山に囲まれた谷間に流れる入間川に平行して、家々が並ぶようになる。
 2人は車窓から眺める景色がとても好きだ。牧歌的というわけでも無く、田んぼが広がっているわけでも無い。家々の塊が森の一部のような木々に囲まれていて、なんか箱庭風。山の中に町があるみたいで格好良い。
 いつもは地元の秋川で釣りをする。行こうと思えば、自宅から見える山まで自転車でもいける。
 なのに、わざわざこんなにも遠い飯能まで電車を何度も乗り継いでやって来るには訳がある。訳と言っても大した訳ではない。飯能の山々とその合間の家々が織りなす光景が、ただただ心にマッチしたのだ。
 バスの窓から木々の香りが入ってくる。檜の香りっぽい。入間川に遊びに来るようになった初めの頃、寺西が檜の香りを知らないって言ったのを小栗は思い出した。
「温泉の脱衣所の香りだよ」
 小栗がそう教えてやると、「ああ、神戸の匂いか」と言って、神戸旅行の話をし出したことがある。
 神戸には阪神淡路大震災の資料館があるらしい。父親が役所に勤めていて、旅行がてら災害の勉強をしに岩屋にある資料館を見学に行ったそうだ。
 東京のどこかのホテルにも災害関係の図書館があるが、そこには本が置いていないから、神戸の方が楽しい、と言っていた。図書館なのに本が置いていないとはどういうことだろうか。興味がなくて聞き流した小栗は未だに分からない。
 車窓から眺める景色には、工房やギャラリーが点在している。それを見た寺西はポツリと言った。
「将来ここに住みたい」
「いいね、何するの?」
「うーん、分かんねー」
 俺だったら何をするか、と小栗は考えた。(飯能でバイトをしながら、川遊び三昧だろうな)そう思った。(ここじゃ仕事ないだろうな、人いねーし。ギャラリーって何展示してあんだろう、人いないのに食っていけてんのかな?)
 そんなことを考えていると、寺西が言う。
「栗ちーだったら何するの?」
「俺? そうだな、ワーケーションが出来る会社に勤めて、朝昼晩河原でメシ食う」
 寺西が笑った。
「お、いいじゃん、リアルだな」
「寺っちは?」
「うーん、分かんね」
 多分寺西は芸術家になるだろう、と小栗は思った。思いつきで内容もコロコロ変わるけど、昔から図工が得意だったし、今でもプラモを作るのが大好きだからだ。

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