愛するということ

緒方宗谷

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19.木下萌愛 

1.理想と現実

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 休みの日、萌愛は大抵いつも大好きなゲームをして、1日を過ごしている。クリスタルプリンセスという名の恋愛シュミレーションゲームだ。主人公の女の子が、沢山の格好良い王子様に傅かれて愛を育てていくゲーム。
 舞台となる学校には、王侯貴族しか在校していない。主人公の萌愛は、どんな姫君もうらやむ可愛さで登場し、王子様達を魅了する。
 体育祭、文化祭、夏祭りなど、ありとあらゆるイベントが用意されていて、毎月新しいイベントが幾つも追加される。有料のものもあるが、月一で必ず無料イベントが配信されるので、萌愛は欠かさずプレイしていた。
 理想の自分はこんなじゃない。もっと目が大きくて、黒目に星がたくさん輝いている。まつ毛も長くて色白で、みんなに愛されている。本当の私は、今の私じゃない。萌愛はそう思っていた。
 鏡を見る度に反吐が出る。黒髪で肌は濃いベージュ、一重で細い目、三角形のおちょこ口。とても可愛いなんて思えない。どうしてこんな顔に生んだんだろう。お母さんのせいではないと分かっていても、なんか恨んじゃう。整形でもしようかな。お小遣い貯めて。バイトもしよう。
 前にやったゲームの主人公は、髪を腰まで伸ばしていた。とても可愛かったので萌愛もしてみた。スーパーロングというやつだ。でも似合わない。
 何で今まで気が付かなかったんだろ。腰まで伸びたら似合うかもってなんで思えたのかな? あほらしい。高2の夏前に普通のロングにした。あまり短くすると可愛くない。でも長ければ可愛い。そう思えた。
 なんかムカつく。今日もムカつく。最近来た転校生に里美も柚奈も夢中だ。
 別に里美と仲が良いわけではない。ただ一緒にいるだけ。高校に入ったばかりの時、席順は生年月日順だった。それで、萌愛の後ろに里美が座った。それがきっかけだった。
 初めは嫌だった。妙に心のテリトリーにつま先を入れてくる。時々土足でかかとまで入れる。そんなこと訊かないでってことまで訊いてくる。もう嫌だ。ウンザリする。また学校来るのやめようかな。そんな思いがもたげてくる。
 『里美って呼んで』だって? 勝手に私の事下の名前で呼ぶんじゃねーよ。口に出して言えなかった。
 高1の夏休みが明けた頃、久しぶりに手首を切ってみた。アイツのせいだ。里美のせいで、私はまた学校に通えなくなる。この齢で拒否ったら、もう普通の人生は歩めなくなる。一生引きこもって生きていくんだろうな。休み明け初日から行かなかった。
 本当に死にたい、と思ってするわけではない。何だかよく分からない。衝動的にしてしまうのだ。ピリッとする痛みが走る直前が一番集中する。何も考えてない。なぜかリセットできる気がする。またやってしまった。でも止められない。だってこの間は、気が付いているのにやめるということが考えられなかった。
 目立つほどの痕にはなっていない。よく見ればリストカットかなと思う程度。シワだと言えばシワに見えなくもないから大丈夫。誰にもばれていない。

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