愛するということ

緒方宗谷

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18.金子柚奈 

1.異質

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 金子柚奈の国籍は外国だった。本名は別にある。普段は日本名を名乗っているが、特別国籍を隠しているわけではない。
 日本語の方が得意だし、同じモンゴロイドだから見た目も違わない。小学校でも中学校でも特別困ったことは無い。ただ、母国の文化を表に出さないようにしていた。
 日本人は気が付いていないようだが、日本人の差別意識は非常に強い。もともと天変地異の多い島国に暮らしていて、仲間意識を高めていかないと生きていけなかった。結果として、団体行動が不得手な者は淘汰されて、『右向け右』と言えば全員右を向く民族に育ってきたのだ。
 非協力的な者がいれば、稲の刈り入れなどが停滞してしまうし、地震干ばつなどがあれば、我慢して協力し合って乗り越えていくことが出来なくなる。このような環境のもと、生存戦略上とても排他的な性格になったのだろう。 
 良い面が発揮されればチームプレイが得意で、どんな荒波も乗り越えていける最強の船団の様だが、問題も多い。
 別に悪いことをしたわけでも無いのに、グループのメンバーと趣味趣向が合わないとか、考え方が違うとかというだけで排除しようと暴走する者もいる。仲間意識が強ければ強いほど、文化や国籍などのちょっとした差異があるだけで、ひどい目に遭う人達がいる。仲間意識を高めたり確認したりする手段に利用されることすらあるほどだ。
 ごくまれに見るニュース、他にも親戚や友達から差別の話は聞いていたから、柚奈も気を付けていた。それでも国の伝統行事の日を迎えると、家の中では民族衣装を着て、伝統料理に舌鼓をうつ。
 中学生の時の冬のある日。大人達が程よく酔った頃、柚奈は親戚の女の子と外へ出た。普段は民族衣装で外に出ることは無い。でも、ジュースが無くなってしまった。仕方がない。自動販売機はすぐそこだから大丈夫。そう思っていた。
「お、金子、なんだそれ、和服じゃねーな? 何服だ、それ?」と男子の声がする。
 2人で多摩川上水の遊歩道を歩いていた柚奈は、聞き覚えのある声に呼び止められて、ドキッとした。振り向くと、興味津々のクラスメートの男子2人が、下品な笑みを浮かべてやってくる。意地悪な島田だ。しまった、と思ったが、後の祭り。
「あれ飲ませてくれよ、なんていったっけ? あの白い酒」下品にせせら笑いながら、島田は長い袖を抓んではためかせた。
「やめてよ、島田、触らないで!」柚奈が拒む。
 島田は、チビのくせに力が強い。柚奈は、親戚の子に手伝ってもらって袖を引くが、女の子の力では太刀打ちできない。
「なんか珍しいもん食わせてくれよ」
 もう1人が、にやけながら言った。
 こういうことか。差別されるってこういうことか、と柚奈は思った。初めての差別。差別というよりイジメの様だが、彼らの行為の根源には、異文化に対する中傷がある。大人しい性格の柚奈達には、決然とした態度で男子に臨むことが出来ない。
 よりにもよって、こんな奴らに見つかるなんて。民族衣装で外に出なければ良かった、と柚奈は後悔した。
 
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