愛するということ

緒方宗谷

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15.旅行2日目 

4.世界一美味しい芋虫

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 突然、陸が新しい話題を振った。
「関係ないけど、旅行っていったら、ちんすこうがスゲー美味しかった」
「ちんすこう最高」加奈子が乗った。「芋虫みたいな形して何であんなに美味しんだろー」
 陸も加奈子も海が好きだ。昨日今日と伊豆の海を見ていて、2人は中学の時の家族旅行で沖縄に行ったことを思い出していた。有紀子は行ったことが無いから、陸と加奈子の会話に入れない。何かないかと考えるが、何も思い浮かばない。有紀子が唯一思い浮かんだ言葉は、これだった。
「何で伊豆に来て色々観光したのに、沖縄なの?」
「確かに」(一同)
 でも結局、沖縄の話は続いた。しかも話を終わらせる一言を発した有紀子が,そのまま続けた。
「あの変な鳥なんだっけ?」と加奈子を見る。
「あ、あれ? いたいた! 変な鳥、黒くてイボイボがあるやつ。
 ガチョウかアヒルとカモか何かの合いの子だよね」
「ああ、ガガモ?」陸が呟く。
「ガガモ? ガガモって言うの?」有紀子はようやく陸と話せた。
「ううん、僕が勝手に呼んでいるだけ。もしかしたら、警備員がそう教えてくれたのかもしれないけど、いまいち記憶ない」
 陸は楽しそうに思い出し笑いをした。話を続ける。その鳥を知らない有紀子の両親は興味津々だ。一口ご飯を食べた陸が、加奈子に向かって言った。
「あれでしょ? 首里城の裏にある川にかかった橋のそばに住んでるやつ、2羽いるの」
「そうそう、その鳥、鼻の頭にイボイボがあってキモカワなやつ」
 大きさはガチョウ並みに大きくて、見た目はアヒルの様な鳥だと、陸と加奈子は2人して説明する。ただ、誰も見た目の区別を想像できない。そもそもガチョウの羽の色ってなんだっけ? アヒルが白いのとカモが茶色と緑色なのしか分からない。
 とりあえず結構大きくて黒い鳥だったと思う。もしかしたら斑だったかも、と色々な話が飛び交う。目撃者は4人いるが、みんな記憶が曖昧だ。陸と加奈子の2人がスマホで検索するが出てこなかった。
 陸のお母さんの話では、陸はずっとガガモを面白そうに眺めていたらしい。
「それに気をよくした警備員のおじさんが話しかけてきて、『河原にハブが住み着いているから見に行こう』と誘ってきたの。2人して川に下りて歩いていっちゃって。
 浅くて細い小川程度だっのだけれど水辺に下りて、しかも毒蛇を見にいくのよ。母親としては心配の限りだったわ」
 みんなしてゲラゲラ笑う。
 その笑いの余韻の中で、有紀子は気付いた。陸の笑みが薄れていく、と。
 交通事故の後遺症か、陸には当時の記憶はあまりなかった。ガガモとは自分で命名したのだろうか、それとも警備員がそう言ったのだろうか。分からない。いつまでも悩んでいた。
 隣で加奈子がググっているスマホにガガモが出てこないのを見て、有紀子が笑って言った。
「多分、陸君がつけたんだよ」有紀子が陸を見上げる。
 陸は嬉しくてはにかんだ。

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