愛するということ

緒方宗谷

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8.家庭味ラーメン 

3.ここがどこだか分からない

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 無人駅だ。田畑と民家しかない。とても観光地があるようには見えなかった。呆然と辺りを見渡す里美に、「さあさ、行きますよ」といった風にひいちゃんが促す。行くってどこへだろう。
 杖の突きにくい砂利道だったので、里美はひいちゃんの腰に手を添えてついていった。観光案内板もない。駐車場にタクシーが待っていた。電車の中でひいちゃんがタクシーの配車を頼むのを見て、意外にデジタルだと里美は感心した。楽ちんな観光旅行になる、と高をくくっていた電車の中とはうって変わって、とても不安をいだいてタクシーに乗り込む。
 ひいちゃんが、運転手に言った。
「この辺りでご飯が食べられるところに連れてってください。郷土料理がいいです」
「この辺りには、ラーメン屋が2軒あるだけですよ」
 2人のやり取りを聞いて、里美は愕然とした。あまりにイメージと違うので、逆に吹き出しそうだ。
 里美は、ケラケラと笑うような笑顔を見せ、ひいちゃんを覗き込む。
「ひいちゃん、喜多方ラーメンにしようよ」と里美が言うと、運転手が、「ん? 喜多方ラーメンは無いよ、白河ラーメンだけど」と言う。
 白河? 白河ってどこだ? 確か、新幹線を降りた駅は新白河だったと思うけど。
 里美はいまいちピンとこない。ひいちゃんがそれで良いと言うので、タクシーは出発した。
 なかなか良い雰囲気のラーメン屋さんだ。個人でやっているような店構えで、店内も清潔感がある。東京の様におじさん達の憩いの場、という雰囲気は無い。座敷もあって家族連れも来られるような雰囲気であった。
 どうせ頼むなら、一番いいやつにしよう、と里美は思ったが、種類は少ない。もともと外でラーメンを食べる機会はほとんど無いが、もっと色々あっても良いはずだ、と思った。
 小声で落胆の言葉をつぶやく里美に、「手打ちだから、一点集中」ひいちゃんはそう言う。
 確かにそうかもしれない。中学を卒業してすぐに、友達がバイトを始めた。里美は、「料理をするなんてなんてすごい」と褒めたが、友達は首を横に振って言った。
「全然しないよ、温めるだけとか盛り付けるだけとかだもん。調味料をかけるだけだから楽ちんよ。料理自体は半調理状態だから、湯せんしたりレンジでチンしたりするだけ」
 仕込みも切るだけで、煮る焼くはしない、と言う。一度食べに行った時、メニューの多さに仰天したが、どの料理もほとんど工程は一緒だから簡単らしい。
 それを思い出した里美は厨房で調理する人を見て、“家庭の味ラーメンか”とニンマリした。勝手な想像で、調理する男の人と配膳する女の人は夫婦なのだと考えた。
 里美が頼んだのは、焼豚ワンタン麺。焼豚5枚とワンタンが5個乗っかっている。自家製だろうか。中華料理に出てくる叉焼とは違うし、東京で見る濃い灰色の焼豚(煮豚?)とも違う。肉肌は白くて少し赤みがかっていた。炭火で燻し焼きにしたようにみえる。
 里美は、思わずつばを飲んだ。微かに広がる香ばしい匂いが鼻をくすぐり、食欲がわいた。
 ワンタンも面白い。ふわふわでしっとりした天使の様な羽があって、豆粒くらいのひき肉が入っている。とても可愛い。
 麺はちぢれ麺で、ツルツルしていて嚙み応えがある。いつも食べているインスタントと違って、しっかりとした小麦の味がした。生粋(昔ながら)のラーメンといった感じがする。鳥ガラベースの優しい醤油味だ。
 ひいちゃんと分けよう、と頼んだ餃子はニラが効いていて美味しい。素朴な味だ。餃子を食べながらラーメンのスープを口に含むと、ひき肉のうま味が控えめに口いっぱいに広がる。こういうラーメンなら、また食べたい、と里美は思った。

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