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6.篠原里美
2.不満のたけ
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帰国したての頃の里美は、うっぷんを晴らすかのようによく曾祖母に電話をしていた。
「聞いてよ、ひいちゃん」
里美は、曾おばあちゃんのことを曾(ひい)ちゃんと呼んでいた。今も存命でもうすぐ100歳。
「私、高校はどうしようかなって思ったの。お父さんとお母さんは、国際的な高校に入れたいみたい。
確かに受験なしで、簡単な筆記と面接だけで入れるらしいから楽なことは楽だけど、でもいろんな国の人がいるし、アメリカみたいな生活は送りたくないんだよね」
曾祖母は、電話口で静かに聞いている。里美は、お構いなしに続けた。
「日本が悪い、日本が悪いって言われても、知らないってーの、だって私生まれてないじゃん! あんた戦争したのかって感じ、大昔の歴史のこと未だに言ったってしょうがないじゃん。
じゃあ何? あんたの国の戦争の責任とってくれるの? あんたらだって戦争してきたじゃん」
間を置かずに縷々として話す里美に何か言いたげな曾祖母だが、割り込めない。
里美は戦争を肯定しているわけではない。悪いことだと分かっている。日本に戻って来てから、中2の2学期の終わりからやり直して1年を公立中学校で過ごしたから、多少の戦争の話は授業で聞いている。
戦争はいけないことだ。日本が植民地を持ったこともいけないことだと思う。
里美は一度、誰のせいで私はこんな目に遭っているんだと憤って、歴史の先生に質問したことがある。その答えを聞いて、里美はびっくりした。
先生は、日本はもうちゃんと謝罪している、と言う。調べると確かに何度も謝っていた。ますます自分がヘイトの対象になっていたことが理不尽でならない、と思った。
昔の日本が悪いことをしたという認識はあるが、ああも繰り返し繰り返しあることないこと非難されると、逆にムカついてしまう。心理ってそういうものだろうか。反省が裏返ると怒りに変わるのだ。
里美の話は続いていた。
「戦ってよかったんじゃないの? 戦らなきゃウチらが植民地じゃん。ひいちゃんもそう思うでしょ? 戦ったから、今の平和な日本があるんだから」
里美の知識からは、東京大空襲や原爆の知識が抜け落ちている。つらい時代か続いたことを知らないわけではないが、口汚く罵られたことで溢れた感情に沈んでしまったのだ。
他にも多くの知識が欠落している。捕虜にした連合国軍人の扱いが劣悪だったとか、地元住民を無下に扱ったとか。そもそも負けっぱなしの戦況を教えてもらえずに、戦争に駆り立てられて、ひどい目に遭った日本人が大勢いる。
繁栄した江戸の昔、富国強兵や殖産に沸く明治、モガやモボなどの文化が花開いた大正、世界第2位の経済大国へとのし上がった昭和。里美は、終戦前後の悲惨さや復興期の大変さ、失われた20年と言われる平成の大不況も知らない。
数年戦争をしたけれど、一貫して今の平和の中でみんなは暮らしてきた、と思っていた。
「聞いてよ、ひいちゃん」
里美は、曾おばあちゃんのことを曾(ひい)ちゃんと呼んでいた。今も存命でもうすぐ100歳。
「私、高校はどうしようかなって思ったの。お父さんとお母さんは、国際的な高校に入れたいみたい。
確かに受験なしで、簡単な筆記と面接だけで入れるらしいから楽なことは楽だけど、でもいろんな国の人がいるし、アメリカみたいな生活は送りたくないんだよね」
曾祖母は、電話口で静かに聞いている。里美は、お構いなしに続けた。
「日本が悪い、日本が悪いって言われても、知らないってーの、だって私生まれてないじゃん! あんた戦争したのかって感じ、大昔の歴史のこと未だに言ったってしょうがないじゃん。
じゃあ何? あんたの国の戦争の責任とってくれるの? あんたらだって戦争してきたじゃん」
間を置かずに縷々として話す里美に何か言いたげな曾祖母だが、割り込めない。
里美は戦争を肯定しているわけではない。悪いことだと分かっている。日本に戻って来てから、中2の2学期の終わりからやり直して1年を公立中学校で過ごしたから、多少の戦争の話は授業で聞いている。
戦争はいけないことだ。日本が植民地を持ったこともいけないことだと思う。
里美は一度、誰のせいで私はこんな目に遭っているんだと憤って、歴史の先生に質問したことがある。その答えを聞いて、里美はびっくりした。
先生は、日本はもうちゃんと謝罪している、と言う。調べると確かに何度も謝っていた。ますます自分がヘイトの対象になっていたことが理不尽でならない、と思った。
昔の日本が悪いことをしたという認識はあるが、ああも繰り返し繰り返しあることないこと非難されると、逆にムカついてしまう。心理ってそういうものだろうか。反省が裏返ると怒りに変わるのだ。
里美の話は続いていた。
「戦ってよかったんじゃないの? 戦らなきゃウチらが植民地じゃん。ひいちゃんもそう思うでしょ? 戦ったから、今の平和な日本があるんだから」
里美の知識からは、東京大空襲や原爆の知識が抜け落ちている。つらい時代か続いたことを知らないわけではないが、口汚く罵られたことで溢れた感情に沈んでしまったのだ。
他にも多くの知識が欠落している。捕虜にした連合国軍人の扱いが劣悪だったとか、地元住民を無下に扱ったとか。そもそも負けっぱなしの戦況を教えてもらえずに、戦争に駆り立てられて、ひどい目に遭った日本人が大勢いる。
繁栄した江戸の昔、富国強兵や殖産に沸く明治、モガやモボなどの文化が花開いた大正、世界第2位の経済大国へとのし上がった昭和。里美は、終戦前後の悲惨さや復興期の大変さ、失われた20年と言われる平成の大不況も知らない。
数年戦争をしたけれど、一貫して今の平和の中でみんなは暮らしてきた、と思っていた。
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