愛するということ

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
21 / 192
6.篠原里美

2.不満のたけ

しおりを挟む
 帰国したての頃の里美は、うっぷんを晴らすかのようによく曾祖母に電話をしていた。
「聞いてよ、ひいちゃん」
 里美は、曾おばあちゃんのことを曾(ひい)ちゃんと呼んでいた。今も存命でもうすぐ100歳。
「私、高校はどうしようかなって思ったの。お父さんとお母さんは、国際的な高校に入れたいみたい。
 確かに受験なしで、簡単な筆記と面接だけで入れるらしいから楽なことは楽だけど、でもいろんな国の人がいるし、アメリカみたいな生活は送りたくないんだよね」
 曾祖母は、電話口で静かに聞いている。里美は、お構いなしに続けた。
「日本が悪い、日本が悪いって言われても、知らないってーの、だって私生まれてないじゃん! あんた戦争したのかって感じ、大昔の歴史のこと未だに言ったってしょうがないじゃん。
 じゃあ何? あんたの国の戦争の責任とってくれるの? あんたらだって戦争してきたじゃん」
 間を置かずに縷々として話す里美に何か言いたげな曾祖母だが、割り込めない。
 里美は戦争を肯定しているわけではない。悪いことだと分かっている。日本に戻って来てから、中2の2学期の終わりからやり直して1年を公立中学校で過ごしたから、多少の戦争の話は授業で聞いている。
 戦争はいけないことだ。日本が植民地を持ったこともいけないことだと思う。
 里美は一度、誰のせいで私はこんな目に遭っているんだと憤って、歴史の先生に質問したことがある。その答えを聞いて、里美はびっくりした。
 先生は、日本はもうちゃんと謝罪している、と言う。調べると確かに何度も謝っていた。ますます自分がヘイトの対象になっていたことが理不尽でならない、と思った。
 昔の日本が悪いことをしたという認識はあるが、ああも繰り返し繰り返しあることないこと非難されると、逆にムカついてしまう。心理ってそういうものだろうか。反省が裏返ると怒りに変わるのだ。
 里美の話は続いていた。
「戦ってよかったんじゃないの? 戦らなきゃウチらが植民地じゃん。ひいちゃんもそう思うでしょ? 戦ったから、今の平和な日本があるんだから」
 里美の知識からは、東京大空襲や原爆の知識が抜け落ちている。つらい時代か続いたことを知らないわけではないが、口汚く罵られたことで溢れた感情に沈んでしまったのだ。
 他にも多くの知識が欠落している。捕虜にした連合国軍人の扱いが劣悪だったとか、地元住民を無下に扱ったとか。そもそも負けっぱなしの戦況を教えてもらえずに、戦争に駆り立てられて、ひどい目に遭った日本人が大勢いる。
 繁栄した江戸の昔、富国強兵や殖産に沸く明治、モガやモボなどの文化が花開いた大正、世界第2位の経済大国へとのし上がった昭和。里美は、終戦前後の悲惨さや復興期の大変さ、失われた20年と言われる平成の大不況も知らない。
 数年戦争をしたけれど、一貫して今の平和の中でみんなは暮らしてきた、と思っていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...