愛するということ

緒方宗谷

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5.揺れる想い

2.気づき

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 教室に帰る途中、廊下で里美がぽつんと言った。
「村上さんって、あんな髪型だったけ?」
「そうじゃなかったけ?」柚奈が答える。
「違うよ、前はボブだったかな? ショートだったかな? 肩くらいはあったよ」
 後ろを振り向いて今までと一緒だと言う柚奈を否定して、萌愛が言う。
 加奈子の髪は、だいぶ短くなっていた。前髪は変わらないが、横から後ろにかけてはアゴにかかるくらいまで短い。後頭部の形が良いから、とても似合っている。
 前よりもボーイッシュになったにもかかわらず、不思議と色気が出てきた。男子の間でそういう噂が出たのではない。女子の間でそう囁かれていた。少し傷んだような髪質は、しっとりサラサラに生まれ変わっている。今までよりも中性的になった。
 もともと女子に人気の高い加奈子だが、髪を伸ばしてお淑やかにすれば男子の人気も得られるだろう。クラス(学校中でもいい)の美人ランキングでは、確実に上位に食い込む。
 有紀子と陸、2人をくっつけようと心を鼓舞したあの日、加奈子は行きつけ美容室の前に立っていた。
「あれ? 加奈子ちゃん、どうしたの?」
 美容室の、少しピューマぽくて格好良い店員が言った。加奈子はこの間来たばかりだった。平静を装いつつも、おずおずとした感じが滲んでいる。
「予約入れていないんですけれど、入れますか?」加奈子が訊く。
「んー、ちょっと待って」
 少し困った様子の店員は、レジを兼ねたパソコンをいじる。
「うん、今ならちょうど大丈夫だよ、どうしたの?」
 店員は、加奈子に恋人ができたのだと思った。以前から好きな人はいるのだろう、と気が付いてはいたが、親密になれない距離にいるのだろう、と思っていた。ときおり背中を押してあげようと、「彼氏はできた?」とか、「好きな人はいるの?」、などと訊いたことがある。返ってくる言葉は、「全然」の一言しかないから、それ以上つっこまなかった。
 あえて加奈子の変化に口を出さない。髪型についてあれこれ話す加奈子の表情は、少しはにかんでいて、好きな人に良く見られたい、という希望に満ちている。初恋でもしたかのようだ。
 店を後にする加奈子に、店員は「頑張ってね」と一声かけた。加奈子は笑顔で振り返って、手を振って帰って行った。
 学校での評判は上々だ。有紀子もとても喜んでくれて、綺麗になった髪に手ぐしを入れて褒めてくれた。
 誰も加奈子の心境の変化に気が付く者はいない。みんなようやく女の子らしくなった、と思った程度だ。唯一里美を除いて。
 里美は、加奈子が陸に恋心をいだいた、と気が付いた。有紀子は眼中にない。確かに彼女も可愛いが、自分を押しのけられる力は無い。里美は加奈子を敵と認識した。

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