愛するということ

緒方宗谷

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2.有紀子と加奈子 

3.ウブ

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「有紀子君、最近一段と元気が無いですなぁ」加奈子が言った。
 有紀子本人も最近元気がないということは気が付いていた。朝ご飯を食べてもチャージできず、そのまま登校途上。元気がないを通り越して暗いくらいだ。
 反応の鈍さを見て、加奈子は察しがついた。
「あー、また陸君だっけ? 幼馴染みの夢のことね」
「……」
「忘れられないわけね」
「うん」
 随分と長い時間に思えた。実際はそれほど長くない時間、加奈子は無表情で有紀子を見つめていた。
「……💡!」不意に何かを思い付いた加奈子が、変に明るくて大袈裟な笑みを浮かべて有紀子を見る。
「パーとさっ、恋でもしちゃえば?」
 普段は出さない高い女の子声で加奈子が言う。少し可笑しくて元気が出る有紀子だったが、少し呆れた様子で答えた。
「そう簡単に……。そもそも相手がいないじゃない」
「何を言いますか。目の前にハンサムちゃんがいるではありませんか」
 とても冗談めいたニンマリ顔で加奈子が笑う。
 陸が引っ越していってから、時間が止まったかのように有紀子は感じていた。多くの思い出が色あせていったけれど、陸との思い出は色あせていないように感じる。実際映像記憶はほとんどないのだが、強すぎる想いが記憶を補てんして余りあるものにしていた。
 陸のお嫁さんになると言ったこと、引っ越す陸に泣いて追いすがったこと、これだけが映像記憶で鮮明に残っている。延々とこれだけを繰り返して思い出していた。そのせいか現実の時間が経つのが早い。今という時間の中に自分がいないように感じる。それで9年過ぎたのだ。
 
「……子、……子、有紀子! もー聞いてるの? 授業終わってるよ」
 とても遠くから、加奈子の声が聞こえる。有紀子は我に返って、ポツリと言った。 
「え? 何? もう一度言って?」
「だから、授業は終わってるって」
「え~? そんなー‼」
 加奈子は呆れ顔で隣の席に腰を下ろす。背もたれ側に胸を向けて大股を開いていた。スカートは長めで膝まであるとはいえ、パンツが見えてしまいそうな大胆な座り方が加奈子らしい。
 開放的な性格だが、あまり肌を露出しない。綺麗過ぎて色気が無いように思える。ひざ下までのハイソックスを穿いているので、膝の皿が少し見える程度、清純女子といった雰囲気がある。――もちろん、大人しくしていればだけれど。
 有紀子は、ため息をついた。
「なんにも手につかないよ、頭の中に陸君がいっぱいで」
「忘れればいいじゃん、モテるんだからさ。……恋してみれば?」
 背もたれに両腕をついてそこにアゴを乗せ、授業前とはうって変わって低い声で加奈子が言った。そしてボリュームを下げて更に言う。
「恵まれた体をフルに使わなきゃ、……バージンじゃないんでしょ?」
 すごい意味深な表情だ。有紀子は、自分が未経験であることは加奈子なら分かるはずだと思った。同時に、有紀子は顔を赤らめて視線を落とす。初体験をしろと促されているように感じたからだ。
「?」加奈子は反応を待つ。
「恵まれたってあんたの自慢か」と有紀子が呟き、そっぽを向く。加奈子は慌てた様子で、「ごめんね」と表情で謝った。

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