愛するということ

緒方宗谷

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1.追憶

1.7歳 

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「また、あの夢だ」
 有紀子が朝起きると、時折涙を流していることがあった。そういう時は、必ず同じ夢を見ている。
 幼い頃、近所に住んでいた上条陸という幼馴染の男の子と遊ぶ夢なのだが、最後は必ず別れるシーン。
 幼稚園が一緒だったその男の子とは、幼稚園でも家に帰って来てからも、いつも一緒に遊んでいた。自宅近くの公園でブランコに乗ったり、砂場でお城を作ったりして、いつも2人で過ごしていた。
 登園時は必ずお迎えに行っていたし、風邪をひいた時はお見舞いにも行ったし、来てもらってもいた。
 誕生日にはプレゼント交換をして、バレンタインデーには必ずチョコレートをあげた思い出。
 当時、有紀子は常々言っていた。
「私ね、陸君のお嫁さんになるんだ」
「いいよ。僕も有紀ちゃんのこと大好きだから、結婚しようね」
 幼い有紀子には、この様な時間が永遠に続くように思えていた。仲睦まじいお父さんとお母さんの様に陸と結婚して、お嫁さんになるのが夢だ。
 おままごとが大好きな有紀子にとって、大好きなお母さんの様になるのが将来の夢だったし、隣には陸がいるものだと信じていた。
 おままごとで新妻を演じる有紀子が、仕事から帰ってきたお父さん役の陸に言った。
「あなた、今日もお仕事お疲れ様。今日はビーフシチューにグラタンですよ」
 淡い恋心を隠しもせずに、陸のことが好きだと色々なところで言っていたし、陸も好きだと言ってくれている。幼稚園や家で遊ぶおままごとで、「あなた」と陸を呼ぶと、何か心が温かくなる。
 有紀子は、いつから陸が好きだったのだろう。1歳か2歳くらいの時に幼稚園で出会ったわけだが、気がついた時には既に好きであった。生まれたときから好きであったようにも思える。
 ある時から、陸はあまり笑顔を見せなくなった。それを心配して、有紀子は毎日お菓子をあげたり、自分がどれだけ陸を好きであるかを伝えていた。
 何とか元気づけようと、あれこれ考えていた時、いつも想像すると幸せな気持ちになる2人の将来のことを陸とお話ししよう、と思い立った有紀子は、公園のブランコを並んで漕ぎながら結婚プランを話した。
「私達ね、高校生でチューするの。でもね、結婚は大学出てからなのよ。
 陸君は大きな会社にお勤めしていて、私達は大きなお城みたいなお家に住んでるの。
 陸君は、どんなふうに結婚したい?」
 陸は強くブランコをこいでいるだけで答えない。
「陸君は、パン派でしょ? 私ご飯はだから、朝ご飯は交代交代用意するね。
 私はお母さんみたいになりたいから、お家のことは私がしてあげる。だから陸君は、一生懸命お外でお仕事がんばってね。
 あ、でも浮気はダメよ、そんなことをしたら、実家に帰りますからね」
 冗談交じりでそう言う有紀子に、ブランコを止めた陸は、立ったまま俯いて言った。
「僕、引っ越すんだ」
 そんな返答が反ってくるなんて思ってもみなかった。頭が真っ白になってどうこたえていいか分からず、そばの植え込みを見やる有紀子が、もう一度視線を陸に戻すと、陸はブランコに座って、もう一度言う。
「引っ越すんだよ。おじいちゃん達がいる高知に行くんだって。
 地図を見たら横浜よりも遠いんだぜ。だから、もう会えないかもしれない」
「嘘、会えるよ、だって引っ越さないもん」
 初めは全く信じなかった。いくら引っ越すと言われても、お家に帰る前には嘘だと言ってくれる、と信じていたが、結局、嘘だとは言ってもらえなかった。

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