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21.危ないご趣味

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「うう…降ろして下さい…」
「何で敬語なんですか?」
自分が王太子殿下だという事に慣れていないだけか、分かっていて聞いているのか。
何となく後者な気がする。
それはそこはかとなく感じるカインの怒りというか不機嫌さからくる勘。
それとこの運び方。
「全くちょっと目を離すとこうなんですから」
カインは迷いなくどんどん歩いて行く。
そして見慣れた景色が広かったかと思えば知らない部屋へと入っていく。
「ここ…どこ?」
「今日からここがシルヴィアの寝室兼生活する部屋になります」
サラッと言うカインは私をそれはそれは広い天蓋付きのベッドに下ろすとベッドの柱に紐で私の手を縛り付けた。
「え?」
「うわぁ~ここお前の寝室じゃん。女の子縛り付けるとかそんな趣味してたとか笑える」
笑えない。
縛られた手首は痛くないのに抜けなくて緩まない。
体重を掛けて引っ張っても抜けない。
「あまり引っ張り過ぎると手首を痛めますよ」
「爽やかに言ってもやってる事下衆いからね~」
「貴方は黙ってて下さい」
「一緒に来いって言ったのそっちだろ」
そういえば従事の下働きのシャインとカインは物凄く砕けた会話をしている。
その二人の姿がまた既視感。
思い出せそうで思い出せない。
「カインはシャインと知り合いなの?」
「知り合いも何も兄ですから」
「ア…ニ?」
「シャインは遊び歩く為の偽名で本当の名前はシャイロー。第二王子になります」
「シャイロー・イルニ・アバンムーラです!よろしくね子猫ちゃん」
「気安く話し掛けないで下さい」
「俺達デートの約束した仲だから気安くもなるよ」
「は?人の婚約者と勝手にデートしないで下さい」
「えー。理不尽。横暴。鬼。悪魔。鬼畜」
思い出した。
この空気感と会話がある一人を思い出させた。
「マティオン…」
シャイローは喋り方とか軽さとか雰囲気とかがマティオンに似ていたのだ。
だから既視感に襲われていたのかと一人納得する。
「マティオンがどうしたのですか?」
「シャイロー様がマティオンに似てるような気がして…」
「それはそうですよ。マティオンとシャイローは従兄弟で仲良く夜の街を渡り歩いてるくらいですから」
「えーそこまで暴露しちゃう?」
「事実ですから」
「あ、でも子猫ちゃんが私だけを見てってお願いしてくれたらもう君だけしか見ないから」
「寝言は寝て言って下さい」
カインの額に青筋が浮かぶ。
シャイローはマティオンよりももっと手練の軟派なのかもしれない。
繋がれている私の元にカインの隙きをついて近付き、手を握ってくる。
「助けてはあげられないけど、遊びには来てあげるから待っててね」
「触るなっ!」
振り下ろされるカインの拳を難なく避けてシャイローはそのまま部屋から出て行ってしまった。
助けてはくれないんだ。
カインを怒らせるだけ怒らせて居なくなるのは止めてほしい。
まだ青筋が残ったままのカインを見上げてこれからの事が考えられなくなってしまった。
手首は痛くない。
ただ手が痺れてきた。
同じ体勢をずっと取っているせいで肩と腰も痛み始める。
そしてそんな長い時間カインは私の側に立ってにこやかにそして不穏な笑顔を浮かべていた。
無言で。
「…ね、ねぇカイン。体が痺れてきたみたいなんだけど」
「そうですか。それは大変ですね」
怖い。
会話が成り立っているのに成り立っていない?
「やはり紐では体に障りがありますね。今度からは鎖で繋いでおきましょう」
「ひっ」
爽やか笑顔で言う言葉ではないと思う。
これは軟禁から監禁へ?
「怯えられるとこちらが傷付きますね。シルヴィアには少し反省してほしかったのですが…」
表情が笑顔から苦笑に変わりやっといつものカインが戻って来たようだ。
「私が何に怒っているかおわかりですか?」
私がカインのこれからを邪魔したから。
ではなさそうな気もする。
邪魔だったらわざわざ迎えに来ないだろうし、こんな事態には発展していないと思う。
「えっと…」
「分からないでしょうね」
ガチャッ
「カインラルフ!女の子を監禁するような男だとは思いませんでしたわよ!!」
一歩近付いたカインを見上げると、扉が開いて王女様が勢い良く入ってくる。
先程会った時とは別人のように勇ましく、それでいて声が響いている。
ポカンという効果音がつきそうな顔の私を見下ろすカインは完全に王女様を無視していた。
「きゃあ!縛るなんて!カインラルフの趣味を未婚の女性にぶつけるのは見過ごせませんわ」
無視されている事実を無視して王女様は私の側まで来て紐を解こうとしてくれる。
「なんですのこの紐。解けるどころか緩みもしませんわ」
「常人が解けるような仕組みではありませんよ」
「玄人ということね!こんな男の側に居たら大変よ!」
それは今物凄く身に染みている。
同意したいけどカインの前でそれを肯定してしまったら何かが終わる。
そんな気がして王女が四苦八苦している手元に視線を落とす。
「はぁ~…元を正せば貴女が問題の根元ですよ」
「うっ…」
大きな溜め息を吐きながら王女様を見下ろすカインは眉間に指を当てる。
王女様も身に覚えがあるからか、手を止めて黙り込んでしまう。
「貴女が初めから私の婚約者としてここに来なければ良かったのです。シャイローが好きなら初めからシャイローに縁談を持っていって下さい。自国の両親や重鎮を説得出来なかった人が私達の事に口を出すのは慎んでいただきたい」
「きゃーー!なんでシルヴィアさんの前で言ってしまうの!?信じられませんわ!」
「いい加減にしないとこちらも協力なんてしませんからね」
「そうしたら貴方だってシルヴィアさんを失う事になるんですからね」
「何度も申し上げていますが、私がシルヴィアを離す事は絶対にありません。何なら王太子の座を辞する事の方がまだ可能性があります」
何でもないように言っているが物凄い発言が飛び出している。
頭の整理が追い付かない上に体が悲鳴を上げていた。
「何かもう色々聞きたい事が有り過ぎますが、絶対に逃げないと約束するのでこれを外してください」
「今度逃げたら何処かにシルヴィア専用の囲いを作って閉じ込めて鎖で繋ぎますから」
「ひっ……はい」
冗談でしょうと笑い飛ばすことが出来ないのが辛い。
でもこの時やっと解放された体は自由に動ける素晴らしさを噛み締め、骨が喜びのあまりバキバキ音を鳴らすのだった。
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