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4.過去のトラウマ今でも辛い
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チュンチュン…
近くで鳥の声が聞こえる。
明るい太陽の光も降り注いでいる。
アンルーシーはもうカーテンを開けたのね。
「……様」
「ん………」
「……ょう様」
「まだ…無理…」
「お嬢様!!」
「はいッ!」
優しく揺り起こしてくれていた声が急に大音量となって突き刺さってきた。
机に突っ伏して寝ていた私は返事をしながら立ち上がり、肩から毛布が落ちた。
そして記憶にないが、カインと手を繋いで寝ていたらしい。
向かいで同じ姿勢のカインと左手同士握手するように握り合っていた。
「お嬢様、そのような御髪で寝られたら跡が残ってしまいます。直しますのでお座りください」
恥ずかしいけど離す事は出来ずにそのまま椅子に座り直す。
屋敷で私の帰りを待っているはずの侍女アンルーシーが素早い動きで私の髪を整えていった。
「お嬢様の状況は説明を受けました。私はどうなってもお嬢様の側に居ますから」
「ありがとう。お兄様から聞いたの?」
「はい、マイオン様から聞きました」
「相変わらずラブラブね」
「そっんなことはございません」
見なくても分かる。
今のアンルーシーは確実に林檎のように真っ赤な顔をしているだろう。
アンルーシーは昔、とある事件で私に仕えたいと志願してきたのだ。
それは私がまだ四歳の幼子だった時。
美男美女の夫婦から産まれた天使と噂され、大人が出入りするサロンや音楽会等によく呼ばれていた。
得意の歌やピアノを披露して大人達を虜にしていたらしい。
そんな中、事件は唐突に起きた。
庭で遊んでいたはずの私は忽然と姿を消し、家族と家令達が慌てふためき発狂したそうだ。
私は幼女愛を拗らせた変質者に拉致監禁されて、発狂寸前まできていたのを覚えている。
窓もなく小さなランプが一つだけ、薄暗くベッドしかない部屋には私と似たような年頃の少女達がいた。
皆壁際に離れて座り込み、虚ろな表情をしていた。
ある娘は言葉と認識出来ないくらいの声でブツブツ呟いている。
異様な光景に四歳児が耐えられるわけがない。
「また増えたのね。大丈夫?何歳?」
人の、しかも優しい声に安堵して発狂するのを堪えられたのは僥倖。
扉前に立ち尽くしていた私は声のする方に顔を向ける。
そこに居たのがアンルーシーだった。
長い黒髪は闇に溶ける事なくランプの灯りだけでキラキラ艶めいていた。
目鼻立ちはハッキリしていて少し猫目だがキツイ印象は受けない。
深緑色の上質なワンピースを身に着けていた。
「わたしはシルヴィアです。四さいです」
スカートをちょこんと摘んでお辞儀し母に習った挨拶を返すとアンルーシーは目を見開いた。
「とても上手なご挨拶ね」
優しい微笑みは今でも変わらない。
いや、私に厳しくなってきた辺りから少し変わったかも知れない…
「ここはどこ?」
「ごめんね。私にも分からないの」
私の質問に苦笑しながらゆっくり空いている壁際へと導いてくれる。
幼い頭では何よりも両親と兄が居ないという事だけが恐怖で早く帰りたいとめそめそ泣き始めた。
頭を撫で続けてくれるアンルーシーに甘え引っ付いていた時、何の予兆もなく扉が開いて大きな男が現れた。
横に物凄く成長した丸い物体が部屋へと入ってくる。
それは玩具に似ていたが鼻息の荒さとギョロっとした猛禽類の目が私達を舐め回すように見て回ったのを見てギリギリ人間だと理解出来た。
「今回の娘はどれだ?」
顔も丸く、額に汗なのかテカテカと輝く雫を浮かび上がらせて歩いてくる。
「こちらです」
球体人間の後ろから現れた体が筋肉質で厳つくて怖そうな男が私を指さした。
人を指さしたらいけないんだ。
「ほお~」
鼻息が更に荒くなって顔を近付けてくると、頬を赤らめて体をくねらせた。
「今日はこやつにしてやろう」
「御意」
怖そうな男は私の手首を掴んで無理矢理立たせて引きずる。
恐怖で奥歯がカチカチ鳴るのが頭に響いていた。
正直、そこからは酷く曖昧で記憶に残っていない。
父達が雇った私を探す部隊が駆け付けたのは誘拐から二日後だったらしい。
アンルーシーの話では怯えながらもアンルーシーを守ったとかなんとか。
怖すぎて勝手に脳内消去したのだろうってお医者様が言っていた。
犯人は男爵の位を得ている人だったらしい。
不幸中の幸いか、男爵は性的不能者だったという事。
結婚前のしかも幼女が純潔を散らしたかもという心配はなかった。
捕まっていた少女達も精神的に不安定ではあるが、親元に返された。
そして残ったのはアンルーシーだけ。
彼女は父子家庭で子爵の令嬢だった。
親戚はおらず、心臓の弱い父と二人三脚で生活していたらしい。
それが愛娘の誘拐で心臓発作を起こし、帰らぬ人となってしまった。
「おとうさま、わたしアンルーシーがおねえさまならすてきだとおもうの」
四歳児が助けてあげたいなんて大層な事を考えていたわけじゃない。
恐怖の中ずっと側に居てくれたアンルーシーと離れるのが嫌だっただけ。
アンルーシーと離れるのが怖かった。
「そうだね」
「ぃやぁぁああ!!」
私の意見を採用しようと父が頭へ手を伸ばしてきた。
その手が今まで恐怖の対象だった男達の手と重なる。
その瞬間まで怯えてはいても平気そうに振る舞っていた私の何かが壊れたのかも知れない。
捜索部隊の男の人達も父や兄でさえも怖くてアンルーシーにしがみついて泣き叫んで気を失った。
その日からは部屋で引き篭もり、アンルーシーと母にしか会わなかった。
会えなかった。
侍女達にも何故か会えなかった。
侍女の仕事はアンルーシーの仕事となり、私が少し落ち着く頃にはアンルーシーが私専属の侍女として採用されていた。
私が思うに、この時には兄とアンルーシーの間で仄かな恋心が芽生えたのではないかと推理する。
アンルーシーは父親の看病で慣れていたのか、私のお世話はとても丁寧で心地良いと感じさせるくらいだった。
父達と私の間にも母と入ってくれて、今では普通に生活出来ている。
まだ男性が苦手ではあるけれど。
カインとは出会った時から平気だった。
それが私の中で凄く特別で大変なこと。
そんな事はこれまでもこれからも内緒だけどね。
近くで鳥の声が聞こえる。
明るい太陽の光も降り注いでいる。
アンルーシーはもうカーテンを開けたのね。
「……様」
「ん………」
「……ょう様」
「まだ…無理…」
「お嬢様!!」
「はいッ!」
優しく揺り起こしてくれていた声が急に大音量となって突き刺さってきた。
机に突っ伏して寝ていた私は返事をしながら立ち上がり、肩から毛布が落ちた。
そして記憶にないが、カインと手を繋いで寝ていたらしい。
向かいで同じ姿勢のカインと左手同士握手するように握り合っていた。
「お嬢様、そのような御髪で寝られたら跡が残ってしまいます。直しますのでお座りください」
恥ずかしいけど離す事は出来ずにそのまま椅子に座り直す。
屋敷で私の帰りを待っているはずの侍女アンルーシーが素早い動きで私の髪を整えていった。
「お嬢様の状況は説明を受けました。私はどうなってもお嬢様の側に居ますから」
「ありがとう。お兄様から聞いたの?」
「はい、マイオン様から聞きました」
「相変わらずラブラブね」
「そっんなことはございません」
見なくても分かる。
今のアンルーシーは確実に林檎のように真っ赤な顔をしているだろう。
アンルーシーは昔、とある事件で私に仕えたいと志願してきたのだ。
それは私がまだ四歳の幼子だった時。
美男美女の夫婦から産まれた天使と噂され、大人が出入りするサロンや音楽会等によく呼ばれていた。
得意の歌やピアノを披露して大人達を虜にしていたらしい。
そんな中、事件は唐突に起きた。
庭で遊んでいたはずの私は忽然と姿を消し、家族と家令達が慌てふためき発狂したそうだ。
私は幼女愛を拗らせた変質者に拉致監禁されて、発狂寸前まできていたのを覚えている。
窓もなく小さなランプが一つだけ、薄暗くベッドしかない部屋には私と似たような年頃の少女達がいた。
皆壁際に離れて座り込み、虚ろな表情をしていた。
ある娘は言葉と認識出来ないくらいの声でブツブツ呟いている。
異様な光景に四歳児が耐えられるわけがない。
「また増えたのね。大丈夫?何歳?」
人の、しかも優しい声に安堵して発狂するのを堪えられたのは僥倖。
扉前に立ち尽くしていた私は声のする方に顔を向ける。
そこに居たのがアンルーシーだった。
長い黒髪は闇に溶ける事なくランプの灯りだけでキラキラ艶めいていた。
目鼻立ちはハッキリしていて少し猫目だがキツイ印象は受けない。
深緑色の上質なワンピースを身に着けていた。
「わたしはシルヴィアです。四さいです」
スカートをちょこんと摘んでお辞儀し母に習った挨拶を返すとアンルーシーは目を見開いた。
「とても上手なご挨拶ね」
優しい微笑みは今でも変わらない。
いや、私に厳しくなってきた辺りから少し変わったかも知れない…
「ここはどこ?」
「ごめんね。私にも分からないの」
私の質問に苦笑しながらゆっくり空いている壁際へと導いてくれる。
幼い頭では何よりも両親と兄が居ないという事だけが恐怖で早く帰りたいとめそめそ泣き始めた。
頭を撫で続けてくれるアンルーシーに甘え引っ付いていた時、何の予兆もなく扉が開いて大きな男が現れた。
横に物凄く成長した丸い物体が部屋へと入ってくる。
それは玩具に似ていたが鼻息の荒さとギョロっとした猛禽類の目が私達を舐め回すように見て回ったのを見てギリギリ人間だと理解出来た。
「今回の娘はどれだ?」
顔も丸く、額に汗なのかテカテカと輝く雫を浮かび上がらせて歩いてくる。
「こちらです」
球体人間の後ろから現れた体が筋肉質で厳つくて怖そうな男が私を指さした。
人を指さしたらいけないんだ。
「ほお~」
鼻息が更に荒くなって顔を近付けてくると、頬を赤らめて体をくねらせた。
「今日はこやつにしてやろう」
「御意」
怖そうな男は私の手首を掴んで無理矢理立たせて引きずる。
恐怖で奥歯がカチカチ鳴るのが頭に響いていた。
正直、そこからは酷く曖昧で記憶に残っていない。
父達が雇った私を探す部隊が駆け付けたのは誘拐から二日後だったらしい。
アンルーシーの話では怯えながらもアンルーシーを守ったとかなんとか。
怖すぎて勝手に脳内消去したのだろうってお医者様が言っていた。
犯人は男爵の位を得ている人だったらしい。
不幸中の幸いか、男爵は性的不能者だったという事。
結婚前のしかも幼女が純潔を散らしたかもという心配はなかった。
捕まっていた少女達も精神的に不安定ではあるが、親元に返された。
そして残ったのはアンルーシーだけ。
彼女は父子家庭で子爵の令嬢だった。
親戚はおらず、心臓の弱い父と二人三脚で生活していたらしい。
それが愛娘の誘拐で心臓発作を起こし、帰らぬ人となってしまった。
「おとうさま、わたしアンルーシーがおねえさまならすてきだとおもうの」
四歳児が助けてあげたいなんて大層な事を考えていたわけじゃない。
恐怖の中ずっと側に居てくれたアンルーシーと離れるのが嫌だっただけ。
アンルーシーと離れるのが怖かった。
「そうだね」
「ぃやぁぁああ!!」
私の意見を採用しようと父が頭へ手を伸ばしてきた。
その手が今まで恐怖の対象だった男達の手と重なる。
その瞬間まで怯えてはいても平気そうに振る舞っていた私の何かが壊れたのかも知れない。
捜索部隊の男の人達も父や兄でさえも怖くてアンルーシーにしがみついて泣き叫んで気を失った。
その日からは部屋で引き篭もり、アンルーシーと母にしか会わなかった。
会えなかった。
侍女達にも何故か会えなかった。
侍女の仕事はアンルーシーの仕事となり、私が少し落ち着く頃にはアンルーシーが私専属の侍女として採用されていた。
私が思うに、この時には兄とアンルーシーの間で仄かな恋心が芽生えたのではないかと推理する。
アンルーシーは父親の看病で慣れていたのか、私のお世話はとても丁寧で心地良いと感じさせるくらいだった。
父達と私の間にも母と入ってくれて、今では普通に生活出来ている。
まだ男性が苦手ではあるけれど。
カインとは出会った時から平気だった。
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