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-翠- 2
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「ただいま……」
母のお使いを終え、玄関の扉を開く翠を出迎えるものは何も無い。 いつもの如く、ただ静かに時計の秒針が時を刻む音が響くばかりであった。
そんな寂しさには慣れっこである翠は、静かに2階の母の部屋へと向かった。
「……。買ってきたよ。さすがにお酒は買えなかったけど……これ、ここ置くから」
近くにあった小さな机の上に、コンビニのビニール袋を置く。翠の視線の先には、声をかけるのもはばかられるような、小さく丸まった母の背中があった。カーテンが閉め切られ、朝だというのに薄暗く、陰鬱さの漂う母の部屋。パソコンを見つめる母からは返事も、振り返る気配もない。
嵐がやってくる前の薄暗い灰の、張り詰めたような色。一寸先すらも見通せないような曇りの、重くのしかかってくるような色。
ふわりと、そんな色を感じた翠はそっと部屋を後にした。翠は、母の近くにいる時はいつも、この重々しい色を感じていた。
母が、恐れをなしている色。怖くて怖くてたまらないといった色。それは翠への恐れであり、また、翠よりも更に先の、もっと別のものへの恐れでもある。
いつからこんな色を感じるようになったのか。
翠がまだ幼い頃から徐々に、少しずつ感じるようになっていったものではあったが、はっきりと思い出せるきっかけがあった。
それは、あの日。
母が初めて、翠への「明らかな拒絶」を表に出した日だった。
母のお使いを終え、玄関の扉を開く翠を出迎えるものは何も無い。 いつもの如く、ただ静かに時計の秒針が時を刻む音が響くばかりであった。
そんな寂しさには慣れっこである翠は、静かに2階の母の部屋へと向かった。
「……。買ってきたよ。さすがにお酒は買えなかったけど……これ、ここ置くから」
近くにあった小さな机の上に、コンビニのビニール袋を置く。翠の視線の先には、声をかけるのもはばかられるような、小さく丸まった母の背中があった。カーテンが閉め切られ、朝だというのに薄暗く、陰鬱さの漂う母の部屋。パソコンを見つめる母からは返事も、振り返る気配もない。
嵐がやってくる前の薄暗い灰の、張り詰めたような色。一寸先すらも見通せないような曇りの、重くのしかかってくるような色。
ふわりと、そんな色を感じた翠はそっと部屋を後にした。翠は、母の近くにいる時はいつも、この重々しい色を感じていた。
母が、恐れをなしている色。怖くて怖くてたまらないといった色。それは翠への恐れであり、また、翠よりも更に先の、もっと別のものへの恐れでもある。
いつからこんな色を感じるようになったのか。
翠がまだ幼い頃から徐々に、少しずつ感じるようになっていったものではあったが、はっきりと思い出せるきっかけがあった。
それは、あの日。
母が初めて、翠への「明らかな拒絶」を表に出した日だった。
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