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第9章 Duelliste

第41話 悪役令嬢をやっつけろ

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 決闘となると色々と準備と作法がある為、この一件は飛龍隊の本部に持ち帰られ、翌朝会議が開かれた。

「見直したぞ!俺は女が将校になる事を内心良く思っていなかったが、これを限りに考えを改める」

 ギョームはジャンヌを褒めちぎる。ブレスト司令は立場上見てみぬふりなので、ギョームがこう言えば飛龍隊としては決闘を止めないという事になる。

「それで、その男は何者だ?」

「アルビオンの外交官の次男で、マシュー・ホプキンスという男です」

「ふん。アルビオンの男ってのはどうにも気障で気に入らねえ」

 ブランコがせせら笑う。外交官の息子と決闘となれば一歩間違えば戦争沙汰だが、そんな事を帝国軍人は考えない。フランコルムの男は決闘が三度の飯より好きなのだ。

「心配するな、シャルパンティエ。本当の決闘を散々やった俺達が付いてる。俺は12回やって2回負けたが、両方再戦で返り討ちにした。とっつぁんは?」

「俺は23回だ」

「なんだ。思ったより少ねえな?」

「俺が出てくると分かっていて、それでも近衛騎兵第1連隊に喧嘩を売る馬鹿は少ない」

 帝国軍において決闘は年中行事で、連隊同士の揉め事が起きれば連隊自慢の使い手が決闘に赴き、連隊内での揉め事には決闘での決着を連隊長が命じる。

 つまり、近衛騎兵第1連隊と揉めるという事は間接的にギョームに喧嘩を売る事を意味した。幸い殺された者は居なかったが、余程の命知らずでもギョームとの決闘は避けた。

「エスクレドはどうだ?」

「喧嘩ならガキの頃から散々やってきましたが、決闘は…」

「海軍でも決闘はやるだろう?」

「バスティア元帥が人手が減ると困るって言うんで。内海艦隊ではボクシングでケリをつける決まりになってました。俺は艦隊のチャンピオンでしたよ」

「へえ。あの爺さんは変わってるな」

 ブランコは不思議そうにした。決闘とは即ち命のやり取りであり、軍内部の決闘は言い換えれば人材の浪費に他ならない。

 だとしてもバスティア元帥の方針は例外で、帝国軍人はそれを承知で決闘を繰り返し、絶えず消耗していた。

「それで、決闘の武器とルールは?私もこの際止めるつもりはありませんが、あまり無謀なルールですと…」

 ベップには決闘どころか喧嘩の経験もないが、それでも学者仲間が女の取り合いや、甚だしいと学術的論争の決着の為に決闘するのさえ見てきている。王侯貴族から貧民まで、帝国のあらゆる階層に決闘はあった。

「ルールはこちらに一任すると言ってきました」

 例外はあるが、正式な決闘の武器はレイピア、サーベル、拳銃のいずれかである。決着も最初の流血、どちらかが戦闘不能になるまで、あるいはどちらかの死と種類がある。

「じゃあシャルパンティエ。軍人らしくサーベルで斬り殺して来い!」

 ギョームがサーベルを鳴らす。軍人の決闘は最も危険なサーベルで行われるのが普通であり、むしろ他の方法を選ぶのは臆病とみなされる。

「サーベルは軍人同士でないと相手に拒否権が生じます。また、統計上勝っても負けても傷が重くなり…」

「それに隊長はん。帝国で決闘言うたらお上も野放しですけどな、他所の国の外交官のボンボンと殺した殺された言うたら流石に黙っておらん思いますわ」

 ベップが科学者として、ロッテ先生が法律家の娘としてこれを止めた。サーベルの決闘はそれ程危険なのだ。

 また、決闘は表向きは重罪だがその実黙認されており、帝都では数日に一度は決闘がある。だとしても今度ばかりはやりすぎると官憲も黙認していられないだろう。

「拳銃は駄目だ。決闘用のちゃちな代物では運任せになる。あんな物は決闘ではない!」

 決闘用の拳銃は豪華な装飾こそ施されているが、旧式で命中精度が悪い。剣の心得のない金持ちは拳銃での決闘を好むが、ギョームに限らず軍人は邪道とみなしている。

「するとやはりレイピアだが、その男は強いのか?」

「本当の決闘の経験はないそうですが、決闘クラブという貴族の子弟の集まりに参加していて、クラブで一番の腕前だとか」

「決闘クラブ!?庭球か何かと勘違いしてるんじゃねえか?」

 ブランコが思わずのけぞる。殺人の前科持ちなど珍しくもない外人部隊を率いて来たブランコにとって、決闘がスポーツの一種として扱われているのは信じられない程馬鹿馬鹿しく思われた。

「まったく。金と暇を持て余すと人間はろくでもない事を考える」

 ギョームも同意見である。ギョームにとって決闘とは双方の全人格を衝突させる神聖な行為であって、貴族が道楽で稽古をする光景を想像すると汚らわしくさえ思えた。

「だけど、練習してるんならやっぱり強いんじゃないですか?」

「なら聞くが、エスクレド。そこらの地面で泳ぐ練習をしてそれで泳げるようになるか?」

「そりゃあ無理ですね」

「決闘も同じだ。どれ、決闘状をそのひよっこ連中に届けて来る。ブランコも付いてこい」

「飛龍で行きましょうや。事前に脅かしとけばそれだけ有利だ」

「同感だ」

 ギョームとブランコはまるで連れ立って女でも買いに行くようにはしゃぎながら、ロッテ先生が書いた決闘状を手にグラディウスと飛んで行ってしまった。

「女伯、本当にやるのか?」

 飛んで行くグラディウスを眺めながら、モーリスはジャンヌの決意を改めて確認した。

「あの性悪はアメジストを侮辱した。エスクレド、君は前にテオドラを侮辱した馬鹿な将校を殴り倒しただろう?それと同じ事だ」

「そいつは違うな」

 モーリスは葉巻に火をつけながら言った。

「何が違う?」

「飛龍を侮辱されたら、俺は素手じゃ済まさねえ」

 モーリスはサーベルに手をかけた。そのマリアンヌという女が何者か知らないが、モーリスもまた飛龍を侮辱する貴族のバカ娘を許す気はなかった。

「それって、私よりスパルタカスが大事って事ですか?」

 テオドラが思わず語気を荒げた。

「そ、それは…」

「命の価値を比較するのは倫理的に問題がありますが、あえてそうするなら、帝国軍としては補充の困難な飛龍はフーク君よりも…」

「知りません!」

 ベップの倫理的に問題のあるフォローを聞こうともせず、テオドラは怒って行ってしまった。

「何だよ、もう」

「エスクレド、あれは君が悪い」

 ジャンヌは呆れて本部へ戻って行った。この一件はかなり長きに割って地上班や分遣隊が散々冷やかした。
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