〜銃と蒸気と飛龍乗り〜 君達は帝国史上初の飛龍乗りに選ばれた!ベテラン下士官、没落貴族令嬢、万能科学者、田舎漁師、飛ぶ覚悟はあるか?

阿愛

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第4章 飛龍の黙示録

第24話 女伯は十字派

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 砲兵第3連隊が全ての砲を並べ、修道院の山影で一斉に砲火を開いたのは、取引を目前に控えた午前10時の事だ。

 何十門という砲が砲弾と共に吐き出す轟音と地響きが修道院を地震のように揺らし、崖からは石が零れ落ちた。

「ナゼール。こりゃあ嫌がらせだぜ。いっそぶっ放すか?」

 ブルガンが揺れる階段を上がり、屋上で胸壁に取り付いていたナゼールに指示を仰いだ。

「砲撃は最後の手段だ。撃てばもう金は取れねえ」

 山砲は既に砲弾が装填され、村の方を向いている。だが、撃つ機会があるとすればそれは失敗である。

 一方、既に4頭の飛龍は砲撃に乗じて修道院の真上、標高400メートルほどの所にある使われなくなって久しい細い山道に控えていた。

 モーリスがスパルタカスの首に命綱を付けて崖に身を乗り出し、双眼鏡で屋上を覗き込んで見張っている。

「1人降りて行って5人居ます」

 モーリスはそうして逐次人数の増減をギョームに報告した。

「金が来ればもう何人か減るだろう。引き続き見張れ」

「おやっさんは、恐くないんですか?」

「俺か?死ぬのは司令が言うほど恐くはないが、怪我は恐い」

 ギョームは煙草を吸いながらサーベルを片手に持って眺めている。

「どういう意味です?」

「死ねばそれまでで話が早いが、戦えない身体で生き伸びるのは惨めだ。と言って、パスカルの男は自殺する程不信心でもない」

 自殺は十字派の戒めるところである。パスカルの男は傷痍軍人になるより戦死しようとして、どんなに負傷しても戦うという定評があった。

「馬車が出ました」

 リウィウスに跨って村の方を双眼鏡で見張っていたベップが言った。村から修道院への道を、木箱を一杯に乗せた4頭立ての馬車がのろのろと走って行く。

 馬車には茶色いフード付きのマントを纏った御者と修道女が乗っていて、もう1頭の馬を伴っている。御者は用が済み次第この馬で即刻村へ戻るようにというナゼールの指示である。

 12時まで10分ほどの余裕を残して馬車は石段の前に到着した。既に門はわずかに開き、ナゼールに拳銃を突き付けられたイザベラが見張っている。

「皇帝陛下の手紙を持って来たわ!」

 修道女が立派な封筒を手に叫ぶ。勿論、中身は適当にでっち上げた偽物であるが、ナゼール達にはそれを確かめるすべはない。

「あなたの名前は!?」

 ナゼールに言われるままにイザベルは質問を投げつける。

「マリー・パナール!」

「歳は!?」

「来月で19歳!」

「好物は!?」

「アップルパイ!」

「じゃあ、箱を開けて!」

 マリーは席を立って荷台に乗り移ると、木箱の一つを開けた。中に詰まったレオ1世の肖像が刻印された20ソリドゥス金貨が太陽に反射して輝き、屋上から銃を向けている見張りは思わず息を飲んだ。

 この金貨は皇帝のポケットマネーである。金貨が入っているのは一番上に乗っている箱だけで、それとて見える部分以外は石が詰まっている。

「上がって来て!」

 イザベルに促され、マリーは左足を引きずりながら、ゆっくりと石段を登って行く。

「御者さんは帰って!」

 それを確認してイザベルは御者に帰るように促す。だが、ここでナゼールの予想しない出来事が起きた。御者が馬の手綱を手に石段の前に立って、そこから動こうとしないのだ。

「帰って!」

「この尼さんが落ちたら大変だ。ここで見張ってる!」

「大丈夫だから!」

「そんな事は神の教えに反する!俺は地獄に落ちたくない!」

 御者は左手で十字を切り、譲ろうとしない。

「おい、あの老いぼれ撃っちまうか?」

 屋上で見張っていたブルガンが慌てて降りてきて指示を仰ぐ。

「駄目だ。あの馬車に乗るまでは絶対に撃つな!ソルニエは手紙が着いたら屋上へ来い。俺は先に上で見張ってる」

 ナゼールはソルニエに見張りを命じて屋上へ登って行った。

「6人、いや、7人に増えました!」

 この事態にモーリスが叫ぶ。

「その方が都合がいい。ナゼールがその中に居れば後が楽だ」

 ギョームは既にグラディウスに跨って臨戦態勢を整えている。

「下の2人が撃たれなきゃいいんですがね」

「撃てませんよ。撃てばその時点で金を取れなくなり、作戦は失敗です」

 作戦立案者たるベップは完全にナゼールの考えを読んでいた。

「けど博士。切羽詰まったら何するか分かりやしませんよ」

「ここで撃たせてしまうような統率力では、ナゼールは分隊ごと脱走するなんて芸当は出来ないはずです」

 ベップは殺し合いを前にしても案外冷静であった。ナゼールとの知恵比べがそうさせるのか、それとも自分に殺しの素質があるのかはまだ結論を出せずにいるが。

「クルチウス。それより例の物は用意できてるな?」

「万全です。ただ、我が子を殺すようであまり気分は良くありません」

「我が子?お前はそもそも女に惚れた事があるのか?」

「はあ、あると言えばありますが…」

「門に入りました!」

 会話を遮ったモーリスの報告通り、マリーは狭い庭を通過して修道院に入った。だが、中に入るとそこには柄の悪い男が2人、銃を手に待ち構えている。

「手紙は?」

 ソルニエが拳銃を突き付けて凄む。マリーは震える手でソルニエに手紙を差し出した。

「おい、ベールを取ってみろ」

 相棒が手紙をひったくって屋上へ届けに行ったのを見計らい、ソルニエは怪しい目つきでマリーに迫る。言われるままにマリーはベールを取った。

「へえ、尼さんにしとくのは惜しいぜ」

 ソルニエは口笛を吹き、恐怖の表情を浮かべる彼女の頬を撫でた。後ろに居るイザベルはその光景に顔色を変えた。

 ここでナゼールは失敗を犯した。女に目のないソルニエに後を託した事である。修道院にあってはならない欲望に目を血走らせたソルニエは、マリーの右手を取って引っ張った。

「前祝いだ。ほら、こっち来い」

「そんな、やめて下さい」

「その足で逃げられるのかよ?」

 マリーは左膝を突いて抵抗した。だが、ソルニエは砲弾や大砲の部品を運ぶ砲兵だけに馬鹿力である。

 しかしその瞬間、マリーの左腕が左足に伸びた。スカートを捲ると、そこには修道女には不似合いな騎乗ブーツがあり、拳銃が差し込まれている。

 木箱の中に隠れた本物のマリーの助けでイザベルの質問に答え、まんまとマリーのふりをして敵陣に潜り込んだジャンヌは、拳銃を抜くやソルニエの顔に銃弾を浴びせた。

「何だ!?」

 奥から出て来たもう1人が返す刀で胸にジャンヌの一撃を頂戴した。2人は何が起きたかも分からず絶命した。

 返り血とイザベラの悲鳴を浴びたジャンヌは、拳銃で敵を警戒しながら門扉に背中でぶつかるようにして開けた。

 馬車が通れそうなほど大きな扉が開いたのを合図に、その場に居座っていた御者が馬に跨って一気に石段を登り始めた。

「畜生、撃て!」

 ナゼールは仲間に抵抗を命じて何人かを連れて下に降りて行った。残った3人の見張りは銃眼から石段めがけて射撃を始めた。

 だが、石段を猛然と駆け上がって行くのは片腕になって老いたとは言え、帝国にその人ありと知られた稲妻ブレストである。

 射撃訓練などたまにしかしない砲兵に、猛スピードで迫って来る騎馬を狙い撃ちするのは無理な相談である。それを知っているブレスト司令の左目はただ一直線に門のみを見ていた。

 ジャンヌが門が開いたのを見計らい、上に居た3人は飛龍で崖から飛び降りるようにして降下した。

 飛龍は身体を立ててブレーキをかけるようにして羽ばたき、20秒ほどで屋上まで到達した。

 最初に飛龍から飛び降りたのはサーベルを既に抜いているギョームであった。それも向かって右端の男めがけて3メートルも上から飛び降りたものだからたまらない。

 右端の男がギョームに踏み潰され、慌てて真ん中の男が向き直った時には、既にギョームは間合いを詰めてサーベルを振りかぶっていた。

 腹を横一文字に斬り付けられた真ん中の男は銃を持ったままその場に卒倒した。

 最後に残った左の男はライフルに弾を込める時間的猶予を得たが、射撃姿勢が整った時にはもうギョームは真ん中の男を踏み越え、銃剣の切っ先より内側に迫っている。

 ギョームのサーベルが左の男の喉元を貫いて鋭く傷口をえぐったのと、虚空めがけて銃声が響いたのは同時であった。

 ギョームは寝台列車でレクチャーした通り素早くサーベルを引き抜くと、サーベルに付いた血を床に払い飛ばし、喉から血の泡を噴き出して崩れ落ちる左の男に目もくれずに階段を飛び降りるような勢いで降りて行った。

「エスクレド!付いてこい!」

 そう叫んだ時にはもうギョームの姿は屋上にはない。ほとんど一瞬の出来事であった。

 一方、ジャンヌはイザベラの這いつくばるエントランスを挟んで奥の礼拝堂に隠れた2人の男と銃撃戦になっていた。男はそれぞれ拳銃とライフルを持ち、我を忘れて門扉の陰のジャンヌめがけて銃弾を浴びせかけている。

 ジャンヌとしてはこの2人も片付けてしまいたいが、たかが6発の弾しか入らない拳銃で2人を同時に相手にするのは、先ほど帝国史上初めて戦果を挙げたばかりの女性将校には荷が重い。


 哀れなるイザベラは床に這いつくばり、ナゼールを迎え入れた己を呪いながら祈りの言葉を唱えるしかない。

 そこへブレスト司令が石段を登り切って修道院に飛び込んだ。天井は案外に高く、ブレスト司令はイザベルを飛び越えて奥の礼拝堂に身をかがめて突入した。

 拳銃の男がブレスト司令の馬に蹴り倒されて首をあらぬ方向に捻じ曲げて息絶え、驚いたライフルの男は頼みの綱の弾を天井画の天使に見舞ってしまった。

「修道女をどけろ!」

 ブレスト司令はギョーム以外は聞いた事もないようなドスの利いた声でジャンヌにイザベルの救助を命じ、サーベルを抜きながら馬を降りてライフルの男と対峙した。

 ライフルの男は相手が右腕と右目が無い老人であるのに驚き、同時に幾らかの勝機を見た。だが、まさかこの老人が稲妻ブレストだとは思わなかったに違いない。

 ライフルの男はリーチと若さに自信を持って先手を打って突いて出た。無論、ライフルには銃剣が着いている。

 だが、ブレスト司令は半歩下がりながらサーベルで銃剣をいなしなしたかと思うと、60歳を超えたとは思えない動きで一気に間合いを詰め、ライフルの男の顔を斬り上げた。

 ライフルの男は悲鳴を上げてライフルを取り落とし、その次の瞬間、ブレスト司令のサーベルが男の首を皮一枚残して切り落とした。

 ジャンヌは神聖な礼拝堂が血で汚されるショッキングな場面をイザベラに見せないように気を付けながら、稲妻ブレストの英雄たる所以に感銘した。

「他の修道女はどこに?」

「あ、うう、その、裏の台所の地下室に…」

 ジャンヌは腰の抜けたイザベルに肩を貸し、開いた門扉の陰に隠すと、その台所めがけて駆け出した。

 重飛龍は軽飛龍より飛行が安定しているが、反面機敏さに欠ける。リウィウスがペップを屋上に降ろした時には既に屋上に生きた人間は居ない。屋上に続く階段にはスパルタカスとグラディウスが待ち伏せて、上がって来る敵があれば炎を浴びせようと階段の下を睨んでいる。

 ベップはこれにリウィウスも仲間入りさせて山砲に駆け寄ると、妙に慣れた手つきで尾栓を開いた。この山砲はベップが砲兵工廠に居た頃に設計に携わった物だ。

 ベップはまず薬室から砲弾を取り出し、近くに転がっていた砲弾共々転がして山砲から遠ざけ、薬室に腰から下げていた布袋を押し込んで尾栓を閉めた

 そして、ポケットからマッチを取り出して箱に火を点け、砲口から薬室に放り込んで素早く山砲から離れた。

 袋の中身は白梟のハインリヒが金庫破りに使った、アルミニウムを使った火薬である。数秒を置いて砲口から猛烈な閃光と火花が噴き出て、山砲は溶け始めた。

「我が子よ、許してくれ」

 ベップは柄にもなく溶けていく山砲に十字を切ると、拳銃を手に階下に降りて行った。

 運良く襲撃を免れた男が1人だけ居た。男は作戦の破綻を悟り、唯一の出入り口を目指して武器も捨てて廊下を走り抜けた。

 だが、門を出たところへ崖から他の飛龍と一緒に降りて来たアメジストが顔を出した。噂に聞いていた飛龍が自分達を始末しに来たのだと理解する時間があったかというと疑問である。

 男はアメジストの前足の爪で腹を切り裂かれ、狭い修道院の庭に倒れ伏した。イザベルは男の悲鳴と飛龍の陰を目の当たりにして耳を塞ぎながら喚き、その場から逃げ出したい一心で這って修道院に再び入って行った。

 修道院は屋上と合わせて3階層である。ブレスト司令が2階へ続く階段を上がったところで、拳銃を手にした男と出くわした。

 ブレスト司令が突いて出たサーベルが早いか、男が引き金を引き切るが早いか、際どい勝負であった。

 だが、ブレスト司令のサーベルに迷いはない。迷いが死を招くというのは40年を超す軍歴でブレスト司令が得た貴重な教訓である。

 だが、男は銃声と共に倒れ込み、かわしたブレスト司令の脇を転げ落ちていった。後ろに居たのは拳銃を構えたギョームであった。

「この階は無人です!」

 そう叫びながらギョームは男の転げ落ちて言ったばかりの階段を降りて行く。向き直ったブレスト司令に続くのがモーリスである。

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