女乗せない戦闘機

阿愛

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第1話 凸凹コンビ登場!

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ここはベトナム嫌な所よ
板子一枚外には地獄
今日もあいつに命を預け
二人三脚二人連れ

時はベトナム戦争真っただ中。たまの休暇に羽を伸ばそうとした二人は、ひょんなことから後戻りの利かない仲になってしまう



アメリカ海軍航空隊が誇る凸凹コンビが今日も二人でベトナムの空を行く。戦争という極限下で魅せる痛快ゲイ戦記

 見下ろせばジャングルの緑。見上げれば空はどこまでも青い。そうと知らずに見れば長閑だが、緑のジャングルの中では同胞が泥まみれになって地獄を見ている。ここはベトナム、まだ戦争は終わりそうもない。

「センチピート、この間抜け。針路が0.5度ずれてるぞ」

「ボーイスカウト、お前はどうして一言多いんだ」

 音より早く飛ぶ戦闘機、F-4ファントムの機中でこの二人の若者は絶えず言い争いをしていた。

 前席に座ったコードネーム(注1)センチピートことサミュエル・タケマサ・フェルナンデスは、後席に陣取ったボーイスカウトことダグラス・シドニー・グッデン七世の必要以上の大声に辟易としながら針路を修正した。

 二人はいずれもアメリカ海軍航空隊所属の中尉。連れ立ってベトナムにやって来てもう1年になろうとしていた。こうして言い争いをしながら一緒に戦闘機を操り、合衆国のためにベトナムを攻撃するのが二人の仕事だった。

「目標が見えたぞ。抜かるな」

「俺にだって見えてる」

 ファントムは複座機だ。後ろの席でボーイスカウトがレーダー類を操作して針路を計算し、前の席のセンチピートがその指示に従って操縦する。二人の息が合わなければファントムは十分に飛ばない。

「よし下げろ!」

 ボーイスカウトの合図と同時にセンチピートは機首を下げた。その先にはジャングルに切り開かれた基地がある。

「アメリカ土産だ!」

 機首が基地の方向を向いた瞬間、ファントムの翼の下に備え付けられたガンポッドが火を吹き、発射されたロケット弾が次々基地へと飛び込んでは派手な音を立てて炸裂した。

 敵もあらん限りの対空火器で撃ち返してくる。ロケット弾が炸裂し、対空砲火が火を噴く様はクリスマスツリーの電飾のように賑やかだったが、その実何人もの葬式が出る。

 その仲間に入るのは御免とばかり、センチピートはロケット弾が数発残っていたが、機首を上げて一気に加速した。この間わずか数秒のことである。

「センチピート!まだ弾が残ってるぞ」

「あれ以上引っ張ったら危険だ」

「危険なんて言うなら最初から軍人になんてなるな!」

「心配するな。良い角度で行ったからばっちりだ」

「そういう問題じゃない!」

「まったく、そんなだからボーイスカウト(注2)なんだよ」

「何を!?」

 こんな調子でも二人のコンビネーションは不思議なほど優秀だった。良い角度で進入できたのも、ボーイスカウトが的確な指示をして、センチピートがそれを間違いなく遂行したからに他ならない。

 喧嘩しながら数十分も飛ぶと、二人の母艦である空母が見えてくる。

 空母への着艦は普通の飛行場への着陸の比にならないほど難しい。機体下部から着艦用のフックを出し、狭い空母の甲板に渡されたロープに引っ掛けて無理矢理機体を止めるのだ。一つ間違えば甲板や海に飛び込んで命はない。二人のファントムは今日は完璧な角度とスピードで着艦した。

「今日はばっちり。ガンカメラ(注3)は見物だぜ」

 センチピートは機を降りると着艦要員に軽口を飛ばし、とぐろを巻いたムカデの絵があしらわれたヘルメットを脱いだ。

 このムカデは日本の侍の家系だという彼の母方の祖父の家に伝わる紋章で、センチピート(ムカデ)というコードネームはここから付いた。センチピートの6フィート3インチの巨体もあいまって、この奇妙なヘルメットはどこへ行っても一際目立った。

「この馬鹿野郎!」

 ボーイスカウトはヘルメットをたまたま近くに居た整備兵に押し付けると、左手でセンチピートの胸ぐらを掴み、空いた右手でアッパーをお見舞いした。5フィート4インチとアメリカ人にしては小柄なセンチピートの必殺技であった。

「やったな!」

 センチピートはボーイスカウトのベルトを両手で掴むと、次の瞬間ボーイスカウトの身体は地面に叩きつけられた。

「お返しだ」

 着艦の度にこうなった。この二人に限って言えば、殴られて投げ飛ばされてというのはもはや着艦の一部とさえ言えた。

 ボーイスカウトはアメリカの独立以前から続く海軍軍人の家系で、父も祖父も曽祖父も提督であるというのもあるが、近頃は誰も止めようとしない。

「まったく、だからROTC(注4)上がりは嫌なんだ」

 ロッカールームでぼやきながら、ボーイスカウトはパンツ一枚を残して裸になり、栓を抜いたばかりのコーラの瓶で額を冷やしていた。ボーイスカウトにとって、ハワイ生まれで18歳までメインアイランド(本土)を知らずに育った、一歳歳上なのにどうしようもなく子供っぽくて呑気者のセンチピートはまったくわけのわからない存在であった。

「おう、俺にもくれよ」

 センチピートはシャワールームから腰にタオル一枚巻いて出てきて、ボーイスカウトの額のコーラを指さした。

「そんなことだから太るんだ。デブ野郎」

 ボーイスカウトはそのまま瓶を差し出した。センチピートはさも美味そうにコーラを胃に流し込んだ。

「パイロットは体力勝負だぜ。そんなカリカリに絞ってどうするんだよ」

 センチピートにとって、先祖のように提督になるべく幼少から徹底的に仕込まれ、馬鹿の付くほど真面目で自分にも他人にも驚くほど厳しく、一つ年下で階級も一緒なのにやたらと威張るボーイスカウトはまったく不思議な存在であった。彼の堅物ぶりに因んでボーイスカウトというコードネームを付けたのは他ならぬセンチピートであった。

「お前なんかアナポリス(注5)なら体重超過で処罰だ」

 ボクシングでライト級の大学チャンピオンになったボーイスカウトの身体は、小柄ながらも均整が取れていて一辺の無駄もなく、一際白い肌も相まってさながらギリシャの彫刻のようであった。

 それに対してフットボールと柔道とサーフィンで鍛えたセンチピートの身体はというと、うっすらと脂肪を残しつつもその下には豊富な筋肉が覗いてある種の獣のように力強く、赤銅色に焼けた肌と右肩から腕にかけて彫られたハワイの伝統的な紋様のタトゥーがその迫力を際立たせた。肉体の鍛え方一つとっても互いの価値観の違いは顕著だった。

「そんな怒ってばかりじゃ明後日からモテないぜ」

「そういえば、昨日話してたバーってのは良いんだろうな」

「伍長のモリタがモテて仕方なかったんだぜ。俺達なら入れ食いさ」

「へえ、そいつは凄いな」

 思わずボーイスカウトの頬が緩んだ。明後日から二人は沖縄で休暇に入ることになっている。出撃の度に喧嘩ばかりしていても、遊びに行くときはいつも二人一緒であった。

「お前の日本語が頼りだからな。しっかり頼むぜ」

「任せとけ任せとけ。女に関しては俺のほうが上官だ」

 センチピートは4分の1が日本人とあって日本語が出来た。沖縄ではこれ以上頼りになる相棒はいなかった。

 二人は沖縄に着いた夜、早速那覇の街へ繰り出した。パイロットはどこへ行っても女にモテた。何しろ逞しく賢い将校で、おまけにパイロットは各種の手当が豊富に付くので金を持っている。物価の安い日本やフィリピンでは尚更だ。

 空とは逆にセンチピートが先導し、繁華街の外れにある日本人向けのスナックに入った。日系人のモリタという伍長から、この店の女は素晴らしいという噂を仕入れていた。

 店内には店の主らしき老婆と四人の女、日本人ばかりの客が十人程居た。

「まずはビールを出して」

 店中がぎょっとしたような目で二人を見る中、センチピートが日本人並みの日本語でビールを注文すると、店主の老婆は安心したようにビールとつまみを出した。

 二人は出てきた大瓶のビールをそのまま手に取って一気に飲み干した。いつ突然出撃を命じられるかわからない艦上では迂闊に酒は飲めない。その上那覇はうだるような暑さで、ビール瓶はたちまちのうちに両方空になった。

「どんどん持ってきて」

 センチピートは満面の笑みで老婆に告げると、老婆はそれ以上の笑みで次のビールを出した。女達は突然現れた気前の良い将校におっかなびっくり知っている限りの英語で話しかけ、日本人の客達は逃げるように帰っていき、十分と経たずに店の客は二人だけになった。

「俺の祖父さんは日本人なんだ。こいつは親父も祖父さんもアドミラル(提督)」

 エキゾチックで愛想良い沖縄美人に囲まれ、センチピートはすっかりご機嫌だった。

「素敵!ほら、ダグラスさん、もっと飲んで」

 一方のボーイスカウトも言葉はわからなくても女にちやほやされながら次々ビールを注がれ、内心では楽しくてたまらないのだが、将校としての威厳を損なってはならないという一心で極力楽しくなさそうにしていた。

「なあ、軍人さん」

「おう、何だい婆さん?」

 二人がある程度出来上がった頃合いで、老婆が意味ありげにセンチピートに話しかけた。

「続きは奥の部屋でどうかね?」

「奥?」

「こっちの勘定も入れて四人で一晩500ドル。どうだい?」

 絶妙の間合いで女の一人がセンチピートに寄りかかり、誘うような目付きをした。森田に今度何か奢ってやることをセンチピートは考えていた。

「おい、ボーイスカウト、250ドル出せ」

「250も?高すぎる」

「馬鹿。酒はこの辺にして、続きは皆で奥の部屋へ行くのさ。今夜はパーティーだ」

「そ、そんな!俺達は名誉ある合衆国軍人として…」

「旅の恥はかきすて。日本のことわざだ」

 パーティーの意味を察したボーイスカウトは一瞬躊躇ったが、やがて後ろめたそうに財布を取り出すと、100ドル札を二枚と50ドル札をセンチピートに手渡した。

「他言無用で頼む」

「ボーイスカウトやアナポリスじゃこういうことは教えないんだな」

 センチピートは派手に笑って自分も250ドルを出し、老婆に手渡した。

 二人は順番に店の風呂で汗を流し、奥の六畳に通された。布団が並んで敷かれていて、それぞれに裸になった二人が陣取ると、後から店の四人の女が入ってきた。いずれも粒ぞろいの女達が一斉に服を脱ぎ始めると、今夜は滅多にない楽しい夜になると、二人は胸と股間を熱くした。

 ボーイスカウトが最初に脱ぎ終わった女を鼻息荒く抱き寄せた。センチピートは苦笑しながら自分は誰にしようかと品定めをしていると、にわかに表が騒がしくなった。

「洋子、見つけたぞ!」

 日本刀を携えたガラの悪い男が楽しい六畳間の襖を開けた。女の中に一人訳有りが混じっていたらしい。

「この腐れアメ公!」

 あろうことか、ボーイスカウトの抱き寄せた女が洋子であった。男は日本刀を抜くと、窓から逃げようとした洋子に鞘を投げつけた。洋子は恐怖に悲鳴を上げた。

 ボーイスカウトは本能的にファイティングポーズを取り、左フックを男の脇腹に食らわせた。不意を突かれた男は身体をくの字にして悶絶した。

「逃げるぞ!」

 センチピートはこれを幸いと脱いだ服を手に取って店の外めがけて駆け出した。

「金は?」

「命の方が大事だ!」

 金と女を諦めきれないボーイスカウトだったが、背に腹は買えられないと同じ格好で表に駆け出した。

 二人は少なくない数の通行人を脅かし、路地裏で手早く服を着て、タクシーを拾ってほうほうの体で基地へと逃げ帰った。

 幸い基地には知られていないようだったが、ボーイスカウトはすっかりむくれて部屋に帰ってしまった。

「なあ、女と軍隊にトラブルはつきものだぜ。元気出せよ」

 センチピートはボーイスカウトの部屋を訪れて、飲み直しにとビールを差し出した。

「うるさい!お前のせいで酷い目にあった」

 ボーイスカウトはビール瓶をひったくると、一息で全部飲み干した。店で飲んだところへ立ち回りをして逃げ出したので、えらく酔っているようだった。

「たかだか250ドルくらいでそんな怒るなよ。またほとぼりが冷めたら行こうぜ。お詫びにサービスしてくれるぞ」

「金の問題じゃない。この件が知れたら俺は破滅だ」

「破滅てお前、この程度の事で破滅してたら俺は今頃電気椅子に座ってるぞ」

「お前なんかと一緒にするな!俺は提督にならなきゃいけないんだ。アナポリスの卒業生で大佐になれるのは三人に一人、提督は二十人に一人だけだ。こんな事件を起こしたと知れたらなれるものもなれなくなる!」

 ボーイスカウトは半分泣きそうな顔をしていた。

「お前に分かるか?アナポリスには俺の一族の人間の名前が付いた施設が五つもあるんだぞ。それなのに俺が提督になれなかったら末代までの恥だ!」

「お前も大変なんだな…」

 センチピートはボーイスカウトが哀れに思えてきた。ボーイスカウトはその小さな体に、余人には想像もつかないような重荷を背負わされているのだ。

「俺にできることがあるなら言ってくれ。力になるよ」

 センチピートがそう言うと、ボーイスカウトは何も言わず服を脱ぎ始めた。たちまち一糸まとわぬ裸になったボーイスカウトの股間の砲身は、女を取り逃した口惜しさからかすっかり臨戦態勢になっていた。

「俺を抱け」

 見たことのないような真剣な目でボーイスカウトはそう言った。

「正気か?」

「お前、ボーイスカウトでは女は教えないって言ったよな。だけどな、俺は男は教わったんだ」

 ボーイスカウトがとんでもない事を口走るのにセンチピートは当惑したが、幼い頃のボーイスカウトは相当な美少年であったことは想像がついた。そういう気のある指導者と巡り合えばそういう事になるのも有りそうな話だ。

「どうした?俺の祖父さんは観戦武官(注6)として日露戦争に行った時、日本の将兵がそこら中で男同士でヤッてるのを見たと言ってたぞ」

 センチピートは躊躇った。ハワイではゲイはさほど珍しくもないが(注7)、それでも男は未経験だった。しかし、大事な相棒を放っておくことの出来ないセンチピートは意を決すると、用意した3本のビールを全部飲み干し、おもむろに服を脱いだ。

「素面じゃこんな真似できねえ」

「センチピート、すごく固いな」

 ボーイスカウトは跪くと、これまた臨戦態勢に入ったセンチピートの砲身を握った。大きさは並だが焼けるように熱くて鉄のように固く、いかにも快感をもたらしてくれそうだとボーイスカウトの興奮を煽った。

「いいからケツを出せ」

 センチピートは乱暴にボーイスカウトの手を払いのけると、ベッドに四つん這いにさせた。お互い酒が入っているからだろうか、うっとりとしたボーイスカウトの視線がえらく色っぽく感じられた。

「加減しねえぞ」

 その言葉を合図に、センチピートは自らの砲身に唾を塗り付け、ボーイスカウトの腰に手を添えて突撃した。

「あんっ!もっと!もっと突いて!」

 日頃の威厳はどこへやら、ボーイスカウトは甘い声を上げてねだった。センチピートの砲身はボーイスカウトの中を激しく擦り上げ、ボーイスカウトはそれに応えるように体を震わせて喘ぎ、激しくセンチピートを締め付けた。

「この変態野郎!何が提督だ!」

 思いがけない快感にセンチピートも興奮し、一層激しくボーイスカウトを責め立てる。

「忘れさせてくれ!もう家の事なんて忘れたい!」

 センチピートは激しい興奮と快感の中で、普段のボーイスカウトと今のボーイスカウト、果たしてどちらが本当のボーイスカウトなのかを考えた。

 しかし、目の前の美しい雄を貪る快感の前にすぐどうでもよくなってしまった。思考能力が弱まるとともに、二人共段々と限界に近づいて行くのを感じていた。

「イく!もうイく!」


 ボーイスカウトがそう叫ぶと、センチピートはボーイスカウトの砲身を掴み、激しく擦った。

 小柄なボーイスカウトに似合わぬ大口径のそれは激しく脈打ち、それに連動するようにセンチピートを締め付けて、ますますセンチピートの興奮を煽った。

「俺もだ!出すぞ!」

 センチピートは獣のように唸り声を上げ、一層激しく腰を使った。

「うおぉ!」

 センチピートが叫び声を上げた瞬間、二人は同時に絶頂した。ボーイスカウトの砲身から精液がぼたぼたと漏れてベッドのシーツに降り注いだ。

 二人は繋がった状態のまま倒れ込み、そのまま眠りについた。ボーイスカウトの顔はどこまでも安らかだった。
 


注1:コードネーム タックネームとも。パイロットが無線通信で素性を敵に知られないために公式に付けるあだ名。咄嗟に出るようにパイロット同士は普段からこの名前で呼び合う

注2:ボーイスカウト アメリカでボーイスカウトと言った場合、生真面目で理想主義的な人物を指すことがある。この場合かなり揶揄的なニュアンスを含む

注3:ガンカメラ 軍用機に備え付けられたカメラ。戦果の確認に利用される

注4:ROTC 士官学校を経ず、一般の大学に通いながら軍事教練を受けて将校になる制度。士官学校出身者とは若干の溝があることが多い

注5:アナポリス ミネソタ州アナポリスのこと。海軍兵学校があり、兵学校を単にアナポリスとも呼ぶ

注6:観戦武官 第三国の戦争に中立の立場で派遣され、戦争を観戦する軍人のこと。日露戦争にも各国の観戦武官が訪れた

注7:ハワイの同性愛 白人の到来以前のハワイでは同性愛は珍しくなく、古くからLGBTに寛容な州の一つだが、それでも70年代初頭まで表向き違法だった
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