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第3章 狂戦士の守護者編
第133話 新年と、幽霊と、痕跡
しおりを挟むついにブルナに会える。
ブンザさんの話によればブルナは奴隷兵として進軍中で、ここ2~3日のうちに国境の町セプタの手前、バルチに到着するそうだ。
ラジエル候との約束で宮中にいたブルナ
を奴隷兵として徴兵してもらい戦争のどさくさにまぎれてブルナを脱走させる計画だったのだ。
ラジエル候は約束を守ってくれた。
次は俺が動く番だ。
ブルナが到着する予定のバルチは未だ戦地では無いがブルナ一人を脱走させるくらい今の俺なら何の問題も無くこなせるだろう。
俺は、キューブにエリカを残しアウラ様の神殿からバルチを目指すことにした。
ゲートをくぐりアウラ様の神殿に出て、ゲートのある部屋の隣の部屋のドアをノックした。
アウラ様の寝室だ。
「おはようございます。」
ドアが開いてイリヤ様とツインズが出てきた。
「あら、ソウさん。おはようございます。」
「「キュイキュイ。キャウキャウ。」」
ツインズが俺の両肩に停まる。
アウラ様も出てきた。
「おう。ソウ。どっか行くんか?」
「ええ、バルチにピンターの姉がいることがわかったので、迎えに行くところです。素通りするのもなんなのでご挨拶に来ました。」
「おお、そりゃよかったな。ピンターよろこんどるやろ。よかったなぁ。」
アウラ様は我がことのように喜んでくれているようだ。
「それと、アウラ様にまた少しお願いがありまして。」
「おお、なんでもいわんかい。」
「ルチアの故郷が戦禍に飲まれたようで、ブルナを助けた後、様子を見に行くつもりです。その際難民がいたら、一度保護しようと思っているのですが、またここを使ってもいいですか?」
俺は以前、このアウラ様の神殿にバルチの住民を避難させたことがある。
ブルナを救い出した後、ネリア村の様子を見て難民がいれば保護したいと思っているのだ。
おそらくネリア村は壊滅状態だろう。
ネリア村の村長や住民、それに番犬ハチのことも気になっている。
俺がゲートを開いて多数の獣人を移動させることのできる場所は、この神殿しか思い当たる場所が無い。
「ああ、かまへんで、好きなだけ使い。」
「ありがとうございます。それでは行って参ります。」
「おう。きぃつけてな。」
「いってらっしゃい。」
「「キャウキャウ」」
俺はアウラ様達に見送られて神殿を出た。
神殿からバルチまで、以前エリカを伴って移動したことがある。
その時は俺の身体能力も今ほどではなく、エリカを伴ってたこともあって一泊二日の行程だったが、今の俺なら半日もあればバルチに到着できるはずだ。
アウラ神殿を出るとゆるやかなカルスト地帯が続く、カルスト地帯を抜けると険しい山並みに入る。
レニア山脈だ。
レニア山脈は標高2~3千メートルの山並みが続く険しい山岳地帯だが、獣王化した俺には里山をかけぬけるようなものだ。
レニア山脈を走る途中、ワイバーンが遠くから俺を見つけて近づいてきたが、俺が怒気を発しただけで敏感に危険を感じ、すぐに逃げ去った。
今の俺は怒気だけでワイバーンを遠ざけるほどに成長している。
レニア山脈を3時間ほどで走破すると、目の前には大きな川があらわれた。
バリーツ大河だ。
川幅は100メートルほどある。
泳ぐこともできたが、水に濡れるのが嫌で、マジックバックから魚雷艇を出した。
この魚雷艇はウルフと同じくタイチさんからもらったもので、縦12メートル幅5メートル。
甲板に二基の魚雷発射装置を備えた小型魚雷艇だ。
正式名を
『小型魚雷艇シーサーペント26型』
という。
俺はこの魚雷艇をウルフと同じように『サーペント』と呼んでいる。
操縦方法はウルフと同じだ。
リバーツ大河を横切ると無人の草原が広がっている。
まもなく春だが草原には所々雪が残っている。
この雪が消える頃には、ゲラン国とジュベル国の大戦が始まる。
それまでには俺の家族や友人、知人を戦禍から遠ざけたい。
できるなら戦争そのものを無くしたい。
草原を駆け抜けるのにウルフを使おうかとも思ったが、今の自分が全力で走ればどうなるかを確かめたかった。
誰も見ているわけではなかったが、俺は川岸でクラウチングスタートの姿勢をとって、心の中で号砲を鳴らした。
(よーいドン)
スタートを切った。
足下は草やガレキ雪溜まりだが、そんなことは苦にならない。
最初は自分の体にどのくらい負担があるか確認しながらスピードを上げていった。
徐々にスピードが上がる。
体感速度は時速80キロを超えたが、体には何の負担も無い。
疲れは感じるのだが、疲れると同時にヒールが自動的に施され苦痛ではなくなる。
更に速度を上げたが、やはり苦痛は無い。
それどころか快感を感じる。
肉体的な快感と精神的な快感が同時に生じている。
いわゆるランナーズハイというやつかもしれない。
走りながら思わず笑みがこぼれる。
(どうだ、俺は強くなっただろう。)
誰に対してそういったのかは俺自身もわからない。
ただ飛行機が不時着して以来、何度も死にかけて、あれほど弱かった俺が今は無敵とも思える強さを手に入れた。
そのことが無性に嬉しかった。
強ければ生き残れる。
強ければ家族を守れる。
強ければ仲間を救える。
それが嬉しかったのだ。
そんなことを考えているうち、いつの間にか草原を駆け抜け街道に出た。
遠くにバルチの集落が見える。
俺は速度を落とし人間の姿に戻った。
人狼1の姿だ。
キノクニ相談役シンの姿と言った方がわかりやすいかも知れない。
この姿は毛深く逞しい人間の姿に見える。
人狼Ⅱや獣王の姿は、とても人間に見えず獣人そのものだ。
獣王の姿に至っては獣人のそれを超え、どちらかと言えばアウラ様の龍化に近いものを感じる。
人間も獣人も近寄りがたい姿だそうだ。
人狼1の姿でキノクニの半纏を羽織りバルチ村の入り口に近づいた。
村の入り口には門番がいる。
俺が手を上げながら門に近づくと門番も俺に近づいた。
「これは、シン様。お久しぶりです。以前は母がお世話になりました。」
門番は俺の事を覚えて居た。
以前、ジュベル国軍が、このバルチ村方面に進軍した時、俺はバルチ村の老人や子供をアウラ神殿まで避難させたことがある。
門番は、その時のことをいっているのだろう。
「ああ、久しぶりだな。変わりは無いか?」
「ええ、代官様も交代されて、いたって平穏な村に戻っています。これもシン様のおかげですよ。」
ここバルチには悪徳代官が赴任いていたが、俺がラジエル侯爵に報告した結果、前の代官はクビになったのだ。
「今日は何用で?何かまた異変がありましたか?」
「いや、セプタへ行く途中に立ち寄っただけだ。」
本当はブルナ救出作戦を実行するためだが、当然そんなことは言えない。
「ところで、セプタへの援軍が先にゲラニを出発したはずだが、まだ到着していないか?」
門番はもう一人の門番と話し合ってから答えた。
「いえ、今のところこの街を通過したのは一月前に通過した第二師団だけだそうです。」
ブルナ達の部隊はまだバルチへ到着していないようだ。
「わかった。ありがとう。」
俺は門番に礼を言って通行料金を支払い街へと入った。
街の中に入ってからまず、エリカの祖母の家を訪ねた。
エリカの祖母は俺のことをよく覚えていた。
「まぁまぁシン様。ようこそおいで下さいました。その節はひとかたならぬお世話になりましてありがとうございました。村長をはじめ皆シン様に感謝しておりますよ。ほんとうに」
「いや、おれなんて大したことはしていないですよ。龍神様の神殿をちょこっと借りただけですから。」
「いえいえ、龍神様が実在するとは皆驚いておりました。その龍神様のお知り合いだなんて、それにお代官様も変えていただきましたしね。シン様はこの村では神様扱いですよ。
・・・昔はゲランの国民も皆、龍神様を信仰しておりましたのにねぇ。いつのまにやら・・・」
なにやら言いたそうだったが、国教であるヒュドラ教のこと安易に言葉に出来ないのだろう。
代官を変えたのは領主のラジエル侯爵だが、その原因となった代官の汚職を暴いたのが俺だと言うことになっているらしい。
「ところで、シン様。エリカは元気にしていますでしょうか?」
「ええ、元気ですよ。今会わせてあげます。」
俺はおばあさんの家の中でゲートを開いてエリカを呼び寄せた。
「おばあちゃん!」
エリカがゲートを出るなり、おばあちゃんに抱きついた。
「あらあら、エリちゃん。ホント元気ね。うふふ。」
おばあちゃんはアウラ神殿へ避難する時、ゲートをくぐった経験があるのでエリカがゲートから出てきてもさほど驚いていないようだ。
おばあちゃんもエリカも少し涙ぐんでいる。
今回の作戦でエリカを助手に選んだのは今のこの光景を見たかったからかも知れない。
俺も母さんや父さんに会いたい。・・・
エリカは、おばあちゃんをひとしきり抱きしめた後、俺に向いた。
「それで、シン様。ブルナさんは?」
「ああ、まだ到着していない。ブルナ達が到着するまで、ここで待つよ。ゲートを開いたままにしておきたいからエリカ、お前がゲートの門番だ。ここから離れるな。」
「え?はい。・・」
つまり「おばあちゃんちでゆっくりしろよ。」という意味だ。
「ありがとうございます。ソウ様」
おばあちゃんの方が先に礼を言った。
おれの意図することがわかっているようだ。
「礼はいらないですよ。これはエリカの仕事ですから。」
俺はにこやかに返事した。
「いえいえ、シン様のお心遣い、身にしみております。エリカの申すとおりのお方ですね。シン様のような方がエリカの・・・」
と言いかけたときエリカがあわてておばあちゃんの口を塞いだ。
エリカは耳まで真っ赤にしている。
「おばあちゃん!!」
ナニナニ?どうしたの?
今のおばあちゃんの話しぶりだと、エリカは俺の事をおばあちゃんに話していて、おばあちゃんはその話を聞いた上「エリカの・・・夫?旦那様?・・・になってくれたら。」と言いかけたような気もするが?
まさかねぇ、映画スターのような美人のエリカが俺の妻だなんてねぇ。
俺の鼻の下が少し伸びたような気がする。
俺は元の世界、日本では全くモテなかった。
一番近しい女性はヒナだ。
そのヒナも俺には恋心なんて抱いていない。
家族的な愛情は持ってくれているかもしれないが、男女間の愛情は持っていない。
悲しいが、そのことは俺もよくわかっている。
この世界に来て女性からの視線や感情が変化していることには気がついているが、それでも元の世界の感覚が俺の感情を支配している。
(俺がモテるはずない。)
「エリカ、俺は一度キューブへ帰るから、ゲートの番をよろしくね。」
「はい。承知いたしました。お任せ下さい。」
俺はゲートをくぐってキューブへ帰った。
特に用事は無かったが夕食の時間だし、吉報をまだかまだかと待っているピンターにも現状を知らせたかったのだ。
ブルナはまもなくバルチに現れる。
ゲラニ軍第三師団は思ったより進軍が遅れていた。
バルチまであと3日という地点で野営の準備をしていた。
「さぁさぁ、さっさとテントを張って食事の支度をしろ。」
武装した兵士がみすぼらしい服装をした男女に命令をした。
みすぼらしい服装をした男女は30名ほどいるが、兵士の命令通り、キビキビと働き野営の準備をしている。
動作が鈍い奴隷は他の兵士にむち打たれている。
その様子を見た女性が鞭うつ兵士に声をかけた。
「そこの兵隊さん。貴方もっと奴隷を大切にしなさい。奴隷は装備品と同じよ。国の財産だし、ヒュドラ様の財産でもあるのよ。わかっているの?」
「は、はい。司教様。すみません。」
兵士は女性に謝った。
女性は白い服装で首からはヒュドラ教のネックレスが覗いている。
ヘレナだ。
ブンザさんの話によればブルナは奴隷兵として進軍中で、ここ2~3日のうちに国境の町セプタの手前、バルチに到着するそうだ。
ラジエル候との約束で宮中にいたブルナ
を奴隷兵として徴兵してもらい戦争のどさくさにまぎれてブルナを脱走させる計画だったのだ。
ラジエル候は約束を守ってくれた。
次は俺が動く番だ。
ブルナが到着する予定のバルチは未だ戦地では無いがブルナ一人を脱走させるくらい今の俺なら何の問題も無くこなせるだろう。
俺は、キューブにエリカを残しアウラ様の神殿からバルチを目指すことにした。
ゲートをくぐりアウラ様の神殿に出て、ゲートのある部屋の隣の部屋のドアをノックした。
アウラ様の寝室だ。
「おはようございます。」
ドアが開いてイリヤ様とツインズが出てきた。
「あら、ソウさん。おはようございます。」
「「キュイキュイ。キャウキャウ。」」
ツインズが俺の両肩に停まる。
アウラ様も出てきた。
「おう。ソウ。どっか行くんか?」
「ええ、バルチにピンターの姉がいることがわかったので、迎えに行くところです。素通りするのもなんなのでご挨拶に来ました。」
「おお、そりゃよかったな。ピンターよろこんどるやろ。よかったなぁ。」
アウラ様は我がことのように喜んでくれているようだ。
「それと、アウラ様にまた少しお願いがありまして。」
「おお、なんでもいわんかい。」
「ルチアの故郷が戦禍に飲まれたようで、ブルナを助けた後、様子を見に行くつもりです。その際難民がいたら、一度保護しようと思っているのですが、またここを使ってもいいですか?」
俺は以前、このアウラ様の神殿にバルチの住民を避難させたことがある。
ブルナを救い出した後、ネリア村の様子を見て難民がいれば保護したいと思っているのだ。
おそらくネリア村は壊滅状態だろう。
ネリア村の村長や住民、それに番犬ハチのことも気になっている。
俺がゲートを開いて多数の獣人を移動させることのできる場所は、この神殿しか思い当たる場所が無い。
「ああ、かまへんで、好きなだけ使い。」
「ありがとうございます。それでは行って参ります。」
「おう。きぃつけてな。」
「いってらっしゃい。」
「「キャウキャウ」」
俺はアウラ様達に見送られて神殿を出た。
神殿からバルチまで、以前エリカを伴って移動したことがある。
その時は俺の身体能力も今ほどではなく、エリカを伴ってたこともあって一泊二日の行程だったが、今の俺なら半日もあればバルチに到着できるはずだ。
アウラ神殿を出るとゆるやかなカルスト地帯が続く、カルスト地帯を抜けると険しい山並みに入る。
レニア山脈だ。
レニア山脈は標高2~3千メートルの山並みが続く険しい山岳地帯だが、獣王化した俺には里山をかけぬけるようなものだ。
レニア山脈を走る途中、ワイバーンが遠くから俺を見つけて近づいてきたが、俺が怒気を発しただけで敏感に危険を感じ、すぐに逃げ去った。
今の俺は怒気だけでワイバーンを遠ざけるほどに成長している。
レニア山脈を3時間ほどで走破すると、目の前には大きな川があらわれた。
バリーツ大河だ。
川幅は100メートルほどある。
泳ぐこともできたが、水に濡れるのが嫌で、マジックバックから魚雷艇を出した。
この魚雷艇はウルフと同じくタイチさんからもらったもので、縦12メートル幅5メートル。
甲板に二基の魚雷発射装置を備えた小型魚雷艇だ。
正式名を
『小型魚雷艇シーサーペント26型』
という。
俺はこの魚雷艇をウルフと同じように『サーペント』と呼んでいる。
操縦方法はウルフと同じだ。
リバーツ大河を横切ると無人の草原が広がっている。
まもなく春だが草原には所々雪が残っている。
この雪が消える頃には、ゲラン国とジュベル国の大戦が始まる。
それまでには俺の家族や友人、知人を戦禍から遠ざけたい。
できるなら戦争そのものを無くしたい。
草原を駆け抜けるのにウルフを使おうかとも思ったが、今の自分が全力で走ればどうなるかを確かめたかった。
誰も見ているわけではなかったが、俺は川岸でクラウチングスタートの姿勢をとって、心の中で号砲を鳴らした。
(よーいドン)
スタートを切った。
足下は草やガレキ雪溜まりだが、そんなことは苦にならない。
最初は自分の体にどのくらい負担があるか確認しながらスピードを上げていった。
徐々にスピードが上がる。
体感速度は時速80キロを超えたが、体には何の負担も無い。
疲れは感じるのだが、疲れると同時にヒールが自動的に施され苦痛ではなくなる。
更に速度を上げたが、やはり苦痛は無い。
それどころか快感を感じる。
肉体的な快感と精神的な快感が同時に生じている。
いわゆるランナーズハイというやつかもしれない。
走りながら思わず笑みがこぼれる。
(どうだ、俺は強くなっただろう。)
誰に対してそういったのかは俺自身もわからない。
ただ飛行機が不時着して以来、何度も死にかけて、あれほど弱かった俺が今は無敵とも思える強さを手に入れた。
そのことが無性に嬉しかった。
強ければ生き残れる。
強ければ家族を守れる。
強ければ仲間を救える。
それが嬉しかったのだ。
そんなことを考えているうち、いつの間にか草原を駆け抜け街道に出た。
遠くにバルチの集落が見える。
俺は速度を落とし人間の姿に戻った。
人狼1の姿だ。
キノクニ相談役シンの姿と言った方がわかりやすいかも知れない。
この姿は毛深く逞しい人間の姿に見える。
人狼Ⅱや獣王の姿は、とても人間に見えず獣人そのものだ。
獣王の姿に至っては獣人のそれを超え、どちらかと言えばアウラ様の龍化に近いものを感じる。
人間も獣人も近寄りがたい姿だそうだ。
人狼1の姿でキノクニの半纏を羽織りバルチ村の入り口に近づいた。
村の入り口には門番がいる。
俺が手を上げながら門に近づくと門番も俺に近づいた。
「これは、シン様。お久しぶりです。以前は母がお世話になりました。」
門番は俺の事を覚えて居た。
以前、ジュベル国軍が、このバルチ村方面に進軍した時、俺はバルチ村の老人や子供をアウラ神殿まで避難させたことがある。
門番は、その時のことをいっているのだろう。
「ああ、久しぶりだな。変わりは無いか?」
「ええ、代官様も交代されて、いたって平穏な村に戻っています。これもシン様のおかげですよ。」
ここバルチには悪徳代官が赴任いていたが、俺がラジエル侯爵に報告した結果、前の代官はクビになったのだ。
「今日は何用で?何かまた異変がありましたか?」
「いや、セプタへ行く途中に立ち寄っただけだ。」
本当はブルナ救出作戦を実行するためだが、当然そんなことは言えない。
「ところで、セプタへの援軍が先にゲラニを出発したはずだが、まだ到着していないか?」
門番はもう一人の門番と話し合ってから答えた。
「いえ、今のところこの街を通過したのは一月前に通過した第二師団だけだそうです。」
ブルナ達の部隊はまだバルチへ到着していないようだ。
「わかった。ありがとう。」
俺は門番に礼を言って通行料金を支払い街へと入った。
街の中に入ってからまず、エリカの祖母の家を訪ねた。
エリカの祖母は俺のことをよく覚えていた。
「まぁまぁシン様。ようこそおいで下さいました。その節はひとかたならぬお世話になりましてありがとうございました。村長をはじめ皆シン様に感謝しておりますよ。ほんとうに」
「いや、おれなんて大したことはしていないですよ。龍神様の神殿をちょこっと借りただけですから。」
「いえいえ、龍神様が実在するとは皆驚いておりました。その龍神様のお知り合いだなんて、それにお代官様も変えていただきましたしね。シン様はこの村では神様扱いですよ。
・・・昔はゲランの国民も皆、龍神様を信仰しておりましたのにねぇ。いつのまにやら・・・」
なにやら言いたそうだったが、国教であるヒュドラ教のこと安易に言葉に出来ないのだろう。
代官を変えたのは領主のラジエル侯爵だが、その原因となった代官の汚職を暴いたのが俺だと言うことになっているらしい。
「ところで、シン様。エリカは元気にしていますでしょうか?」
「ええ、元気ですよ。今会わせてあげます。」
俺はおばあさんの家の中でゲートを開いてエリカを呼び寄せた。
「おばあちゃん!」
エリカがゲートを出るなり、おばあちゃんに抱きついた。
「あらあら、エリちゃん。ホント元気ね。うふふ。」
おばあちゃんはアウラ神殿へ避難する時、ゲートをくぐった経験があるのでエリカがゲートから出てきてもさほど驚いていないようだ。
おばあちゃんもエリカも少し涙ぐんでいる。
今回の作戦でエリカを助手に選んだのは今のこの光景を見たかったからかも知れない。
俺も母さんや父さんに会いたい。・・・
エリカは、おばあちゃんをひとしきり抱きしめた後、俺に向いた。
「それで、シン様。ブルナさんは?」
「ああ、まだ到着していない。ブルナ達が到着するまで、ここで待つよ。ゲートを開いたままにしておきたいからエリカ、お前がゲートの門番だ。ここから離れるな。」
「え?はい。・・」
つまり「おばあちゃんちでゆっくりしろよ。」という意味だ。
「ありがとうございます。ソウ様」
おばあちゃんの方が先に礼を言った。
おれの意図することがわかっているようだ。
「礼はいらないですよ。これはエリカの仕事ですから。」
俺はにこやかに返事した。
「いえいえ、シン様のお心遣い、身にしみております。エリカの申すとおりのお方ですね。シン様のような方がエリカの・・・」
と言いかけたときエリカがあわてておばあちゃんの口を塞いだ。
エリカは耳まで真っ赤にしている。
「おばあちゃん!!」
ナニナニ?どうしたの?
今のおばあちゃんの話しぶりだと、エリカは俺の事をおばあちゃんに話していて、おばあちゃんはその話を聞いた上「エリカの・・・夫?旦那様?・・・になってくれたら。」と言いかけたような気もするが?
まさかねぇ、映画スターのような美人のエリカが俺の妻だなんてねぇ。
俺の鼻の下が少し伸びたような気がする。
俺は元の世界、日本では全くモテなかった。
一番近しい女性はヒナだ。
そのヒナも俺には恋心なんて抱いていない。
家族的な愛情は持ってくれているかもしれないが、男女間の愛情は持っていない。
悲しいが、そのことは俺もよくわかっている。
この世界に来て女性からの視線や感情が変化していることには気がついているが、それでも元の世界の感覚が俺の感情を支配している。
(俺がモテるはずない。)
「エリカ、俺は一度キューブへ帰るから、ゲートの番をよろしくね。」
「はい。承知いたしました。お任せ下さい。」
俺はゲートをくぐってキューブへ帰った。
特に用事は無かったが夕食の時間だし、吉報をまだかまだかと待っているピンターにも現状を知らせたかったのだ。
ブルナはまもなくバルチに現れる。
ゲラニ軍第三師団は思ったより進軍が遅れていた。
バルチまであと3日という地点で野営の準備をしていた。
「さぁさぁ、さっさとテントを張って食事の支度をしろ。」
武装した兵士がみすぼらしい服装をした男女に命令をした。
みすぼらしい服装をした男女は30名ほどいるが、兵士の命令通り、キビキビと働き野営の準備をしている。
動作が鈍い奴隷は他の兵士にむち打たれている。
その様子を見た女性が鞭うつ兵士に声をかけた。
「そこの兵隊さん。貴方もっと奴隷を大切にしなさい。奴隷は装備品と同じよ。国の財産だし、ヒュドラ様の財産でもあるのよ。わかっているの?」
「は、はい。司教様。すみません。」
兵士は女性に謝った。
女性は白い服装で首からはヒュドラ教のネックレスが覗いている。
ヘレナだ。
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アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。
普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。
白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。
そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。
剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。
だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。
おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。
俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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