上 下
63 / 84
第11章 神器のアンデッドから始まる処刑阻止

第63話 行商の旅

しおりを挟む
「はい、聖水漬け一つお買い上げ。銅貨二十枚だよ」
「負けてくれないかねぇ」
「お嬢さん、それはちょっと」
「やだねぇ、おばさんをつかまえてお嬢さんなんて。仕方ないもう一つ買うわ。負けるわよね」
「二つで銅貨三十五枚」
「もう一声、ハンサムなお兄さん」
「仕方ないなあ。銅貨三十枚」
「買ったぁ」

「ジュサ、包んであげて」
「なんで私が下っ端なの」
「しょうがないじゃないか。くじで負けたんだから」

 俺達は今、野営地で商売の真っ最中だ。
 禁忌持ち処刑の街まで普通に行ったのでは怪しまれる。
 それで、行商の旅とあいなった。

 俺が漬物を樽から出すと、ジュサがテキパキとなんちゃってビニールに包む。

「漬物屋さんは夫婦かい。息がぴったりだ」
「いえ、ただの従業員だよ」
「ただの従業員じゃないでしょ。一緒に死線をくぐった仲間」
「はい、はい。お客さん本気にとらないでね。死線と言っても、ただの難しいお使いだから」
「店をやっていると色々あるのね」
「はい、それはもう」

 客が全てはけたので、馬車の移動式店舗を畳んで、近くの農村に野菜を仕入れに行く。

「マロン、農村についたら飼い葉をたんまり食わせてやるからな」

 馬のマロンが分かっているよとブルっと鼻息を吐いた。

「ジュサ、まだ怒っているのか」
「ええ」
「だから客にあんな事を言ったのか」
「そうじゃないけど。悲しいじゃない」

 今回のお供はジュサだけだ。
 それというのも勇者を倒す算段の分が悪いからだ。
 成功率は二割もいけば良いだろう。
 ジュサには戦いの場に出てもらわないで、俺が死んだら報せを仲間に持ち帰ってくれと頼んだ。
 これがフリーダークのメンバーに大ブーイング。
 なんで一人で死にに行くのかと怒鳴られた。

「元はといえば俺の我侭から始まった事だ。勝てる確率がある以上、俺がやる」
「それは確かに私達では、神器の守りを突破できないかもしれない。でも、そんな時だから頼ってほしいの」
「それは分かっている。メンバーの能力で、勇者の守りを突破するイメージが、浮かばなかっただけだ。足手まといとは思っていない。今回は相性の問題だ」
「納得出来ないけど、分かったわ」



 農村はどこも似たり寄ったりだ。
 閉鎖的だが、外界の情報に飢えている。
 行商人だと名乗ると大概は邪険に扱われない。

「こんちは。野菜を売ってくれ」
「おう、行商人かね。売り物は?」
「行商人だ。漬物は要らないよな」
「要らん、要らん」

「それだと、ジュサがお針子の仕事が出来る。高級そうな服の直しなんかお手の物だ」
「ええ、任せて。これでも街の一流どころで仕事していたから」
「そうかね。ならこの村に一着しかない婚礼の衣装を直してくれないか」

「大丈夫よ。見せて」

 村人に連れられてジュサは衣装を直しに行ってしまった。
 俺は別の村人をつかまえて野菜を売ってもらった。

 マロンに飼い葉を食わせ、馬車の中でせっせと漬物を作る。
 樽いっぱいに漬物が出来て一息ついていたら、外が騒がしい。

「子供達の姿が見えないと思ったら、あいつら魔獣見物に行ったと」
「連れ戻したらお仕置きだな」
「きっとあの崖の上よ。なんでも子供しかしらない登り道があるのだとか」

 あー、どうするかな。
 村人と一緒に助けに行って、子供達がピンチになったりしてたら、死体術士のスキルを使ってしまいそうだ。
 なんと言って一人で助けに行こう。
 それとも知らん振りを決め込むか。
 いや、寝覚めが悪くなりそうだ。
 一応俺はゴーレム使いを名乗っているから、リビングアーマーの飛車ひしゃ角行かくぎょうは連れてきている。
 凄腕のゴーレム使いに任せてくれと言ってみるか。

 飛車ひしゃの手の平に成香なりきょうを忍ばせる。

「皆さん聞いてくれ。俺は凄腕のゴーレム使いだ。俺に任せてくれないか」
「実力を見ない事にはなんとも言えん」
「要らない鉄板はあるかい」
「それなら穴の開いた鍋がある」

 鍋を貰い木に固定する。

「やれ」

 飛車ひしゃの手から成香なりきょうが放たれる。
 パチンと音がして鍋の穴が増えた。

「どうだい。遠距離攻撃も思いのままだ」
「これなら魔獣もいちころか。この人に任せていいか」
「いいだろ」
「いいわよ」
「そうだな」

 集まった村人が賛成してくれた。
 俺はリビングアーマーをお供に、教えて貰った崖にやって来た。
 崖の下には狼魔獣の群が居て、盛んに吠えている。
 崖の上を見ると子供達が下に降りられなくなって震えていた。

「細菌の屍骸よ、凶悪なグールとなれ【メイクアンデッド】」

 崖下が黒い霧に包まれる。
 霧が晴れた頃には崖下で動いているものはなかった。

 俺はしばらくしてから、崖下に行って声を張り上げた。

「おい、降りて来い! みんなが心配しているぞ!」

 子供達は崖の窪みを上手く使いするすると降りて来た。

「ねぇ、見た! 見た!」
「何をだ」

「黒い霧に包まれたら、狼魔獣がみんな溶けた」
「ああ、それはきっと魔獣ノワールゴーストの仕業だな。伝説では悪い子がいるとみんな食べてしまうそうだ」
「えっ」
「早く村に帰ろう」
「村に追いかけてこないかな」

「良い子にしていれば、きっと大丈夫さ」

 村に帰ると子供達は親に小突かれ連れて行かれた。
 しばらくは無茶をしないだろう。
 ジュサも馬車に戻ってきていて、ニコニコとした顔をしていた。

「さあ、次の野営地を目指すぞ」
「ええ、出発しましょう」
しおりを挟む

処理中です...