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chapter17 この世とあの世の境界線

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ジェニはオフィスで大きくため息をついた



まったく松下竜馬はビジネスの成功以外
何も眼中にない人物だと思っていたけど・・・




もしかしたらそうでもないのかもしれない・・
そっと自分の唇を指で触る


忘れられるわけなどない
今でもはっきり覚えている
あれほど素晴らしいキスはなかった




思い出すだけでも頬が熱くなる

唇が触れた瞬間
まるで乾燥した部屋で静電気が走った時みたいに
全身に電流が走り欲望が駆け巡った




あれは・・・何だったのだろう



その時オフィスのドアが開いて
松下竜馬が入って来た





―また来たわ―






大股で近づいてくる姿に
思わず鼓動が速くなる



仕事の話なら堂々と言い返せるのに
それ以外のことになると同じ部屋にいるだけで
ドキドキしてしまう




今日の彼の出立はチャコールグレーの細かい
ツイードのスーツに薄い水色のワイシャツだ
ため息が出そうなほどハンサムな姿に
ジェニは思わず見とれた




全身にみなぎる自信に圧倒されそうになる




彼がジェニの背後からじっと
見つめているのを感じる

途端にノートパソコンに打ち込む文字が
誤字だらけになる


ああ・・・
彼にどうか見られていませんように




「・・・君はいつもどうして床に座っているんだ?
靴は?どうした? 」



セクシーで真っ黒な瞳がじっとこちらを見ている




「ノートパソコン2台と
スマートフォン2台を広げる
スペースには床がいちばんいいんです!
靴もデスクの下にしまってるわ! 」




ジェニは竜馬がタイトスカートから伸びている
自分の脚に視線が注がれているのに気が付いて
頬が熱くなるのを感じ
慌ててすくっと立ち上がった




「でも安心してください!
クライアントに会う時には
必ず靴を履くようにしてますから!」
 

「熱帯魚達は?どこにやったんだ?」

  

竜馬が皮肉たっぷりに言った





「そこの日当たりの良いところへ移動しました!
貰い手が見つかるまでです!」



「ホームシックにはなっていないか?
眺めは気に入ってもらえただろうか? 」




水槽を眺めながら
竜馬は皮肉たっぷりに言った




ジェニはわざと知らんぷりして
デスクにノートパソコンを置いて椅子に座った
そしていそいそと靴も履く




「そうね・・・あまり近づかないで
欲しいです彼らは鮫が嫌いなの 」




くるっと竜馬が振り向いた




「・・・僕は鮫じゃない」



「あら!そうかしら?
父の会社をがぶりと飲み込んだばかりじゃなかった?」




ハァ・・っとため息とついて竜馬が言った




「会社が欲しくて買収したわけじゃない
それだったらもっと買収するに良い会社はごまんとある」




ジェニはコロコロ笑った




「あ~ら!
お気の毒に!
おかげでとんだお荷物を
背負い込むことになったんですね!
ご心配なく!
今月も新しいクライアント獲得できましたから!
せいぜい馬車馬のように働かせていただきます!」




「疲れているようなら
今日はここまでにしたらどうだ? 」




じっと竜馬がジェニの顔を見つめる




いやだ・・・
くまでも出来ているのかしら・・
同情されるほど?



思いがけない言葉にジェニは内心動揺した
でも彼が思いやりある人だとは考えたくない





「そういうわけにはいかないわ!
〝なんの能力もない怠け者゛だと思われたくないもの」




竜馬はカッとして一歩前に出た




「なんてひねくれてるんだ!
僕はそんな意味で―  」





「ストォ~~~プッ!!
この線から入らないでくださいいぃぃぃ!
セクハラで訴えますぅぅぅ~ 」





ジェニは足を右左に動かして境界線を引いた





「なんだよ!
空中ならいいだろっ!!
ほら! 」




竜馬は右腕を突き出した




「まぁ!なんて大人気ないのっ!
恥ずかしくないんですか?」




「君が最初に仕掛けてきたから
乗ったまでだ!」










:*゚..:。:.  
 






「ねぇ真紀ちゃん・・・
私外回りとかであんまりいないから
わからないけど社長はどれぐらいの頻度で
このオフィスに来るの? 」



真紀のデスクの向かいで
いちごポッキーを食べながら
藤子が不思議そうに二人のやり取りを見ながら聞いた


「朝と晩一日二回
必ず来てジェニさんと言い争って去って行きますよ?
今の所8:2でジェニさんが勝ってますね 」






真希がパソコンから目を離さずに
マウスを忙しく動かしながら
落ち着いた様子で言う






「まぁ!圧倒的じゃない」





藤子が驚いて言う




「でも・・・社長は優しいお方だと思います
ジェニさんが傷つくような決定的なことは絶対
言いませんから」





真希がそっけなく言う





「私が思うにあれはジェニさんが悪いですよ
社長が来たらすぐさま噛みついて
穏やかに話す機会を与えないんです
ジェニさんは買収されたことを恨んでいますから・・
社長の肩を持つようではないですけど
社長がひとこと何か言うとジェニさんが
10倍にして返してますからね」





真紀が藤子が持ってきた
ひよこ饅頭の包を開けて頭からかぶりついて
肩をすくめた





「ここ最近はなんだか社長が可哀そうになって
来てるんです 」





藤子もうなずき
まだギャーギャー言い合っている二人を見つめる





「もう許してあげればいいのにね
私達はこんな快適なオフィスであの役立たずの
役員も解雇してくれて社長に感謝してるのに
まるで天国よ!ここ! 」





そうこうしていると
また言い争いに竜馬が負けて
彼がエレベーターホールに去って行こうとしていた






「はぁ~い!社長
難波ひよこ饅頭お土産に貰ったんですけど
おひとついかがですかぁ~?」






藤子が竜馬を呼び止めた
するとじ~っと竜馬が藤子達を見て
スタスタこっちにやってきた






「ひよこ饅頭って何? 」






あら?食いついたわ・・・




眉根を寄せて睨んでいるが
藤子はなんだかこの堅ブツ社長が
不思議にかわいく見えてしまい
おかしくなって笑いそうに
なるのをなんとかこらえた





怪訝な顔で藤子に聞く竜馬に
ハイッと藤子がひよこ饅頭を渡した





竜馬はもの珍しそうに
ひよこ饅頭を色んな角度からマジマジ見た
たしかにひよこの形をしている
藤子と真希が興味津々で
自分を見つめているのを感じてハッとする





「・・・どうも・・・・ 」






竜馬はそれをスーツの内ポケットに忍ばせて
去って行った







「なんだか・・・世間気がないっていうか
可愛いわね・・・ 」

「でしょ? 」





二人はクスクス笑った





「なによ!二人してコソコソ! 」





ジェニが頬を染めてやってきた





「もうちょっと穏やかに社長と
話ができないものなの? 」





藤子が竜馬を気遣ってジェニに言った






「そうですよ
社長はジェニさんをとても
気にかけてくださっていると伺っていますよ 
出来れば二人はうまくいって欲しいって
おっしゃってましたから」





「え?」


「え?」






藤子とジェニが真希を見る
真希が大きな湯呑みを恭しく両手で持って
お茶をすする





「ま・・・真希ちゃん・・・
その・・・社長が私を気にかけているって・・・
誰から聞いたの? 」





真希が落ち着いた口調で二人に言った






「実は・・・・この度
財務部長の浜田宗一郎さんと
再婚することになりました」






ジェニと藤子は暫くお互いの顔を見やって
同時に真希に詰め寄った






「どういうことっ?」

「どういうことっ?」







ポッと真希は頬を染めた







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