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例えどんな理不尽な世界だとしても
封印魔法ですか?
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ひたすら頭の中で乱列する呪文を詠唱する。かれこれもう三十分。一息もつくことなく、ロイドは詠唱を続ける。
空は明るみを帯びてきた。鳥のさえずりも聞こえ、街は朝を迎えようとしている。
ロイドの足元を中心に巨大な魔法陣が草原を埋めつくさんばかりに今もなお、広がり続ける。
背後には銀甲冑を纏った街の警護兵が数人と、ロイドの秘書兼護衛の女騎士――ゼシュが固唾を飲んでいる。
街の南門。デッドリーパーの出現したポイントにロイド達はいた。つい先日街を襲撃したハーピィー二体も、調査の結果街の南からきていることが判明した。
この街の南にはいくつかの街を挟んでではあるが、魔物の活動範囲の境界となる、大きな谷が存在する。ディザスターとは違い、人間が足を踏み入れたことのない、魔物の領域。
その谷を超えた先には特殊な結界が空を覆い、陽の光を通さず、多くの魔物が蔓延っているらしい。あくまでもそういう言い伝えだ。
ロイドよりも随分とお偉い方々の話によると、世界の半分を占める魔物の絶対領域のどこかに魔物の王、つまり魔王が存在するという。
齢八十を超えて、冒険者を引退し、もはや平凡な日々を過ごすだけの余生だと思っていたが、最近は問題続きだ。
詠唱、詠唱、詠唱。ひたすら詠唱。自己最大の魔法を数十年ぶりに詠唱する。魔法陣はもはや破裂しそうなほど膨大に膨れ上がり、それでもなお、魔力を流すと拡大を続ける。
約五十分が経過し、ようやく魔力の底が尽きた。ロイドは一つ深呼吸をすると、手に持った樫の杖で魔法陣を勢いよく突く。
その瞬間、魔法陣は弾け飛び、地面に紫色のオーラの絨毯を作り出した。オーラはすぐに視界から消え去り、残されたのはいつも通りの青々とした草原だ。
「お疲れ様です」
ゼシュが駆け寄ってくる。
「……ふぅ。やはり、歳を取るとこの魔法はちと負担が大きすぎるのぉ」
「しかし、五十分にも及ぶ魔法の詠唱など……一体、どのような魔法を使ったのですか?」
ロイドは顎から生える長い白髭を触る。もはや、癖だ。
「なあに、他愛もない封印魔法じゃ。できれば、発動したくはないがの……」
「封印魔法……」
ゼシュは復唱するが、それ以上は突き詰めて聞いてこなかった。聞かれたところで、答えることはしなかったと思う。
今日も街は平和だ。
何も起こらない。そう願うばかりだ。
近頃の魔物の異常行動。ようやく先日、ディザスターの調査が終わった。といっても、結局調査はほとんど進まず、打ち切りという形で終わった。
最近では他の街から頻繁に伝達が届く。どうやら、この街よりも南に存在する街は頻繁に魔物が出現するようになったらしく、ロイド達の出立を要求している。気乗りはしないが、同じ人間だ。ロイド達にも既に事情は話し、クエストという形で事態に赴いてもらうこととなっている。
ディザスター以外での魔物の出没。考えられるとすれば、ディザスター内部の魔物が増えすぎ、漏れ出したが一般的な考えだが、調査の結果では魔物の数の変化は見られなかった。となると、急に出没する高ランクの魔物はどこから来ているのか。
考えられるとすれば、もはや一つしかない。魔物の絶対領域だ。
どうやら、既に境目である谷には監視を置いているらしいが、その監視情報については未だ届いていない。
この異常事態が今、至る所で起きている。我々人間は魔物という存在の恐ろしさを忘れていたのかもしれない。冒険者という特別な職業の者達は重々魔物の危険さ、恐ろしさを身を以て体感していると思うが、それ以外の人間は魔物など、生涯見ることさえないのだ。
「ロイド様、そろそろ……」
「分かっておる」
広がる草原の地平線の先、山々の尾根の遥か向こう。見えることなき絶対領域を見つめ、背くように身を翻す。
「さて、今日も平和に行こうかのぉ」
今日もまた、短い一日が始まった。
空は明るみを帯びてきた。鳥のさえずりも聞こえ、街は朝を迎えようとしている。
ロイドの足元を中心に巨大な魔法陣が草原を埋めつくさんばかりに今もなお、広がり続ける。
背後には銀甲冑を纏った街の警護兵が数人と、ロイドの秘書兼護衛の女騎士――ゼシュが固唾を飲んでいる。
街の南門。デッドリーパーの出現したポイントにロイド達はいた。つい先日街を襲撃したハーピィー二体も、調査の結果街の南からきていることが判明した。
この街の南にはいくつかの街を挟んでではあるが、魔物の活動範囲の境界となる、大きな谷が存在する。ディザスターとは違い、人間が足を踏み入れたことのない、魔物の領域。
その谷を超えた先には特殊な結界が空を覆い、陽の光を通さず、多くの魔物が蔓延っているらしい。あくまでもそういう言い伝えだ。
ロイドよりも随分とお偉い方々の話によると、世界の半分を占める魔物の絶対領域のどこかに魔物の王、つまり魔王が存在するという。
齢八十を超えて、冒険者を引退し、もはや平凡な日々を過ごすだけの余生だと思っていたが、最近は問題続きだ。
詠唱、詠唱、詠唱。ひたすら詠唱。自己最大の魔法を数十年ぶりに詠唱する。魔法陣はもはや破裂しそうなほど膨大に膨れ上がり、それでもなお、魔力を流すと拡大を続ける。
約五十分が経過し、ようやく魔力の底が尽きた。ロイドは一つ深呼吸をすると、手に持った樫の杖で魔法陣を勢いよく突く。
その瞬間、魔法陣は弾け飛び、地面に紫色のオーラの絨毯を作り出した。オーラはすぐに視界から消え去り、残されたのはいつも通りの青々とした草原だ。
「お疲れ様です」
ゼシュが駆け寄ってくる。
「……ふぅ。やはり、歳を取るとこの魔法はちと負担が大きすぎるのぉ」
「しかし、五十分にも及ぶ魔法の詠唱など……一体、どのような魔法を使ったのですか?」
ロイドは顎から生える長い白髭を触る。もはや、癖だ。
「なあに、他愛もない封印魔法じゃ。できれば、発動したくはないがの……」
「封印魔法……」
ゼシュは復唱するが、それ以上は突き詰めて聞いてこなかった。聞かれたところで、答えることはしなかったと思う。
今日も街は平和だ。
何も起こらない。そう願うばかりだ。
近頃の魔物の異常行動。ようやく先日、ディザスターの調査が終わった。といっても、結局調査はほとんど進まず、打ち切りという形で終わった。
最近では他の街から頻繁に伝達が届く。どうやら、この街よりも南に存在する街は頻繁に魔物が出現するようになったらしく、ロイド達の出立を要求している。気乗りはしないが、同じ人間だ。ロイド達にも既に事情は話し、クエストという形で事態に赴いてもらうこととなっている。
ディザスター以外での魔物の出没。考えられるとすれば、ディザスター内部の魔物が増えすぎ、漏れ出したが一般的な考えだが、調査の結果では魔物の数の変化は見られなかった。となると、急に出没する高ランクの魔物はどこから来ているのか。
考えられるとすれば、もはや一つしかない。魔物の絶対領域だ。
どうやら、既に境目である谷には監視を置いているらしいが、その監視情報については未だ届いていない。
この異常事態が今、至る所で起きている。我々人間は魔物という存在の恐ろしさを忘れていたのかもしれない。冒険者という特別な職業の者達は重々魔物の危険さ、恐ろしさを身を以て体感していると思うが、それ以外の人間は魔物など、生涯見ることさえないのだ。
「ロイド様、そろそろ……」
「分かっておる」
広がる草原の地平線の先、山々の尾根の遥か向こう。見えることなき絶対領域を見つめ、背くように身を翻す。
「さて、今日も平和に行こうかのぉ」
今日もまた、短い一日が始まった。
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