30 / 48
第2部
【53】帰ってきた!
しおりを挟む
ようやく、長い外出を終え、聖域に帰ってきた。
「お兄、遅かった」
開口一番、どんなことを言われるのかと思ったが、サナは案外いつも通りだった。ようやく、兄離れしてくれたということだろうか。
嬉しいような、悲しいような。
「まあ、今日帰って来ることは知ってたけど」
「えっ……?」
「お兄、気が付いてなかった」
サナが指を横に切る。すると、俺の肩に緑黄色の小鳥が留まり、空気に溶け込むように消えていく。
「もしかして、ずっと見てたり……?」
こくりと頷くサナ。
そうだった。ウチの妹は大陸で何人が出来るんだよっていう超高等テクニックを使いこなす天才だったんだ……。
「全部、知ってる。お兄が冒険者カードを返却しちゃったから正真正銘の無職ニート野郎になったことも、宿屋でお風呂上りに全裸でベッドにダイブしようとして、棚に足の小指ぶつけて一人で悶絶してい――」
「ちょぉおおおい! 俺にプライバシーは無いのか!?」
ということはつまり、俺がユーニャの疑似恋人をやったこともサナにはお見通しなわけで、いつ拳が飛んでくるのか冷や冷やだ。
しかし、サナはそのことには触れず、俺の後ろで黙っていたシグに目を向ける。その瞳はいつも通り平坦だが、兄である俺には分かる。微かな憤りと、淡い憐憫の情が透けて見える。
「全部見ていたなら、シグのことも知ってるだろ?」
「もちろん。お兄に手をかけるとか、言語道断」
ぴりっとサナから魔力が発せられる気配がした。だから、俺は慌ててシグを背中に隠すようにサナの前に立ちはだかる。
シグの奴隷紋を『解除』してもらってから、事情を話そうと思っていたが、俺が甘かった。
兄の俺が言うのも何だが、こいつは結構なブラコンだ。俺を害する者はもれなく全員敵とみなす。しかも、明確な殺意を持っている相手となれば、サナも手加減はしないだろう。
俺でシグを守り切れるか……?
刹那、空気を揺れ動かさんばかりの魔力の圧。
息が詰まる。ちらっと覗いたシグの表情もわずかに苦悶を示していた。彼にこの殺意はきついものがあるだろう。むしろ、よく立っていられる。
「お、おい、サナ! ちょっと、話を――」
サナの指輪が眩く光を放つ。
くそっ、駄目か!
そう思った瞬間、ふっと彼女から殺意が消え失せる。辺りを押しつぶさんとしていた空気が凪ぎ、静寂が訪れた。
サナがため息を吐き、指を横に一振り。がちゃりと重低音を響かせ、シグの首輪が床に転がり落ちる。
不思議そうに首輪を見つめるシグ。思わず、俺も立ち尽くしてサナの言葉を待ってしまった。
妙な空気にサナが部屋を出ようとドアに手をかける。
「これでいいでしょ?」
ゆるりと振り向く彼女は、もう殺意も憤りも携えていなかった。
「あ、あぁ……ありがとう」
「別に。早くしないと彼、死んじゃうから」
確かにパンプフォールを出てから既に八日が経過していた。シグが奴隷紋の力によって殺されるまで二日と残っていなかった。
「でも、俺が言うのも何だが、いいのか? サナはまだシグと話してもいないし」
二人とも口数が少ないからな。シグなんか、ここに来てまだ一言も発していないぞ。
サナはシグを一瞥し、ぽりぽりと頬を掻く。
「問題無い。ここの皆に何かしようとしたら、私がすぐ殺す」
「おい、物騒なこと言うなよ」
シグがここで何かをやらかしたなら、それは彼を強引に連れてきた俺のせいでもある。
「命令が無いなら、俺はそんなことしない」
ようやく、シグが沈黙を破った。
「シグはもう奴隷じゃない。命令とか、そんなの無い。自分で考えて、好きに暮らせばいい」
サナが抑揚も無く言う。
「好きに生きる……?」
シグは呟き、難しそうに俯く。
何だか、コノハの時と同じだな。そういう意味では、シグはコノハと仲良くなれるかもしれない。
それにしても、サナが出会ったばかりの他人にここまで口を開くのも珍しい。もちろん、俺を通してシグのことも見てきたのだろうけれど、それでも正直びっくりだ。
きっと、彼女なりの歓迎なのだろう。ウチの妹も成長しているってことだ。お兄ちゃん、素直に嬉しい。
「でも、お兄は渡さない。ただでさえ、ユズリアとドドリーが狙っているのに、シグまで加わったら、もう私はお兄を拘束して駆け落ちするしかなくなる」
……うん、結局いつも通りのサナだ。
俺の感動を返してほしい。
「分かった。善処しよう」
「シグ、真面目に返すな……」
シグは不思議そうに首を傾げていた。それを見て、俺は軽くため息を吐いた。
コノハの時も常々思ったのだが、俺は他人に生き方を教えるほど高尚な人物ではないというのに。
いっそ、年の功ということでリュグ爺に任せてみるか……? いや、駄目だな。あのおじいちゃん、また孫が増えたって喜んで話にならなそうだ。
他の面子を思い浮かべては、シャボン玉のようにすぐにぱちんっと割れていく。
相変わらず、癖の強い村民ばかりだ。まともなのって、俺とコノハとユーニャだけなんじゃないか?
あれこれ考え、結局いつも通り俺がこなすことになるんだろう。
感情の薄いシグの肩を力強く組む。
「よし、俺と一緒に最高のスローライフを目指そうじゃないか」
「すろーらいふ……?」
やっぱり、シグは首を傾げるばかりだった。
「お兄、遅かった」
開口一番、どんなことを言われるのかと思ったが、サナは案外いつも通りだった。ようやく、兄離れしてくれたということだろうか。
嬉しいような、悲しいような。
「まあ、今日帰って来ることは知ってたけど」
「えっ……?」
「お兄、気が付いてなかった」
サナが指を横に切る。すると、俺の肩に緑黄色の小鳥が留まり、空気に溶け込むように消えていく。
「もしかして、ずっと見てたり……?」
こくりと頷くサナ。
そうだった。ウチの妹は大陸で何人が出来るんだよっていう超高等テクニックを使いこなす天才だったんだ……。
「全部、知ってる。お兄が冒険者カードを返却しちゃったから正真正銘の無職ニート野郎になったことも、宿屋でお風呂上りに全裸でベッドにダイブしようとして、棚に足の小指ぶつけて一人で悶絶してい――」
「ちょぉおおおい! 俺にプライバシーは無いのか!?」
ということはつまり、俺がユーニャの疑似恋人をやったこともサナにはお見通しなわけで、いつ拳が飛んでくるのか冷や冷やだ。
しかし、サナはそのことには触れず、俺の後ろで黙っていたシグに目を向ける。その瞳はいつも通り平坦だが、兄である俺には分かる。微かな憤りと、淡い憐憫の情が透けて見える。
「全部見ていたなら、シグのことも知ってるだろ?」
「もちろん。お兄に手をかけるとか、言語道断」
ぴりっとサナから魔力が発せられる気配がした。だから、俺は慌ててシグを背中に隠すようにサナの前に立ちはだかる。
シグの奴隷紋を『解除』してもらってから、事情を話そうと思っていたが、俺が甘かった。
兄の俺が言うのも何だが、こいつは結構なブラコンだ。俺を害する者はもれなく全員敵とみなす。しかも、明確な殺意を持っている相手となれば、サナも手加減はしないだろう。
俺でシグを守り切れるか……?
刹那、空気を揺れ動かさんばかりの魔力の圧。
息が詰まる。ちらっと覗いたシグの表情もわずかに苦悶を示していた。彼にこの殺意はきついものがあるだろう。むしろ、よく立っていられる。
「お、おい、サナ! ちょっと、話を――」
サナの指輪が眩く光を放つ。
くそっ、駄目か!
そう思った瞬間、ふっと彼女から殺意が消え失せる。辺りを押しつぶさんとしていた空気が凪ぎ、静寂が訪れた。
サナがため息を吐き、指を横に一振り。がちゃりと重低音を響かせ、シグの首輪が床に転がり落ちる。
不思議そうに首輪を見つめるシグ。思わず、俺も立ち尽くしてサナの言葉を待ってしまった。
妙な空気にサナが部屋を出ようとドアに手をかける。
「これでいいでしょ?」
ゆるりと振り向く彼女は、もう殺意も憤りも携えていなかった。
「あ、あぁ……ありがとう」
「別に。早くしないと彼、死んじゃうから」
確かにパンプフォールを出てから既に八日が経過していた。シグが奴隷紋の力によって殺されるまで二日と残っていなかった。
「でも、俺が言うのも何だが、いいのか? サナはまだシグと話してもいないし」
二人とも口数が少ないからな。シグなんか、ここに来てまだ一言も発していないぞ。
サナはシグを一瞥し、ぽりぽりと頬を掻く。
「問題無い。ここの皆に何かしようとしたら、私がすぐ殺す」
「おい、物騒なこと言うなよ」
シグがここで何かをやらかしたなら、それは彼を強引に連れてきた俺のせいでもある。
「命令が無いなら、俺はそんなことしない」
ようやく、シグが沈黙を破った。
「シグはもう奴隷じゃない。命令とか、そんなの無い。自分で考えて、好きに暮らせばいい」
サナが抑揚も無く言う。
「好きに生きる……?」
シグは呟き、難しそうに俯く。
何だか、コノハの時と同じだな。そういう意味では、シグはコノハと仲良くなれるかもしれない。
それにしても、サナが出会ったばかりの他人にここまで口を開くのも珍しい。もちろん、俺を通してシグのことも見てきたのだろうけれど、それでも正直びっくりだ。
きっと、彼女なりの歓迎なのだろう。ウチの妹も成長しているってことだ。お兄ちゃん、素直に嬉しい。
「でも、お兄は渡さない。ただでさえ、ユズリアとドドリーが狙っているのに、シグまで加わったら、もう私はお兄を拘束して駆け落ちするしかなくなる」
……うん、結局いつも通りのサナだ。
俺の感動を返してほしい。
「分かった。善処しよう」
「シグ、真面目に返すな……」
シグは不思議そうに首を傾げていた。それを見て、俺は軽くため息を吐いた。
コノハの時も常々思ったのだが、俺は他人に生き方を教えるほど高尚な人物ではないというのに。
いっそ、年の功ということでリュグ爺に任せてみるか……? いや、駄目だな。あのおじいちゃん、また孫が増えたって喜んで話にならなそうだ。
他の面子を思い浮かべては、シャボン玉のようにすぐにぱちんっと割れていく。
相変わらず、癖の強い村民ばかりだ。まともなのって、俺とコノハとユーニャだけなんじゃないか?
あれこれ考え、結局いつも通り俺がこなすことになるんだろう。
感情の薄いシグの肩を力強く組む。
「よし、俺と一緒に最高のスローライフを目指そうじゃないか」
「すろーらいふ……?」
やっぱり、シグは首を傾げるばかりだった。
153
お気に入りに追加
1,744
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。