引退した嫌われS級冒険者はスローライフに浸りたいのに! 気が付いたら辺境が世界最強の村になっていました

微炭酸

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第2部

【50】シグ

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 これでもかというくらい『固定』をかけた襲撃者を宿へと運び、ひとまず俺たちは朝を待ってユーニャを呼んだ。
 言わずもがな、もちろん男を運んだのはユズリアだ。だって、俺が成人男性を抱えて宿まで帰るより、ユズリアが片手で振り回しながら持ち歩いて帰った方が早いし……。

 今回はユズリアに助けてもらいっぱなしだ。
 この帰省中、俺って何もしてなくないか? タダ飯喰らいのニートをどうか許してほしい。
 いかん、コノハが恋しくなってきた。

「おはようございます! ロア先輩!」

 うむ、今日もユーニャは可愛いな。しかし、これは兄心に近いものだ。だから、ユズリアよ、そんな眉間にしわを寄せて詰めて来ないでほしい。

「わ、悪かったなユーニャ。久しぶりの親子水入らずだというのに」

「いえ、お父さんが早く行けとうるさいくらいでした。ロア先輩、お父さんに気に入られたようで私も嬉しいです。なんか、あの男の子だけは逃がさないようにしなさいとか、よく分からないことも口走ってましたし」

 あれ……? ユーニャの父親は俺とユーニャの関係が偽りだと見抜いていたはずだが……。
 どうして、そういう話になっているのか。
 そこまで考え、眼前の懐っこい少女を一瞥する。

 まっ、ユーニャなら大大大歓迎なんだけどな!

「ロア……?」

「ナンデショウカ、ユズリアサン」

 冗談ですやん! さっき、兄心だと言ったばかりですやん!

「はぁ、浮気癖のある夫にも困ったものね」

 ユズリアの不穏な独り言は聞かなかったことにしよう。俺はまだ独り身のつもりだし、何より童貞。何も関係ない話だ。

「それで、今日は私に何かご用ですか? 何となく、お察ししますが……」

 ユーニャは椅子に『固定』された襲撃者の男をチラッと見た。流石、話が早くて助かる。尋問にユーニャの『洗脳』は効果的だ。一応、最終手段ということにしておくが。

「まあ、その予想通りだな。こいつは昨夜、俺を襲いに来た男だ。誰の差し金か何となく分かるんだが、一応、裏付けが取りたくてな」

 俺は男の口にかけた『固定』を解く。

「さて、無駄だと思うが一応、話をしよう」

「……本当に無駄だ。俺は奴隷。私情には制限がかかっている」

 つまり、余計なことは言えない契約なのだろう。しかし、そんな契約は結構雑なもので、やりようはいくらでもある。

「お前の主人はギルド長だな?」

「……」

 もちろん、男は沈黙だ。

「肯定なら目を上に、否定なら目を下にしろ。言っておくが、あまり優しくするつもりはない。苦しんで死にたくなかったら、素直に従え」

 まあ、そんなことはしないのだけど。彼だって、俺を殺しに来たとはいえ、奴隷の逆らえない術式を利用されたまでだ。そんな人間を手にかけるのは気が引ける。
 甘いと言われるかもしれないが、冒険者は死に慣れ過ぎている。抑えられるところは抑えないと、心は簡単に染まってしまう。そうやって、壊れてきた人間をたくさん見てきたのだから。
 とはいえ、尋問は専門外だ。ぼろが出ないうちにさっさと済ませてしまおう。

 男の瞳が微かに上を向く。
 簡単に従うあたり、どうやら主人に対しての肩入れは無さそうだ。あのギルド長だから、納得もいく。

「お前の名前は? それくらいは制限がかからないだろう」

「……シグ」

「俺を狙った理由は?」

「知らん。殺してこいとしか言われていない」

 やっぱり、口封じというわけか。今まで、そうやって盾つく人間を奴隷に殺させてきたのだろう。

「俺以外に誰か別のターゲットがいたか?」

「……」

「いたなら、上。いないなら、下だ」

 短い沈黙の後、その瞳が緩やかに天井を示す。そして、そのままシグはユーニャを一瞥した。
 よし、あのギルド長はす巻きにしてゴブリンの巣穴に捨てよう。

 ユーニャは不安と疑問を織り交ぜた視線を俺に向ける。

「大丈夫だ。ユーニャは何があっても守るさ。……ユズリアが」

「まっかせなさい!」

「ロア先輩、ちょっとダサいです……」

 ユーニャはくすっと軽く笑みを漏らす。場を和ませたいという魂胆はバレバレっぽいが、まあ良いだろう。変にかっこつけるのも俺の性格じゃない。

「これがロアが前に言ってた、ダメなところを見せても付いてくるのが良い女だってやつなのね……。ユーニャちゃん、良い女ね!」

「だから、それを言ったのは酒場の飲んだくれ爺さんだって。俺じゃないから」

 ため息を一つ、俺はシグに向き直る。
 彼は俺たちのやり取りをぼーっと眺めていた。そこに昨夜の殺意は感じられない。本当に同一人物なのか疑いたくなるほどだ。

「続きだ。シグ、まだ俺とユーニャを殺す気か?」

「命令だからな。動けるようになれば、そうするしかない」

 そうするしかない、か……。

「じゃあ、『固定』を解くわけにはいかないな」

「もういいだろ。さっさと殺せ」

「さっきはハッタリをかましたけど、そんなことするつもりは無いよ」

「なら、俺からの頼みだ。一思いに殺してくれ」

 シグの表情は真剣そのものだ。

「何それ、どういうことよ。わざわざロアが殺さないって言ったのに」

 ユズリアには伝わっていないか。そりゃ、貴族の令嬢だ。奴隷の扱いなんてものを知っているとも思えない。
 俺とユーニャは察しがつくが、ユズリアが分からないのも無理はなかった。

「命令を無視した俺は、どうせ惨たらしく殺される。それなら、苦しくないように死にたい」

「えっ……」

 ユズリアは言葉を失う。
 奴隷の価値なんて、所詮はそんなものだ。シグがどれだけ強かろうが、使えない奴隷に慈悲をかけるような人間は、そもそも奴隷を暗殺に利用したりなどしない。

「奴隷とはそういうものだろう?」

「でも、だって……」

「それに俺は命令とはいえ、お前たちを殺すつもりだった。慈悲を与える意味など、無いと思うが?」

 どうやら、この論争はシグが一枚上手のようだ。まるで他人事のように自分が裁かれることを肯定している。
 不意にコノハを思いだしてしまった。その瞬間、俺の中の必死にこらえていた天秤がわずかに傾く。

「シグが奴隷になった経緯が知りたい。犯罪か? 口減らしか?」

「……? どちらでもない。物心が付いた時から奴隷だ」

 シグは見たところ俺と同じくらいの歳だ。
 S級に匹敵する強さ。そして、奴隷という縛られた身分で教養がないにも関わらず、浅慮ではなく随分と聡い。
 そんな人間が、理不尽を背負って生きている。
 いや、どんな人間だろうと関係ない。強かろうが、弱かろうが、選択肢が一つしかない人生を送っていい人間などいるはずない。

「シグ、死にたいか……?」

 彼は答えない。俺から、目も逸らさない。しかし、にらみ合いのような長い視線の交わりは、シグがほんのわずかに目線を下げたことで決着する。

「……もし、シグが奴隷じゃなくなったとする。それでもまだ、俺とユーニャを殺すか?」

「なぜだ? 命令が無くなれば、殺す必要など皆無だ」

 俺はユズリアとユーニャを順繰りに見る。ユズリアはため息をつき、ユーニャは任せると言うように小さく頷いた。

 思わず、ため息が零れる。どうしてこうも俺は甘いというか、お人よしなのだろう。
 シグの言う通り、彼は俺を殺しに来た。その人間にかける思いじゃない。そう分かっていながらも、口が勝手に開いていた。

「シグは聖域に連れて帰る」

 改めて気づかされる。
 多分、俺はこの世で一番、理不尽というものが大っ嫌いなのだ。
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