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第2部

【43】増える魔法

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 龍のような深緑の鱗に身を包み、鋭いかぎ爪と触れるものを溶かす息炎で数えきれない街村を焼き尽くす災害の魔物。
 何十匹と折り重なる群れが、ユーニャ目掛けて一斉に襲い掛かっていた。

「行きますっ!」

 ユーニャは掛け声と共に、魔法を発動させる。彼女の魔方陣が二度、ぶわっと広がり、消え去る。
 束の間の静寂。

「ねえ、何も起きないわよ?」

 ユズリアがはらはらした面持ちで剣を握りしめる。

「何言ってるんだ。もう発動しているぞ?」

「えっ……?」

 怪翼鳥の群れが空中でぴたっと動きを止める。ぎょろりと獲物を捕らえる大きな鳥目が妙に虚ろだ。
 そして、次の瞬間、一匹の怪翼鳥が隣の怪翼鳥に嚙みついた。それを皮切りに、怪翼鳥が互いにその自慢のかぎ爪で、鋭い牙で、傷つけあう。

 もう、ユーニャに意識を向ける怪翼鳥は一匹たりとも存在しなかった。

「互いに殺し合ってるの……?」

 ユズリアは依然、何が起きたのか理解できないらしい。

「ただの『混乱コンフューズ』だな」

「いやいや、そんなわけないでしょ。怪翼鳥相手に『混乱』なんて、一瞬動きを止める程度ですぐに打ち消されちゃうはずよ?」

「まあ、そうだな。だけど、あれは正真正銘『混乱』だ」

「一体、どういうことなの……?」

 ぶつぶつと色んな予想を立てているユズリア。

 その傍らで、俺は怪翼鳥を一匹ずつ吟味していた。
 さて、どいつが良さそうかな……。

 奥を飛んでいた一際大きなあいつが良さそうだ。
 はじけ飛んだ鱗が、その一体にぶつかった瞬間、鱗と怪翼鳥の胴体を『固定』。

「よし、ユーニャ。手っ取り早くやっちゃってくれ」

 俺の合図にユーニャは嬉々として微笑むと、次の魔法を展開した。一度、魔方陣が瞬く。

 一粒の紫色の液体が弾丸となって射出される。空を切り裂く毒の弾丸。
 もう一度、魔方陣が輝く。すると、毒の弾丸が一瞬にして数えきれないほど分裂し、銃弾の雨となって怪翼鳥の群れに降り注ぐ。
 ぴしゃっ、ぴしゃっと全ての個体に毒が散布される。刹那、それまで激しい相争いをしていた怪翼鳥が、今度は突然呻きを上げてもがき苦しむ。
 じたばたと翼をはためかせる怪翼鳥たち。並みの攻撃ならば弾いて傷一つ付かない鱗がどろりと溶け落ち、血肉がむき出しになっていく。やがて、その肉も煙をたててぶくぶくと泡を立てる。

「う、うわぁ……」

 これには流石のユズリアも引いているようで、片頬をぴくつかせていた。
 毒の痛みで何匹かは最初にかけた『混乱』が解け、最後の力を振り絞ってユーニャに向けて飛び込む。

「あわわっ……」

 ユーニャは愛くるしい抜け目声を上げ、さらに魔法を発動する。
 瞬間、眼前に迫る怪翼鳥たちの全身が大きく痙攣し、そのまま地に堕ちる。ぴくっ、ぴくっと震える怪翼鳥は苦しむことも出来ずに、猛毒によって骨の髄まで溶けた。

 気が付けば、何十匹といた怪翼鳥は姿を消し、俺が『固定』をかけた怪翼鳥だけが、未だに『混乱』によって見えない敵と宙で戦いを繰り広げていた。

「ふぅ……緊張しましたぁ」

 ユーニャが魔法杖を両手に抱え、駆けよって来る。

「よし、腕は落ちてないみたいだな」

 無意識に彼女の頭を撫でる。すると、ユーニャは頬をだらしなく緩ませ、まるで子犬のように見えない尻尾を振ってご満悦だ。

 やっぱり、俺はユーニャと二人で暮らすことになるかもしれない。
 だって、無理だろ。こんな可愛い少女がこの世に存在していて、俺に無防備にも身体を授けているのだからッ!

「ね、ねえ、もしかしてユーニャちゃんって……」

 剣を収めたユズリアが、溶液と化した怪翼鳥を覗き込んでいた。

「多分、想像通りの魔法使いだな」

「でも、この威力は……」

 ユズリアが疑問に思うのも無理はない。これは彼女にしか出来ない戦法なのだから。知らなければ、理解のしようがないというものだ。
 ユーニャの背をぽんっと押す。

「あ、はい。えっと、私は状態異常系魔法が得意でして」

 そう、彼女は世にも珍しいデバッファーエンチャンターなのだ。攻撃スキルは何一つとして覚えていない。使えるのは他者への干渉をする魔法のみ。
 麻痺や毒を始めとする多くの状態異常系魔法や、行動阻害系魔法各種をとにかく重ね合わせて戦うのだ。

 しかし、それだけではS級の冒険者には到底なりえない。状態異常魔法も、行動阻害魔法も、魔物に対する効果はさほど高くない。まして、それだけで倒し切れることはほとんどないと言っていい。どこまでも、支援魔法であるのだ。
 ただし、彼女をS級までのし上げた固有スキルがある。
 それが『増幅エコー』だ。一つの魔法を幾重にも増やし、威力も文字通り増幅させることの出来る、彼女しか使えない魔法。彼女唯一のバフ魔法でもある。
 一件、陰湿に思える戦い方も、ここまで突き詰めるとただただ圧倒される。

「ん? どうかしましたか、ロア先輩?」

 俺を見上げてあどけない笑みを向ける少女。

 久しぶりにその戦いっぷりを目の当たりにして、俺は改めて思う。
 相変わらず、『増幅』によって後方での支援を主とする冴えないデバフ職になることなく、彼女は一人でA級指定魔物の群れすらも蹂躙する、無自覚系グロテスク少女なのだと。

 美しい華には毒があるように、可愛い少女には猛毒があるのだ。
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