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第1部

【16】セイラとドドリー

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「紹介します。ドドリーさんです」

「うむ、よろしくな!」

 力なく垂れる手を取られ、ぶんぶんと上下に振り回される。同じ男なのに、手の大きさが全然違う。コノハなんて、指二本で握手される始末。
 俺の中のエルフ像が音を立てながら崩れ行く。こんなのって、無いよ。あんまりだよ……。

「それで、お二人は何でこんなところに?」

 ユズリアは何も気にしていないようで、変わらぬ口調で尋ねる。
 流石は貴族。越えてきた難関の数が違うと言うことか。

「実は依頼でとある魔物を追っていまして、破岩蛇ヴェベリットなんですが、この辺りで見たりはしていませんか?」

「いや、俺たちは見ていないな。もしかしたら、もっと奥の方に生息しているのかもしれん」

「そうですか。貴重な情報、ありがとうございます」

 セイラとドドリーは二人で何やら今後の方針を話し合っているみたいだ。ほとんどソロでやって来た俺から見れば、少し羨ましいものだ。

「ねえ、破岩蛇ってどんな魔物なの?」

「某も名前しか聞いたことないでありまする」

 首を捻る二人に仕方なく説明をする。

 破岩蛇は岩石に身を包んだS級指定の蛇型魔物だ。文字通り岩のように硬い肌は剣や矢を弾き、魔法耐性にも優れているため、まず攻撃が通りずらい。それだけならば、まだA級どころかB級の冒険者にも対処できる。
 破岩蛇がS級指定の魔物たる最大の特徴は、その固有魔法にある。受けた攻撃を蓄積し、何倍にも増幅させて跳ね返す『反転アダナクラシィ』だ。
 少し小突いただけで、高火力な一撃が飛んでくるうえに、攻撃が通りずらいという、馬鹿げた魔物だ。

「それって、普通に倒せないんじゃない?」

「そうだな。戦士職なんかには絶望的な魔物だな。ただ、状態異常を使える魔法使いがいるならば、話は別だ。毒は効くから、じわじわと体力を削っていくしかない」

「なるほど、毒でありまするか。会得している魔法使いは少ないでありますなあ。かくいう某も、覚えておりませぬ」

 魔物の大半は麻痺や石化などは効くが、毒や昏睡が効くものは少ない。だから、毒の状態異常魔法を覚えている魔法使いは変な奴扱いされるのが一般的だ。

「ロアは戦ったことあるの?」

「ああ、セイラたちと同じように依頼を受けたことがある」

「どのようにして倒したのでありまするか?」

「あー……、『固定』をかけて餓死するのを待った……」

 何とも言えない生温い視線が二人から送られる。

「し、仕方ないだろ! 俺の魔法は元々支援系の魔法なんだから!」

 攻撃手段が無いわけじゃない。ただ、それを使うと納品素材が残らないから、結局大半の依頼は『固定』でこなすしかないのだ。
 俺だって、本当は派手な魔法とか、武器を振り回してかっこよく戦いたい。当たり前だ、男の子なんだから。

「あの、大変厚かましいのですが、一晩この場所で野営を張らせてもらってもいいでしょうか?」

「何言ってるんですか! ぜひ、ウチに来てください! 寝室も二つありますし」

 ユズリアがどうぞどうぞと玄関を開ける。
 それ、俺の家でもあるんだが。
 嫌ってわけでもないし、冒険者は助け合いとも言う。俺も快く頷いておいた。

「うむ、それでは世話になるとしよう! わっはっはっは!」

 この剛胆マッチョ、本当にエルフなんだろうか。巨人族の間違いじゃないか?
 二回りも大きいドドリーを軽く見上げて思う。

「セイラさん! 今日は私と一緒に寝ましょう! 色々とお話聞きたいです!」

 ユズリアの言葉に玄関先で足が止まる。
 なぜだ……。なぜ、危機察知を知らせる警鐘が頭の中で鳴り響いているんだ!?

「いやー、某の家が完成していてよかったでありまするな。寝床が足りぬところでした」

 寝床が足りている……?
 ユズリアとセイラは同じ部屋で寝るらしい。
 つまり、俺はどこで寝るんだ?
 コノハの家は寝室が一部屋だけ。それもコノハの希望でとても小さいベッドだ。ウチに残った寝室はあと一部屋。
 残っているのは、俺と――

「はっはっはっは! では、俺はロアと同じ部屋か! 夜通し、筋肉について語り明かすとしようではないか!」

 ガシッと組まれる肩。わあ、なんてたくましい腕なこと……。
 俺はドドリーを無視して、コノハの肩を掴む。

「コノハ、頼む! 今日は俺と寝てくれ!」

「どうしたでありまする? 別に某はかまわ――」

「――げふっ!?」

 コノハが言い終わる前に、俺は間抜けな声と共に勢いよくすっ飛んだ。わき腹に感じる強烈な痛み。

「まあ、ユズリアさん。旦那さんに何てことを!」

 セイラの声がぼんやりと遠巻きで聞こえた。薄れる意識の最中、辛うじてユズリアの表情が見える。まるで虫でも見るような視線。

「変態ロリコン……。浮気は許さないって言ったはず」

「り、理不尽……だ……」

 力なく倒れる俺の背にドドリーがそっと手を置く。

「分かるぞ、ロア! 女とは時に恐ろしいものだ」

 なんで、こいつは共感したような態度なんだ!? 元はといえば、ドドリーのせいだというのに!

「あら? ドドリーさん? 何か言いましたか……?」

「いや、何でもない……。わっは……はっ……ははっ……」

 打って変わって弱々しく笑うドドリー。
 あれ? もしかして、この二人……。
 結論が出る前に、俺の意識は暗闇に吸い込まれていった。
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