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第1部

【15】神官とエルフ

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「本当にこんな家でいいのか?」

 最後に窓の格子を『固定』しながら、コノハに尋ねる。

「大丈夫でありまする。某、これくらいの住処が落ち着きまするゆえ」

 俺とユズリアの家の隣にコノハの家を建てた。別に一緒に住んでくれて構わなかったのだが、何でも空気が甘すぎて胃もたれがするとか、なんとか。
 別に普段の料理に砂糖類を過剰に使っているわけでもないし、そもそも空気に味なんて無くないか? あるとすれば、匂いだろ。
 そこら辺に関しては、狐の嗅覚を持ちうるコノハにしか分からないのかもしれない。

 コノハの家は俺とユズリアの家同様のつくりで、大きさはコノハの希望に合わせた。まず天井を低くして、家具などもコノハの身長に合わせて高さを調節する。玄関は俺やユズリアは頭を下げないと入れない。そういえば、月狐族の住まいもこんなサイズ感だったか。
 俺やユズリアが暮らそうと思ったら、随分と腰が痛くなりそうな家だ。でも、コノハは満足げにはしゃいでいるから、問題はないのだろう。

 完成したコノハ宅を見上げ、額の汗を拭う。なんて、心地よい疲れだろうか。
 ごろごろと時間を浪費するだけがスローライフじゃない。畑を育てたり、生活の質を上げたり、毎日少しずつ、のんびりと作業をする。
 なんだかんだ、ここ最近まではドタバタしていたからな。ようやく、俺の理想のスローライフが始まったんだ!
 とりあえず、コノハの家はつくり終えた。畑も順調。食料の備蓄も今のところ問題はない。
 一週間くらい、惰眠を貪ってやるんだ。もう、誰にも俺は止められない!

「あの~、すみませーん」

 そんな聞き覚えのない声が聞こえてきた。
 失礼かもしれないが、ひっじょーうに嫌な予感がする。俺の冒蓄センサーが鳴り響く。

「はいはーい。どなたですか?」

 ちょうど、ユズリアが玄関を開けて外に出てくる。そんなご近所さんが訪ねてきたみたいな感じでするようなことじゃないんだけど。
 見ると、一人の女性だった。
 白い生地の立つ大きめの神官服に、装飾のついた錫杖しゃくじょう。腰まで伸ばした乱れなき白金色の髪。真紅と紺碧の異色の双眸。

「妙でありまするね」

 コノハが袖に手を隠し、耳打ちする。倣って、俺も二本の指をこっそり立てる。
 神官がこんな場所に一人でいるはずがない。それに、錫杖の先端に付着する微かな赤い痕。

「どなたですか?」

 ゆっくりと近づき、ユズリアの少し前へと自然に立つ。
 おっとりした表情の神官はぐるーっと平原を眺望し、また向き直る。

「もしかして、こちらにお住まいなんですか?」

 まあ、そういう反応になりますよね。

「そうですけれど……」

「なるほどなるほど。なんて奇特な方々なんでしょうか」

「某はさほど変だとは思わないでありまするが」

「まあ!? 月狐族の方まで!? 面白いご家族ですねえ~」

 家族? いや、まあ、ある意味家族みたいなものだけど。

「えへへ、分かりますー?」

 ユズリアがなぜか照れたように身体をくねらせる。やめなさい、はしたない。

「はい、もちろんですよぉ。奥さん」

 ん?

「分かっちゃいますよねえ!?」

 んんん?!

「もちろんですぅ!」

「ちょっと待て! ……いや、待ってください」

 通じ合ったかのように微笑みを交わす二人に、思わず横槍を挟む。

「夫婦じゃ、無いです」

 どうして、毎回そういう風に見られるんだ。しかも、今回に至っては何も喋っていないというのに。

「あら? そうなんですか? ……えっ、もしかして……」

 言葉を詰まらせる神官。その視線は俺とコノハの間を行き来している。

「ちっがう! どっちもちっがう!」

「今はまだ、ね!」

「毎回、それを言うな! 本当に夫婦漫才みたいになるだろ!」

 重く息をついた。なんか、どっと疲れた気分だ。
 コノハは未だに袖に手を隠したままだが、俺は馬鹿らしくなって二本指を解いた。
 神官はくすっと笑って、「どんな愛でも、陽光神様はお許ししてくれます」なんて分かったように頷いている。

「それで、あんたは一体何者なんだ?」

「おっと、自己紹介がまだでしたね。私、神官のセイラと申します」

 横掛けの鞄からセイラはギルドカードを取り出す。
 やっぱり、S級冒険者だ。というか、それ以外は考えずらいから当然だ。俺たちもそれぞれギルドカードを見せる。

「ひとまず、セイラが怪しい人じゃないことは分かった。でも、一人でどうしてこんな場所に?」

「一人じゃありませんよ。もう一人、旅の共がおります」

 セイラが肩の上で立てた指をくるっと一回転させる。

「あっ……本当だ」

 ユズリアが呟く。遅れて、俺の気配察知にも引っかかる。
 気配を消していたのか。それにしても、神官一人で行かせるってどうなんだ?

「エルフの射手がおりまして、もちろん同じS級冒険者です」

「エルフ!?」

 思わず、声が出た。
 エルフといえば、人族に一切干渉せず、森の奥深くで暮らす種族だ。とびきりの美男美女しかおらず、優れた弓矢の使い手ばかりだと聞く。そんな噂も真実かどうかは定かじゃない。なぜなら、エルフを見たことのある人はほとんどいないからだ。

「エルフ族でありまするか。某もお目にかかったことはございませぬな」

 気配に引っかかる存在が、徐々にこちらに近づいてくる。

「ねえ、ロア」

「なんだ?」

「どうして、にやついているのかしら?」

 そりゃ、エルフだぞ!? とびっきりの美女をお目にかかれるんだから、しょうがない。男って、そういう生き物なんだ。
 何て言えるわけもなく、慌てて口角を下げる。ユズリアの冷ややかな視線が痛い。

「ドドリーさーん! こっちですよー!」

 セイラがまだ姿見えぬエルフに呼びかける。
 そうか、ドドリーというのか! まだ来ないのか!? 早くその絶世の姿を見せてくれ! 全く、最近は見た目麗しい女性と出会うことが多いな。セイラもとびっきりの容姿だし、これがスローライフバフなんだな!
 ……しかし、ドドリーか。何だか、女性らしくない名前だな。まるで――

「おう、待たせたな!」

 俺は膝から崩れ落ちた。
 現れたのは、紛れもないエルフだった。その証として耳がツンと上に向かって立っている。顔も確かに整っていた。
 しかし、筋骨隆々の〝男〟だ。
 いや、違うな。これは〝漢〟だ。
 なぜかテカテカと輝くオイリーな焼けた肌。服がはち切れんばかりのもりっもりな筋肉。短く揃えられた新緑色の髪に甘いマスクがよく似合う。が、熱い身体ボディーだ。
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