8 / 61
第1部
【7-2】スローライフの道のりは険しい
しおりを挟む
朝食はユズリアが用意してくれるらしい。
その間に妹へ返しの手紙を綴る。無事、魔素の森に噂の聖域を見つけたこと。そこに住む決意をしたこと。そして、一応ユズリアの存在も書き記しておいた。
朝食を取った後、泉の前に座り込み作業を始める。やることもなくついてきたユズリアが横でまじまじと泉を覗き込む。
「ねえ、これ何をやっているの?」
ユズリアの問いかけに、俺は昨晩、泉の中に沈めておいた廃棄の魔石を取り出す。魔石はぼんやりと光を放っている。
「捨てる予定だった火の魔石を試しに泉に入れておいたんだけど、どうやら効力が上書きされたらしい」
「この光り方って、もしかして聖の魔石?」
「多分な。泉の浄化作用が魔石に取り込まれたみたいだ」
これを聖域の周囲に撒いておけば、一層魔物が近寄りがたくなるだろう。ここ数日、魔物の気配は遠くにしか感じていないが、念には念を入れてというやつだ。
聖の魔石を聖域と魔素の森の境界に置いて、『固定』をかけることで風で飛ばされないようにする。これを一周ぐるっと等間隔に設置すれば、目に見えない魔物用の防壁の完成だ。景観を損なわない素晴らしい案なのではないだろうか。景観といっても、魔素の森の薄暗い景色だが。
最後の一つを設置し終え、昼食のために家へ戻ろうとした時、不意に後ろを鴨の子のようについてきていたユズリアが息をひそめた。
「――誰かいる」
彼女の耳打ちで自然に二本指を立てた。そして、遅れること数秒、ようやく俺の気配察知に何かが引っかかった。
「魔物じゃなさそうだ」
ユズリアが小さく頷く。どうやら、気配察知に関しては俺より彼女の方が上手らしい。
「……どうする?」
ユズリアは腰に下げた鞘から細剣を引き抜いた。彼女の表情に曇りは無い。流石はS級冒険者だ。
俺としても、自宅の近くに不確定要素を野放しにすることは出来ない。返事の代わりに頷いて歩を進める。さっきまで真後ろをついてきた彼女だったが、今は斜め後ろをついてきている。いざとなれば、瞬時に動けるようにだろう。これなら、連携についてはとやかく言わなくても大丈夫そうだ。互いに全部でないにしろ、使用する魔法は知っているわけだし。
気配の方向に進むが、相手は動きが無い。こちらの存在に気が付いていないのか、その余裕が無いのか。どちらにせよ、魔素の森の奥地を彷徨うくらいだ。同業と見ていいだろう。
草木をかき分け、気配の元をたどる。前方に人影のようなものが見えた。足を止め、ユズリアにも手で合図する。
「おい! そこの人!」
ひとまず、声を投げかけてみる。目を凝らすと、人影はどうやら地面に横たわっているようだ。しかし、返事は来ない。
「ねえ、あれって石化してない……?」
ユズリアが人影の足元を指さす。うっすらと灰色に染まる足先が見えた。
「今からそっち行くけど、敵意は無いからな!」
念を押して近づく。距離が縮まるにつれて、状況が分かって来た。
随分小柄な少女で、ぼわっとした大きな二股の白茶尾に、小金色の髪の上に生える茶黄色の狐耳。特徴的な白羽衣の装束は月狐族のものだろう。右足が石化し、気絶してしまっているようだった。
「ユズリア、周囲の警戒を頼む」
「分かったわ」
おそらく、魔物との戦闘で石化の魔法を食らい、這ってここまで逃げてきたところで気絶してしまったのだろう。
石化はとてつもない激痛を伴う。聖水が手元に無ければ、『解除魔法』でも治すことは不可能。さらに、石化した部分を破壊されてしまえば、二度と元に戻ることは無い。冒険者にとって、最も嫌われる状態異常の一種だ。
少女を抱きかかえ、念のため石化したところと生肌の境目に『固定』をかける。石化した部位は石判定だろうから、『固定』も作用するはずだ。
ユズリアに先行して経路を確保してもらい、聖域まで戻る。
『固定』を解除して泉に少女の足を浸けると、瞬く間に石化していた足が色味を取り戻していく。伴って、苦痛に歪んでいた表情も和らいだようだ。
「よかった。ちゃんと効いたわね」
「ああ、やっぱりこの泉は相当な浄化効果持ちだ。助かったよ」
目を覚まさない少女を予定外の空き部屋になった寝室に寝かせ、ようやく一息つく。ひとまず、少女が起きたら色々聞くとしよう。
その間に妹へ返しの手紙を綴る。無事、魔素の森に噂の聖域を見つけたこと。そこに住む決意をしたこと。そして、一応ユズリアの存在も書き記しておいた。
朝食を取った後、泉の前に座り込み作業を始める。やることもなくついてきたユズリアが横でまじまじと泉を覗き込む。
「ねえ、これ何をやっているの?」
ユズリアの問いかけに、俺は昨晩、泉の中に沈めておいた廃棄の魔石を取り出す。魔石はぼんやりと光を放っている。
「捨てる予定だった火の魔石を試しに泉に入れておいたんだけど、どうやら効力が上書きされたらしい」
「この光り方って、もしかして聖の魔石?」
「多分な。泉の浄化作用が魔石に取り込まれたみたいだ」
これを聖域の周囲に撒いておけば、一層魔物が近寄りがたくなるだろう。ここ数日、魔物の気配は遠くにしか感じていないが、念には念を入れてというやつだ。
聖の魔石を聖域と魔素の森の境界に置いて、『固定』をかけることで風で飛ばされないようにする。これを一周ぐるっと等間隔に設置すれば、目に見えない魔物用の防壁の完成だ。景観を損なわない素晴らしい案なのではないだろうか。景観といっても、魔素の森の薄暗い景色だが。
最後の一つを設置し終え、昼食のために家へ戻ろうとした時、不意に後ろを鴨の子のようについてきていたユズリアが息をひそめた。
「――誰かいる」
彼女の耳打ちで自然に二本指を立てた。そして、遅れること数秒、ようやく俺の気配察知に何かが引っかかった。
「魔物じゃなさそうだ」
ユズリアが小さく頷く。どうやら、気配察知に関しては俺より彼女の方が上手らしい。
「……どうする?」
ユズリアは腰に下げた鞘から細剣を引き抜いた。彼女の表情に曇りは無い。流石はS級冒険者だ。
俺としても、自宅の近くに不確定要素を野放しにすることは出来ない。返事の代わりに頷いて歩を進める。さっきまで真後ろをついてきた彼女だったが、今は斜め後ろをついてきている。いざとなれば、瞬時に動けるようにだろう。これなら、連携についてはとやかく言わなくても大丈夫そうだ。互いに全部でないにしろ、使用する魔法は知っているわけだし。
気配の方向に進むが、相手は動きが無い。こちらの存在に気が付いていないのか、その余裕が無いのか。どちらにせよ、魔素の森の奥地を彷徨うくらいだ。同業と見ていいだろう。
草木をかき分け、気配の元をたどる。前方に人影のようなものが見えた。足を止め、ユズリアにも手で合図する。
「おい! そこの人!」
ひとまず、声を投げかけてみる。目を凝らすと、人影はどうやら地面に横たわっているようだ。しかし、返事は来ない。
「ねえ、あれって石化してない……?」
ユズリアが人影の足元を指さす。うっすらと灰色に染まる足先が見えた。
「今からそっち行くけど、敵意は無いからな!」
念を押して近づく。距離が縮まるにつれて、状況が分かって来た。
随分小柄な少女で、ぼわっとした大きな二股の白茶尾に、小金色の髪の上に生える茶黄色の狐耳。特徴的な白羽衣の装束は月狐族のものだろう。右足が石化し、気絶してしまっているようだった。
「ユズリア、周囲の警戒を頼む」
「分かったわ」
おそらく、魔物との戦闘で石化の魔法を食らい、這ってここまで逃げてきたところで気絶してしまったのだろう。
石化はとてつもない激痛を伴う。聖水が手元に無ければ、『解除魔法』でも治すことは不可能。さらに、石化した部分を破壊されてしまえば、二度と元に戻ることは無い。冒険者にとって、最も嫌われる状態異常の一種だ。
少女を抱きかかえ、念のため石化したところと生肌の境目に『固定』をかける。石化した部位は石判定だろうから、『固定』も作用するはずだ。
ユズリアに先行して経路を確保してもらい、聖域まで戻る。
『固定』を解除して泉に少女の足を浸けると、瞬く間に石化していた足が色味を取り戻していく。伴って、苦痛に歪んでいた表情も和らいだようだ。
「よかった。ちゃんと効いたわね」
「ああ、やっぱりこの泉は相当な浄化効果持ちだ。助かったよ」
目を覚まさない少女を予定外の空き部屋になった寝室に寝かせ、ようやく一息つく。ひとまず、少女が起きたら色々聞くとしよう。
614
お気に入りに追加
1,541
あなたにおすすめの小説
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます
兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる