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第1部

【7-2】スローライフの道のりは険しい

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 朝食はユズリアが用意してくれるらしい。
 その間に妹へ返しの手紙を綴る。無事、魔素の森に噂の聖域を見つけたこと。そこに住む決意をしたこと。そして、一応ユズリアの存在も書き記しておいた。

 朝食を取った後、泉の前に座り込み作業を始める。やることもなくついてきたユズリアが横でまじまじと泉を覗き込む。

「ねえ、これ何をやっているの?」

 ユズリアの問いかけに、俺は昨晩、泉の中に沈めておいた廃棄の魔石を取り出す。魔石はぼんやりと光を放っている。

「捨てる予定だった火の魔石を試しに泉に入れておいたんだけど、どうやら効力が上書きされたらしい」

「この光り方って、もしかして聖の魔石?」

「多分な。泉の浄化作用が魔石に取り込まれたみたいだ」

 これを聖域の周囲に撒いておけば、一層魔物が近寄りがたくなるだろう。ここ数日、魔物の気配は遠くにしか感じていないが、念には念を入れてというやつだ。

 聖の魔石を聖域と魔素の森の境界に置いて、『固定』をかけることで風で飛ばされないようにする。これを一周ぐるっと等間隔に設置すれば、目に見えない魔物用の防壁の完成だ。景観を損なわない素晴らしい案なのではないだろうか。景観といっても、魔素の森の薄暗い景色だが。
 最後の一つを設置し終え、昼食のために家へ戻ろうとした時、不意に後ろを鴨の子のようについてきていたユズリアが息をひそめた。

「――誰かいる」

 彼女の耳打ちで自然に二本指を立てた。そして、遅れること数秒、ようやく俺の気配察知に何かが引っかかった。

「魔物じゃなさそうだ」

 ユズリアが小さく頷く。どうやら、気配察知に関しては俺より彼女の方が上手らしい。

「……どうする?」

 ユズリアは腰に下げた鞘から細剣を引き抜いた。彼女の表情に曇りは無い。流石はS級冒険者だ。
 俺としても、自宅の近くに不確定要素を野放しにすることは出来ない。返事の代わりに頷いて歩を進める。さっきまで真後ろをついてきた彼女だったが、今は斜め後ろをついてきている。いざとなれば、瞬時に動けるようにだろう。これなら、連携についてはとやかく言わなくても大丈夫そうだ。互いに全部でないにしろ、使用する魔法は知っているわけだし。
 気配の方向に進むが、相手は動きが無い。こちらの存在に気が付いていないのか、その余裕が無いのか。どちらにせよ、魔素の森の奥地を彷徨うくらいだ。同業と見ていいだろう。
 草木をかき分け、気配の元をたどる。前方に人影のようなものが見えた。足を止め、ユズリアにも手で合図する。

「おい! そこの人!」

 ひとまず、声を投げかけてみる。目を凝らすと、人影はどうやら地面に横たわっているようだ。しかし、返事は来ない。

「ねえ、あれって石化してない……?」

 ユズリアが人影の足元を指さす。うっすらと灰色に染まる足先が見えた。

「今からそっち行くけど、敵意は無いからな!」

 念を押して近づく。距離が縮まるにつれて、状況が分かって来た。
 随分小柄な少女で、ぼわっとした大きな二股の白茶尾に、小金色の髪の上に生える茶黄色の狐耳。特徴的な白羽衣の装束は月狐げっこ族のものだろう。右足が石化し、気絶してしまっているようだった。

「ユズリア、周囲の警戒を頼む」

「分かったわ」

 おそらく、魔物との戦闘で石化の魔法を食らい、這ってここまで逃げてきたところで気絶してしまったのだろう。
 石化はとてつもない激痛を伴う。聖水が手元に無ければ、『解除魔法』でも治すことは不可能。さらに、石化した部分を破壊されてしまえば、二度と元に戻ることは無い。冒険者にとって、最も嫌われる状態異常の一種だ。
 少女を抱きかかえ、念のため石化したところと生肌の境目に『固定』をかける。石化した部位は石判定だろうから、『固定』も作用するはずだ。
 ユズリアに先行して経路を確保してもらい、聖域まで戻る。

 『固定』を解除して泉に少女の足を浸けると、瞬く間に石化していた足が色味を取り戻していく。伴って、苦痛に歪んでいた表情も和らいだようだ。

「よかった。ちゃんと効いたわね」

「ああ、やっぱりこの泉は相当な浄化効果持ちだ。助かったよ」

 目を覚まさない少女を予定外の空き部屋になった寝室に寝かせ、ようやく一息つく。ひとまず、少女が起きたら色々聞くとしよう。
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