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第1部
【7-1】スローライフの道のりは険しい
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窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえた。
朝陽に瞼の裏がちかちかと瞬く。
窓掛けも買わないとなぁ。そんなことを思いながら目が覚める。
伸びをしようと布団を剥ぐと、左腕にずしっとした重さと柔らかさを感じた。横に目を向けると俺の腕にしがみついて小さな寝息を立てるユズリアの姿。普段の固い冒険者服ではなく、薄水色の襯衣に丈の短い膝上のショートパンツ。
目のやり場に若干戸惑い、天を仰いで昨日の晩を思い返した。
「へい、そこのお嬢さん、どうして同じ寝室に入って来るんだい?」
「寝るからに決まってるでしょ?」
なるほど、ユズリアはこっちの寝室を使いたいわけだ。間取りも内装も二部屋一緒につくったというのに、彼女は風水でも気にするタイプなのだろうか。
「そっか、じゃあ、俺は向こうの寝室で寝るわ。おやすみ」
そう言って、なるべく彼女の薄着に目を向けないように部屋を出て、隣の寝室に入った。
「……へい、お嬢さん、だからどうして付いてくるんだい?」
「寝ないの?」
ユズリアは不思議そうに首を傾げる。
いや、寝るともさ。そりゃ、今日も疲れたわけだし、さっさと休息を取りたいよ?
「……まさか、同じ部屋で寝るつもりなのか?」
「当たり前じゃない」
枕を両手で抱え、ユズリアはベッドに身を投げ出す。
「何のために二部屋用意したと思ってるんだよ」
「何のためにベッドを大きくつくったのよ」
そんな言い合いの後、結局互いに触れないという妥協で俺が折れることになった。ただでさえ、脅しの材料を握られているというのに、既成事実までつくられようものなら、本当に逃げ場を無くしてしまう。
幸い、男が夢に見るようなことにならないで済んだことに、深い息をつく。
それにしても、互いに触れないと言ったのに、このお嬢さまは寝相が悪いらしい。
小鳥の鳴き声が再び窓の外から聞こえた。同時に硝子を叩くコツンという音。
「ん? 鳥……?」
天を仰いだまま、疑問が頭をよぎった。普通の小鳥ごときが魔素の森を抜けられるはずもない。あるとすれば、鳥型魔物だが、明らかに魔物の気配は感じられない。そこまで考えて、ようやく窓の外に目を向けた。
「あれは、魔法鳥?」
透き通る緑黄色の鳥が窓を小さな嘴で叩いていた。そして、その口元には手紙のようなものが咥えられている。
魔法鳥は世界中で一般的に用いられる魔法で、主に小さな荷物などの郵送などに使われる魔法でつくられた鳥だ。対象の痕跡となるものを触媒にすることで、対象がどこにいようとも荷物を送り届けることが出来る。
窓を開けると、魔法鳥は俺の手のひらに乗り、小さく鳴く。嘴に咥えられていた手紙を取ると、役目を終えたのか、スーッと空気に溶けるように消えていった。
「俺宛てか……」
不思議に思い、手紙を開く。一行目を見て、すぐに差出人を察した。
『愚鈍な兄へ
雪舞鳥が寒さを告げる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
先日はお手紙ありがとうございます。
内容はさておき、私は後一か月で帝立魔法専門院を卒業します。
今、どんな状況なのか近況報告を今すぐ送ってください。
私の触媒を付属しておきます』
文面からでは読み取りにくいが、どうやら妹は俺の行動にご立腹の様子だ。長い兄としての感覚がそう告げている。
「へー、ロアって妹さんがいたのね」
気が付くと、いつの間にか起きていたユズリアが肩越しに手紙を覗き込んでいた。
「お、おはよう」
「うん、おはよう!」
嫣然とほほ笑むユズリア。うん、悪くない。素直に癒されておくことにした。
「それにしても帝立魔法専門院か。貴族だろうが、才能が無ければ入学できないって噂のとんでもない名門じゃない」
「あいつは才能もあるし、努力家だからな。昔から通いたがってたし、俺が無理矢理入学させたんだ」
名門なだけあって、学費はとんでもない金額だった。しかし、そんなこと大した問題ではない。
母親が病で無くなり、父親の遺した借金を知ってから、妹は幼いながら夢を語らなくなった。あんなにも目を輝かせて話していた帝立魔法専門院のことも一切、口に出さなくなったのをよく覚えている。
そんな妹を見て、俺は冒険者になる決意をした。パンプフォール国についてこようとする妹を半強制的に帝立魔法専門院に入学させ、一人で上京。今思えば、この決断が正しかったのか分からない。けれど、俺は妹には我慢や苦悩をしてほしくなかった。
一家の汚点である父親の尻ぬぐいは、俺だけで十分だ。
それにしても、もう卒業なのか。十年という月日は長い。
帝立魔法専門院を卒業できれば、将来を約束されたようなものだ。国仕えの魔法師団は入団試験をパスで入団出来るし、そうでなくても学院の教師や、魔法研究所など、安定した職場はいくらでもある。
そうして、いつか良い人を見つけて兄よりも早く結婚するのだろう。いかん、泣けてきた。
朝陽に瞼の裏がちかちかと瞬く。
窓掛けも買わないとなぁ。そんなことを思いながら目が覚める。
伸びをしようと布団を剥ぐと、左腕にずしっとした重さと柔らかさを感じた。横に目を向けると俺の腕にしがみついて小さな寝息を立てるユズリアの姿。普段の固い冒険者服ではなく、薄水色の襯衣に丈の短い膝上のショートパンツ。
目のやり場に若干戸惑い、天を仰いで昨日の晩を思い返した。
「へい、そこのお嬢さん、どうして同じ寝室に入って来るんだい?」
「寝るからに決まってるでしょ?」
なるほど、ユズリアはこっちの寝室を使いたいわけだ。間取りも内装も二部屋一緒につくったというのに、彼女は風水でも気にするタイプなのだろうか。
「そっか、じゃあ、俺は向こうの寝室で寝るわ。おやすみ」
そう言って、なるべく彼女の薄着に目を向けないように部屋を出て、隣の寝室に入った。
「……へい、お嬢さん、だからどうして付いてくるんだい?」
「寝ないの?」
ユズリアは不思議そうに首を傾げる。
いや、寝るともさ。そりゃ、今日も疲れたわけだし、さっさと休息を取りたいよ?
「……まさか、同じ部屋で寝るつもりなのか?」
「当たり前じゃない」
枕を両手で抱え、ユズリアはベッドに身を投げ出す。
「何のために二部屋用意したと思ってるんだよ」
「何のためにベッドを大きくつくったのよ」
そんな言い合いの後、結局互いに触れないという妥協で俺が折れることになった。ただでさえ、脅しの材料を握られているというのに、既成事実までつくられようものなら、本当に逃げ場を無くしてしまう。
幸い、男が夢に見るようなことにならないで済んだことに、深い息をつく。
それにしても、互いに触れないと言ったのに、このお嬢さまは寝相が悪いらしい。
小鳥の鳴き声が再び窓の外から聞こえた。同時に硝子を叩くコツンという音。
「ん? 鳥……?」
天を仰いだまま、疑問が頭をよぎった。普通の小鳥ごときが魔素の森を抜けられるはずもない。あるとすれば、鳥型魔物だが、明らかに魔物の気配は感じられない。そこまで考えて、ようやく窓の外に目を向けた。
「あれは、魔法鳥?」
透き通る緑黄色の鳥が窓を小さな嘴で叩いていた。そして、その口元には手紙のようなものが咥えられている。
魔法鳥は世界中で一般的に用いられる魔法で、主に小さな荷物などの郵送などに使われる魔法でつくられた鳥だ。対象の痕跡となるものを触媒にすることで、対象がどこにいようとも荷物を送り届けることが出来る。
窓を開けると、魔法鳥は俺の手のひらに乗り、小さく鳴く。嘴に咥えられていた手紙を取ると、役目を終えたのか、スーッと空気に溶けるように消えていった。
「俺宛てか……」
不思議に思い、手紙を開く。一行目を見て、すぐに差出人を察した。
『愚鈍な兄へ
雪舞鳥が寒さを告げる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
先日はお手紙ありがとうございます。
内容はさておき、私は後一か月で帝立魔法専門院を卒業します。
今、どんな状況なのか近況報告を今すぐ送ってください。
私の触媒を付属しておきます』
文面からでは読み取りにくいが、どうやら妹は俺の行動にご立腹の様子だ。長い兄としての感覚がそう告げている。
「へー、ロアって妹さんがいたのね」
気が付くと、いつの間にか起きていたユズリアが肩越しに手紙を覗き込んでいた。
「お、おはよう」
「うん、おはよう!」
嫣然とほほ笑むユズリア。うん、悪くない。素直に癒されておくことにした。
「それにしても帝立魔法専門院か。貴族だろうが、才能が無ければ入学できないって噂のとんでもない名門じゃない」
「あいつは才能もあるし、努力家だからな。昔から通いたがってたし、俺が無理矢理入学させたんだ」
名門なだけあって、学費はとんでもない金額だった。しかし、そんなこと大した問題ではない。
母親が病で無くなり、父親の遺した借金を知ってから、妹は幼いながら夢を語らなくなった。あんなにも目を輝かせて話していた帝立魔法専門院のことも一切、口に出さなくなったのをよく覚えている。
そんな妹を見て、俺は冒険者になる決意をした。パンプフォール国についてこようとする妹を半強制的に帝立魔法専門院に入学させ、一人で上京。今思えば、この決断が正しかったのか分からない。けれど、俺は妹には我慢や苦悩をしてほしくなかった。
一家の汚点である父親の尻ぬぐいは、俺だけで十分だ。
それにしても、もう卒業なのか。十年という月日は長い。
帝立魔法専門院を卒業できれば、将来を約束されたようなものだ。国仕えの魔法師団は入団試験をパスで入団出来るし、そうでなくても学院の教師や、魔法研究所など、安定した職場はいくらでもある。
そうして、いつか良い人を見つけて兄よりも早く結婚するのだろう。いかん、泣けてきた。
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