正しい首輪の使い方

あんたが大将

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第3話 マッチョのタオル

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 三人で歩いた道を、さっきの半分の時間で引き返し、我らが渡来高校の正門をくぐる。
 校舎の外壁にかかった時計を見れば、閉会式を終えてから大体一時間半が経過していた。
 玄関まで続く緩やかな勾配が、ここまでハイペースで地面を蹴ってきた足に地味に効く。
 右手に広がる校庭を見渡すと、美術部渾身の入退場ゲートや、日に灼けてくたびれたテントは既にどこかへ片付けられていた。
 僕は祭の終わりを感じながら、一歩一歩踏み込んで、坂道を乗り越える。
 玄関の重たい扉を押し開き、上履きに履き替えて、階段を上がる。
 一年生の教室は、玄関から最も遠い、三階の西側にある。段差の低い階段は、脚の回転数を上げ、これが派手に効く。
 手すりを頼りになんとか上り、一息ついていると、廊下の向こうから男子生徒が一人歩いてきた。
 マッチョだ。
「志藤、こんな時間にどうした」
マッチョの厚みのある低い声が反響する。
「水筒忘れちゃってさ。え、マッチョは?」
「実行委員で片付けをしてたんだ、さっき全員でテントを倉庫まで運んだのが最後だ」
 こんな時間まで。えらっ。
 あ、テントって体育倉庫に片すんだ。
「…お疲れ様です」
「仕事しただけだ」
 しぶっ。
 いや、マッチョの言う通り仕事を全うしただけなんだけど、彼が今日までクラスの中心として頑張ってきた姿を僕は知っているわけで、こんな時間まで残って重たいものを運ぶなんて大変なわけで、何が言いたいかって、とにかく彼は立派だってこと。もちろん他の実行委員の皆さんも。
 あれ?
「じゃあ三階ここで何してたの?」
 マッチョが言った倉庫というのは、コの字の校舎の二画目の書き始めの位置に設置された別棟の体育倉庫のことだ。疲れてるだろうに、わざわざ三階まで上がって何をしてたんだろう?
「ああ、タオルを探してたんだ。閉会式の時点では確実に手元にあったから校内のどこかにあるはずなんだが…」
「見つからないの?」
「そうだ。めぼしい場所は粗方回って、ここが最後だったんだ」
「誰かが間違えて持って帰っちゃったり…」
 かもな、とマッチョがうなずく。
「どの道、校内で失くしたんなら、捨てられでもしない限りその内出てくるだろ」
 僕も、そうだね、とうなずく。
「じゃあ、俺はもう行く。近くのファミレスで打ち上げがあって、もう始まってる時間なんだ」
「そっか、気を付けてね」
「ああ、志藤も気を付けて帰れよ」
 マッチョの背中が遠ざかっていく。
「ちょっと待って!」
 マッチョがゆっくりと僕を振り返る。
「タオルってどんなやつ? 一応僕も水筒と一緒に探してみるよ」
「……黄色地に、赤いチューリップの刺繍が入ってる」
「かわいいね!」
「……」
 ありがとう、と一段と渋い声で言って、マッチョが再び踵を返す。
「うん、また来週ー!」
 僕も踵を半回転させて、教室へ向かう。
 マッチョのタオル、見つかるといいな。
 打ち上げに遅れてまで探すってことは、きっとそれだけ大事なものなんじゃないかな、というのは僕の勝手な想像だけど。僕なりに、マッチョの行いに報いたいと思った。
「失礼しまーす……」
 誰かいるはずもないんだけど、なんとなく挨拶をして教室に入る。
 窓際の後ろから二番目にある僕の座席へ向かうと、机の横のフックにぶら下がったままの水筒が見つかる。
 ミッションコンプリート。さて、マッチョのタオルを探しますか。
 とりあえず、マッチョの机を見てみるか。
 右に三つ、前に二つ進んだところがマッチョの座席だ。
 教室に入った時点で分かっていたことだけど、机の上に置いてあったり、椅子の背もたれに掛かってたり、なんてことはなかった。
 ならばと、今度は椅子を引いてしゃがみ込み、机の中を覗き見る。マッチョなら確実に置き勉はしないし、何か置いときたいものがあるなら、校則にしたがって、きちんと廊下に備えられたロッカーに収納しているはずだ。
 だからこそ僕は迷いなく机の中を見ることができたわけだけど、肝心のタオルは見当たらない。
 早くも手詰まりだ。
 仕方がない、二階の職員室前の落とし物BOXを見てから帰ろう。さっきの口ぶりからしてマッチョも確認しているはずだけど、入れ違いになっている可能性も0じゃない。
 教室を出て、後ろ手で扉を閉めそうになったのを止めて、振り向いたその時__
 ガタン。
 教室後方の、ロッカーから音がした。
「…………何か、落ちたかな」
 ____もしかして、マッチョのタオルかな?
 ラッキー! 奇跡的だ、見つかった!
 そう考えて、僕はもう一度教室に足を踏み入れる。
 右足を上げて、左足で床を蹴る。右足が接地したら、今度は左足を上げる。右足で床を蹴る。それを繰り返す。
 普段は気にも留めない体の連動、その一つ一つを、今は脳がはっきりと認識している。そうなると不思議なことに、無意識でできていたはずの動作が途端にぎこちなくなる。
 一歩進むごとに、床が軋む。
 ギシ、ギシ。
 あれ、この教室ってこんなに床の音大きかったっけな。
「誰かいるのか__?」
 返事はない。当たり前だけど。
 だって、この中にはホウキと、ちりとりと、あと、モップと、あと、あと、雑巾と、あと、あと、あと、バケツと、あと、掃除道具しか入ってないんだから。
 あ、違う、今はマッチョのタオルが入ってるんだった。
 ____何で?
 僕はロッカーの正面に立つ。
 自分の心臓の鼓動が聞こえる。
 息がうまくできない。
 十分に酸素を吸い込む前に、僕の意識とは離れたところで勝手に肺が空気を押し出してしまう。
 がたがたがたがたがた、がた。
 ここに立って初めて分かった。
 さっきよりずっと小さい音で、何かが震えている。このロッカーの中で。
「おらああああああ!!」
 僕は両手でロッカーの扉を思いっきり開いた!
 バアアアアンッッ__
 ガタッ、ダン……
 扉は勢いよく壁にたたきつけられ、中から人型の何かが倒れてきた。
「うばあああああああ!!!!」
 僕は思わず飛びのいて、後ろの牛山うしやまくんの机にお尻をぶつけて転びそうになって、とっさにその隣の若狭わかささんの机に手をついてこらえる。
 乱れた呼吸を必死に、本当に必死に整えながら、床にうずくまるソイツの正体を確かめる。
 首元で段差がついたギザギザの後ろ髪、ランダムに入った黄色いメッシュ、隙間からのぞく白い包帯。
「__外枝…?!」
 大丈夫かよ!!
「おい、何し、どうした?! へん返事しろ! こ、何、どうしたぁ?!」
 小刻みに震える外枝の肩を抱き上げて、意識を確かめる。
 外枝はハッ、ハッ、と犬のように浅い呼吸を繰り返しよだれを垂らしている。鼻水が膜を張って小さな膨らみが収縮を繰り返して、頬、というより顔全体がうっすら赤く染まり、今にも涙がこぼれそうなほど売るんだ瞳の中で、黒目がぐりんと上を向いて、揺れている。
「さ、し、志藤……?」
 少し低い、けれど透き通った声で、絞り出すように僕の名前を呼ぶ外枝。 
「大丈夫……ちょっと、アレ……あれだから」
 外枝は曖昧な言葉を続ける。
「どうしたって?」
 明らかな異常事態に畳みかける外枝の埒外の発言に僕の脳は限界を迎えた。
「これ、マジでヤバいよ」
 といって、外枝が両手に握り占めていたものを僕の胸に押し当てる。
 僕はされるがまま、を受け取って両手で広げる。
 ああ、ふかふかだ。ふかふかで、黄色くて、端の方には控えめに赤い花の刺繍があしらわれているぞ。これは何の花だろう。真っ赤で、下は丸くて、上は王冠のようなぎざぎざで、ああ、これは、チューリップだね、可愛いな。
 僕の脳は限界を迎えた。
「マッチョのタオルじゃねえか!!」
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