正しい首輪の使い方

あんたが大将

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第1話 マッチョ

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 五月。
 町の南北に延びる綿来わたらい川を飾っていた桜の花びらもすっかり流され、命を育む温かさが、命を蝕む暑さへと変わり始めたころ。
 僕は、高校生活最初の体育祭を終え、友人二人とアイスをかじりながら綿来川に沿う親水公園を歩いていた。
「マッチョのごぼう抜きクッソかっこよかったよな」
 額にバッグの持ち手を掛けて、70円の水色のアイスをガリガリと砕きながら回想するのは、黒木くろきくん。
 これまで特別仲が良かったわけではないけれど、応援席で隣になって、気が付けば肩を組んで応援歌を歌っていた。
「流石の身体能力だったね。それに、あのガッツと実力で今日までクラスを引っ張ってくれた。間違いなく今日の主役は彼だよね」
 キャップのついたパック型アイスを両手で挟みながら、そうクールに総括するのは、学級委員の静岡しずおかくんだ。
 マッチョが二人目を抜かし、僕と黒木くんが絶叫に近い声で吠えていたその時、いきなり後ろから僕たちの肩に両手を回して、クラスの誰よりも大きい声で、いけえええ! と鼓舞したのが彼だ。
「ああ、確かに。一回目の練習からウチのクラスはガチだったよね」
 静岡くんの言葉に思い当たって、うなずく。
「こういうのって、大抵運動神経の良し悪しでモチベに差が出がちだけどさー、割と俺ら団結できたよな」
アイスを咥えながら黒木くんが続く。
「そこが彼のすごいところだよね。彼の真剣に取り組む姿が、クラスのみんなを巻き込んで和をつくったんだ」
「最初は怖がられてたのになあ」
 黒木くんが言ったように、マッチョは入学当初、クラスメイトの多くから恐れられていた。授業初日から制服を着崩し、坊主頭には剃り込みが入っていて、気合の入った外見に近づきがたいものがあった。
 二週間ほど経って、みんながなんとなくマッチョを避けながら、なんとなくクラス内でグループが生まれかけたころに、体育祭の練習が始まった。
 なんとなく決めたリレーの走順の確認となんとなくやった方がよさそうなバトンパスの練習をするために、クラス全員がばらばらに校庭に向かうと、マッチョは既にいた。バトンを持って、石灰でラインを引いていた。
 全員が集まると、マッチョは「まずは準備体操をしよう」と言って、大きな声でカウントを始めた。気づけば、みんなでなんとなくマッチョを中心に囲んで、一緒に数を数えていた。
 マッチョは誰よりも真剣だった。
 必ず一番最初に校庭に出て準備を始めていたし、必ず一番最後まで残って片付けていた。
 多分、初めはクラスの誰からも同じだけ距離を置かれていたのがマッチョで、その距離が反転して、マッチョを中心にクラスの誰しもが近づいて、団結したのだ。
「ギャップってやつかー」
 アイスの棒をくわえながら黒木くんがぼやく。
「ギャップ?」
 やっとキャップを口に含んだ静岡くんが問う。
「あんなにイカつい見た目のやつが、実は誰にでも気さくな超好いやつでしたって、それはギャップだろ」
「ギャップというより、誤解じゃないかな」
 誤解ぃ? と黒木くんが聞き返す。
「イカつい、いわゆる悪そうだったのは見た目だけで、実際は誰よりも体育祭に情熱を注ぎ、クラスの誰とでも分け隔てなく良い関係を築くことのできる、素晴らしい男だったじゃないか」
 黒木くんはアイスの棒を歯でカチカチと鳴らしながら眉間に皺を寄せて、つまりどういうこと? と視線で訴える。
「つまり、悪い奴が良い行いをするのと、悪そうな人が好い人であるのとは似て非なるということだよ」
 チューとアイスを吸い上げながら、分かった? と問うような目線を向ける静岡くん。
 すると黒木くんが、おもむろに白目をむきながら、クイッとあごをしゃくらせて、くわえていたアイスの棒が鼻の頭にぶつかってペチッと音を立てた。
 それを見た静岡くんがアイスを吹き出してしまう。
「ああっ、大丈夫?!」
 僕はすかさずティッシュを差し出す。
「ふ、ふふ…、だ、大丈夫だよ、ありがとう」
 静岡くんはふふふ、と笑いながら口元や指先をティッシュで拭う。
「ふう、まったく。君は本当にわかっていないのか?」
「あー、ようするに元々マッチョは好いやつで、だから今みんなから好かれてて、その好いやつを見た目だけで悪そうって誤解してたのが最初の俺たちってことだろ?」
「めちゃめちゃわかってるじゃないか!」
 吹き出したアイスがもったいないじゃないか、と怒る静岡くんに、黒木くんはイーッと歯を見せながら、手を合わせて謝る。
「でもさあ、実際あのビジュアルはちょっとビビるのもわかるだろ、てか、よく初めの誤解してる時期に委員長はマッチョと揉めなかったよな。漫画とかでよくあるじゃん。真面目な学級委員と不良のいざこざって」
 アイスの棒をつまんでプラプラさせながら黒木くんが言う。
「僕は別に彼が不良だとは初めから思っていなかったからね。制服の正しい着用が求められるのは入学式や卒業式などの式典のみだし、坊主はもちろん、剃り込みを禁止する校則もない。口数こそ少なかったけれど、素行にも問題は見当たらなかったし」
 よく見てんな、と黒木くんが感心する。
「委員長だからね。それに彼は入学式ではしっかりと制服を着ていたし。あ、そうそう、知ってるかい? 部活の朝練がある生徒を除いて、僕らのクラスで毎朝一番早くに登校しているのも彼なんだよ」
「それは何で知ってんだよ!」
 委員長だからね、と言って静岡くんがアイスを吸い込む。パックがペコペコと音を立てて潰れていく。
 委員長は関係ないだろ! と僕も突っ込みそうになって、思い当たる。
 学級委員は、毎朝校門前であいさつ運動に取り組んでいるから、きっとそこでクラスメイトの出欠を確認しているのだ。ただ、いつも遅刻ギリギリの黒木くんにはなじみがなかったようだ。
「まあ、そんだけ好いやつのマッチョがすっげー頑張ってくれてさ、だからこそめっちゃ悔しいよな」
 そう、マッチョの六人を抜き去る大健闘もむなしく、2位に浮上した時には、1位のクラスがゴールテープを切っていた。このわずかな点差により、僕たちのクラスは惜しくも学年での優勝を逃してしまった。
「やっぱり、直前が最下位だったのがなー」
 沿道から垂れてくる木の葉をアイスの棒でつつきながら、黒木くんがつぶやく。
「それは言ってはいけない。運動能力には個人差があるんだ。もちろん結果は悔しいし、松井まついくんの健闘は称えて、労うべきだけど、それでも、全員が練習して、実力を発揮して、得た結果じゃないか。だから、それは言ってはいけないよ」
 そう言って、静岡くんはくしゃくしゃになったパックを綺麗に畳む。
「そ、うー、だな。わり」
 黒木くんは歯切れの悪い返事をする。
 静岡くんの言ったことは何も間違っていない。人間には一人ひとり異なる能力がある、性質がある。
 マッチョが運動を得意とするのと同じように、運動を苦手とする人だっている。
 ひとりひとり、筋肉量も、学習能力だって違う。全員がマッチョと同じように練習したからと言って、全員がマッチョと同じように走れるわけじゃない。それでも、今日まで練習に励んできたのだ。
 つまり、やるだけやったんだから、誰かを責めるのはやめようぜ、ってことを静岡くんは言っているのだ。
 僕は、その通りだ、と思う。本当に全員がやるだけやったなら。
 だけど、今回のリレーには明らかな敗因と呼べるものがあった。悪いヤツがいた。
 マッチョという好いヤツが和をつくる中で、唯一そこに加わらなかったヤツがいた。
 がバトンを落としたせいで、最下位へと陥落したこと、そしてそれが練習不足によるものだということは、誰の目にも明らかだった。
 だから、静岡くんの言葉に、妙だな、と感じた。いや、少し強引だと感じた。
 学級委員としてクラスを見守る彼が、このことを知らないはずがないからだ。
「確かには練習にも消極的だったけど、欠席したことはなかったし、当日だって参加していた。きっと、何か理由があったのだと思うよ」
 ソイツの名前は、外枝藍佳そとえだあいか。僕の唯一の中学からの同級生だ。
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